第2話 お転婆な"お嬢様"




その名は、リーナ・ダリア。




オルフェイン国に広大な領地を持つ、ダリア公爵マルクス・ダリアの一人娘である。


生まれながらに魔力と学問の才に恵まれ、家族から深く愛されて育った。


母レイナ・ダリアは病弱で部屋に籠りがちだったが、時折庭園を共に散歩し、穏やかな時間を過ごしていた。


父マルクスは政務に追われ、家を空けることが多かったが、定期的に贈り物を贈ることで愛を伝えていた。


リーナは寂しくともそんな父と母が好きだった。


幼い頃のリーナは、かなりのお転婆で日々周囲を手こずらせていた。


家庭教師に悪戯を仕掛け、授業をさぼり、泥団子の姿でメイドを追いかけ回す。


才覚とは裏腹に、常に周囲を振り回していた。


そんな噂を耳にした父マルクスは、構ってもらえない寂しさからの行動ではないかと考えた。


リーナが6歳のある時、父が一人の男の子を連れてきた。


彼の名は、アベイル・レイス。


貧民街で拾ってきた孤児だという。


だが、その身なりの整いようも、落ち着いた仕草も孤児と呼ぶにはあまりに不自然だった。



「きっと貴族が外に作った子で、居場所を失い捨てられたに違いない。」



彼は、自分の境遇を語らなかったのか、父はそう告げた。


青を帯びた髪に、薄紅色の瞳。


寡黙で必要以上の言葉を発さず、家族のことを尋ねても一言も返さない。



「今日からアベイルはお前に仕え、遊び相手にもなってくれるだろう。」



父はそんな彼を見つめ、微笑みながらそう告げた。


これが、彼との最初の出会いだった。











アベイルがダリア家に来てから、数日が経った。


けれどリーナのお転婆は収まるどころか、ますます激しさを増していた。




「嫌よ!今日はお外でお花摘みするの!お母様に冠を作るって約束したの!」



「お嬢様!それは魔法学の授業が終わってからにしてくださいまし!今日は、マナーの先生もお越しなのです!」



この侍女との追いかけっこは、もはや屋敷の朝の日課となっていた。



――何よっ、何よっ、何なのよ!

お母様もお父様も、メイドたちまで……あの子が来てからは、みんなあの子ばっかり褒めて、あの子ばっかり構うんだから!



アベイルが屋敷に来てから、メイドや執事たちは口を揃えて「仕事の覚えが早い」と褒め称えた。


病弱な母でさえ部屋に彼を呼んで会話を楽しみ、父も久々に帰れば彼と仕事の話ばかりする。


気づけば、誰もがアベイルに目を向けていた。


父に、アベイルと遊ぶようにと言われていたが、ただ後ろをついてくるだけの彼と遊ぶ気になどなれなかった。


そんなある日、私は少し彼をからかってやろうと思った。


いつも後ろをついてくる彼は、私のお守り役であり、監視するのが役目だと分かっていた。


そんな監視対象の私が姿を消し、少し怪我をして戻ってくれば彼は父に酷く叱られるだろうと思った。



そんな甘い考えをして庭に出た――



いつものように家庭教師の授業を抜け出し、侍女をかわし、アベイルに気づかれぬようそっと庭へ。


庭の先にある抜け道から外へ出て、外門まで走って適当に転び、門番に助けてもらう算段だった。


だが、門へと続く道を走る途中、突然、視界を裂くように影が現れる。


次の瞬間、強い腕に捕らえられ、私は息を呑む間もなく連れ去られた。









その日もまた、家庭教師の叫び声が屋敷中に響いていた。



「お嬢様あぁぁぁ!どこですか!」



結局お嬢様は姿を見せない。


顔を真っ赤にさせた家庭教師がドスドス音を立てて去っていく。


窓から、侍女に怒鳴り散らし必死で頭を下げる侍女を無視して帰っていく家庭教師が見えた。



―― またお転婆お嬢様のおサボりか。



遊び相手を命じられたアベイル・レイスは、小さく溜息をついた。


貧民街で行き倒れていたところをダリア公爵に拾われ、使用人として雇われた身。


だが、与えられた最初の役目は、五歳年下の少女のお守りだった。


魔力と学問の才に恵まれたと聞いていたが、当の本人は授業に出ることもなく、日々お転婆を繰り返す。


まるで猿のように暴れ回る少女の遊び相手など務まるはずもなかった。


それでも屋敷の人々は、彼を温かく迎えてくれた。

奥様は将来のためだと国や領地の話を語り、旦那様は仕事のことを打ち明けてくれる。


その時間は、アベイルにとって初めて触れる“家族の温もり”のように思えた。


彼女は隠れるのが妙に上手く、どれほど探しても見つからないことが多かった。


その日も、庭のどこかでひとり遊んでいるのだろうと奥様と話しながら、窓辺から庭を眺めていた。


昼過ぎになり、侍女が庭に出た。



「お嬢様ー!ティータイムのお時間ですよー!」



呼びかけても、返事は何も無かった。



「おかしいわね、ティータイムにはすぐ顔を出すのに」



奥様は、ふと眉をひそめ、不思議そうに庭を見つめた。



「今日は、朝からアベイルと奥様がお話に夢中だったので拗ねて隠れて遊んでいるのかも」



侍女はそう苦笑しながら、屋敷に戻ってきた。


夕陽が落ち、屋敷に影が差し始めた頃、さすがに様子がおかしいと誰もが気づいた。


屋敷の者は総出で廊下を駆け、庭を探し回った。


すると、アベイルが庭の抜け道のような所からリーナの髪飾りを見つけた。


それを見た者すべてが凍りつく。


リーナはここから抜け出し、姿を消したのだ。

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