在庫処分から始まる異世界革命 ~返品保証で築く市場帝国~

四十日

第1話 おっさん、目覚めたら美少女魔王だった件

「奥様ッ! 今夜限りの大特価ですよォォ!」

 眩しいスタジオライトに汗を光らせながら、俺は絶叫していた。

 カメラの向こうには全国の視聴者。生放送の緊張感で胃がねじれる。


「この万能フライパン、今なら三点セットで――」

 言葉の途中で息が詰まった。頭がくらりと揺れる。

 徹夜、連勤、休暇ゼロ。それでも――


(社員たちには、なるべく負担をかけたくなかった)


 二代目として継いだ中小通販会社。

 現場主義で走り続け、気づけば“社長”になっていた。

 数字とスポンサーに追われながらも、

 心の底に引っかかっていたのは――


(俺は……いったい、何をやってるんだ……)


 視界が暗転する。

 倒れる瞬間まで、頭をよぎったのは社員でも家族でもなかった。

 在庫だった。売れ残りの山。あれをどうさばくか、そればかり考えていた。


 ――目を覚ますと、背中に冷たい石の感触があった。

 天井は高く、シャンデリアがぶら下がっている。

 赤い絨毯、黒い柱。どこかで見たような、いや、ゲームやアニメでしか見たことのない魔王城の風景。


「……ここ、スタジオか?」


 自分の声がやけに澄んで高く響いた。

 玉座の前に、一人の美女が立っていた。

 漆黒のドレス、長い黒髪。切れ長の瞳に、少し呆れた色を宿している。


「……やっと起きましたね、魔王ゼル様」


「え?」

 その一言に、俺は眉をひそめた。

 そしてすぐに違和感に気づく。声が高い。まるで女性の声のようだ。


「……おかしい。俺、声変わってないか?」


 玉座の横に姿鏡があった。恐る恐る覗き込むと――。


「……は?」

 そこに映っていたのは、銀髪に赤い瞳を持つ、小柄で可憐な少女。

 十代半ばほどに見える幼い顔立ち。

 だが白い肌に映える紅い瞳は妖しく輝き、背中には薄い黒のマントがかかっている。


「……誰だよこれ」


 思わず口をつく。

 いや、鏡の中で口を動かしているのは、間違いなく“俺”だ。

 震える手で胸に触れてみる。


「……重っ!? な、なんだこれ! でかっ!」


 むに、と沈む感触に思わず飛び退く。


「いやいやいや! 俺、完全におっさんだったはずだろ!」


 腰や脚に目をやれば、細くしなやかで、筋肉質とは程遠い。

 身長も黒ドレスの美女より低く、まるで妹のように小柄だ。


(美少女……? 俺が……?)


 黒ドレスの美女がじと目で見てきた。


「……何をしてるんですか魔王様。自分の体をそんなベタベタさわって」

「い、いやいや! だってこれ、明らかに俺じゃないだろ!」

「寝ぼけてますね。魔王様は魔王様です」


 俺は頭を抱えた。

(やばい、鏡の中の俺、美少女魔王になってる……!)


 混乱している俺に、黒ドレスの美女は腕を組んでため息をついた。


「人間との大戦で深手を負って長い眠りについたのは覚えていませんか? 魔将四天王(デスクワッド)は散り、魔王軍は壊滅。残ったのは私ひとり。何百年も、ずっとお守りしてきたんです」


 黒ドレスの美女の声が震えていた。


「……大戦……敗北……?」


 頭の奥で、血と炎の光景が一気に蘇る。

 人間との戦い。剣が胸を貫いた痛み。

 そして暗闇に沈む刹那に蘇ったのは、前世――テレビ通販社長としての日々。


(そうか……俺は魔王ゼルであり、おっさん社長でもあるのか)

 違和感だらけのはずなのに、不思議と腑に落ちる。


(数字も戦も、本質は同じ――人の心を動かすことだ)

 両方の記憶が俺の中で自然に重なっていた。


 黒ドレスの美女――リリザの長い睫毛の端に、小さな雫が光る。

「……ほんとうに、やっと……目覚めてくださった……」

 その声の奥には、ただの忠誠ではなく――失われた時間への悔しさが滲んでいた。


 胸の奥がちくりと痛んだ。

 俺は、鏡に映る美少女の姿を見ながらも、かつて部下を鼓舞した社長としての感覚で、思わず口をついた。


「……待たせたな、リリザ」

 手を軽く掲げて笑う。

「よく一人で耐えた。お前が守ってくれたから、こうして目を覚ませたんだ」


 リリザは一瞬驚いたように目を見開き、そして小さく首を振って涙をぬぐった。

「それで……これからどうなさるおつもりです? また戦争を? 奪われた魔族の土地を取り戻さねばなりませんし」


 俺は鏡に映る銀髪赤目の自分を見返し、思わず笑った。

「……いや、まずは在庫確認だな」

「はい?」

「戦争より先にやることがある。在庫を整理しなきゃ話にならん」

「……ますます商人みたいなこと言ってますよ」


 困惑気味のリリザに案内され魔王城の倉庫へと向かう。

 扉を開けた瞬間、息をのんだ。


 棚には伝説級の聖剣が並び、ケースに収められたまま埃をかぶっている。

 木箱には封印されたドラゴンの卵。

 樽にぎっしり詰まった高級ポーション。


「……売れる……!」

 思わず声が漏れた。


 軍需用に生産されたものの、大戦で使われずに残った在庫。

 旧ロットだが、効果は保証済み。


(これを眠らせておくなんてもったいない! 商機だ!)


「リリザ! 直販準備を始めろ!」

「ちょっ、……直販!?」

「人間でも魔族でも、欲しいヤツには売る! 在庫は資産だ!」


 そして、ふっと笑う。


「売上こそが、世界征服の第一歩だ!」


 この声は、かつて生放送で絶叫していた社長の声であり、

 かつて大戦を率いた魔王の声でもある。


 俺は在庫から始める。

 戦争じゃない。数字で、世界を獲る。

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