第七話 嘘、ついて

 全力で走る。


 道すがら、あの子はいなかった。

 結構足、速いんだ。頭の隅で考える。

 もしくは。ボクは見当違いの方向に走っているのかもしれなかった。


 そんな可能性を感じてボクはゾッとする。余計な事を考えたら足は重くなるようだった。


 駄目だ。信じるんだ。自分の予感を――

 


 あの子は居た。


 スーパーの前をとぼとぼと歩いている。

 ボクは正解を引いたらしい。声を掛けたい。しかし、すぐには動けなくて。


 機会を逸したまま、――あの子の家まで着いてしまった。


 どうしよう。あの子はこちらに気が付いていない。


 ボクは悩んだ。


 声を掛けたいがさっきの剣幕――また、怒らせるかもしれなかった。いや、あの子は怒ったのか? 何か、嫌がったようにも見えた。


 リボンの下の、染み。あれはいったい――


 考えを巡らせていると更に機会を逸したようだ。

 あの子が呼び鈴を鳴らす。家に入ったら余計に話しかけづらいぞ、手に汗が、じわりと滲む。


 母親だろうか? 中年の女性が出てきた。


 玄関先。すぐにあの子を引き入れず、固まっている。あの子の、――頭を見ているよう、だった。


 リボンを――見てる?


 何だろう。そう思って身を乗り出したところで。

 乾いた音が辺りに響く。母親があの子の頬を叩いたのだ。あの子が尻もちをつく。

 


「やめろ!」



 ボクは何も考えられない――一気にあの子の元へ行きあの子と母親との間に割って入る。


「何するんだ!」


 母親を睨みつける。母親はボクの乱入に目を白黒させている。いや、ボクの事じゃない――何かに怯えている? 母親の目線。


 あの子の、頭? なぜ。


 とにかく離さないと。あの子の腕を掴み、立たせる。逃がそうと、腕を引くが――動かない。



「やめて」


「なんで……」



「いいの。私が悪いの」



「キミは悪くないよ!」


「いいから! 帰ってよ!」


「なんで……なんでだよ」

 訳がわからない。あの子の顔を見る。泣いて、る? 体が止まる。その隙に。あの子がボクの手を振り払う。

 

「私の気持ちなんかわかんない癖に!」


 あの子は泣いている。目から涙を流し、ボクを睨みつけながら――


「食べてくれるの? 私の悪いところ、受け止めてくれるの? 一緒に、堕ちてくれるの……?」


「なっ…」

 言葉が。でてこない。


「できないなら、口出ししないで!」

 ぴしゃりと言って。家の中に入って行った。母親が、後に続く。


 無力感。何かが、おかしい。何かが、ずれている。嚙み合っていたボク達。夏休み前までは。


 でも、いつからか――いつから?――歯車は噛み合わなくなっていたのだ。ボクは呆然として。ただ。逃げ出すしかなかった。


 なんで、あの子は元気がないんだろう。


 なんで、あの子はぶたれてたんだろう。


 なんで、あの子は受け入れてるんだろう。


 なんで、あの子はボクを拒否したんだろう。


 なんで、なんで、なんで。


 それは浮かんでは消える、波のように。



 ぼんやりと、リボンの下の、染みを思い出す。あれは何だったんだ? 母さんの言葉がふと頭をよぎる。



 ――青いぶつぶつは病気の証――



 あの染みは、青かっただろうか? 


 リボンの陰になって、よく見えなかった。もしかして、あの子の、リボンの下は――


 あのリボンの下は。想像する……が、具体的な何かにならずにスルスルとほどけていく。


――何かが、ボクの思考を阻む。

 


 ボクは……あの子に、何をしてやれるんだろう。



「おはよ」


 次の日。あの子は普通だった。


 ボクは昨日どうやって家に帰ったか覚えていない。気が付いたら布団の中で、朝を迎えていた。母さんはいつものようにボクを送り出してくれた。


 あの子はクラスメイトに挨拶をしている。昨日の事は何だったんだ? ボクだけが、取り残されているようだった。


 あの子の「リボン」が目についた。今日も、あのリボンか。


 いや、毎日……リボン。やっぱり、あの下は。

 

「あれ、リボン、ちょっと緩んでるよ〜」

 他の女子の指摘。ボクはぎょっとする。また、昨日のようになるのだろうか。密かに注目する。クラスのみんなはいつも通り。平穏だった。


「そうかな〜?」


「結び直してあげるね!」


「ありがと〜」

 リボンを外し、また結ぶ。


 あの子は拒絶しない。


 そして。リボンの下は……何も無い。染みもない。きれいな白だ。リボンを結び直して、それでおわり。何事もなかった。


 何故。ボクの中でだけ起こっている「何か」なのか? あの子が、自分が――わからなく、なる。

 


 ボクの……気の所為だったのだろうか?

 

 昨日の出来事を反芻する。


 あの子のセリフ。――「私のきのこ、食べてくれる……?」


 ――リボンの下の、かげ。


 きのこを、リボンを触ろうとした時のあの子。――「触らないで」

 

 あれ? これって。……もし、もし、だ。あの影が青いぶつぶつだとして。病気――だとして。



 これって、――病気を移す、ってことじゃ、ないのか?



 そう言えば。母さんは他に何か言ってなかったか――?



 ――青いぶつぶつがある人は――自分が治りたいが為――嘘ついて、食べさせる――




 嘘ついて。食べさせる。


 自分が、治りたいがため? 


 青いきのこを食べると病気がうつる。


 そして。人に青いきのこを食べさせると、自分が治るの……?



 あの子は、まさか、ボクに――?いや、ボク、を――?

 


 いやいや。

 

 しかし。さっきのきのこは、何事もなかったじゃあないか。なら、ボクの想像は、ただの妄想だったってことになる。



 すごく――もやもやする。あの子の真意が知りたい。ボクは。

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