第七話 嘘、ついて
■
全力で走る。
道すがら、あの子はいなかった。
結構足、速いんだ。頭の隅で考える。
もしくは。ボクは見当違いの方向に走っているのかもしれなかった。
そんな可能性を感じてボクはゾッとする。余計な事を考えたら足は重くなるようだった。
駄目だ。信じるんだ。自分の予感を――
あの子は居た。
スーパーの前をとぼとぼと歩いている。
ボクは正解を引いたらしい。声を掛けたい。しかし、すぐには動けなくて。
機会を逸したまま、――あの子の家まで着いてしまった。
どうしよう。あの子はこちらに気が付いていない。
ボクは悩んだ。
声を掛けたいがさっきの剣幕――また、怒らせるかもしれなかった。いや、あの子は怒ったのか? 何か、嫌がったようにも見えた。
リボンの下の、染み。あれはいったい――
考えを巡らせていると更に機会を逸したようだ。
あの子が呼び鈴を鳴らす。家に入ったら余計に話しかけづらいぞ、手に汗が、じわりと滲む。
母親だろうか? 中年の女性が出てきた。
玄関先。すぐにあの子を引き入れず、固まっている。あの子の、――頭を見ているよう、だった。
リボンを――見てる?
何だろう。そう思って身を乗り出したところで。
乾いた音が辺りに響く。母親があの子の頬を叩いたのだ。あの子が尻もちをつく。
「やめろ!」
ボクは何も考えられない――一気にあの子の元へ行きあの子と母親との間に割って入る。
「何するんだ!」
母親を睨みつける。母親はボクの乱入に目を白黒させている。いや、ボクの事じゃない――何かに怯えている? 母親の目線。
あの子の、頭? なぜ。
とにかく離さないと。あの子の腕を掴み、立たせる。逃がそうと、腕を引くが――動かない。
「やめて」
「なんで……」
「いいの。私が悪いの」
「キミは悪くないよ!」
「いいから! 帰ってよ!」
「なんで……なんでだよ」
訳がわからない。あの子の顔を見る。泣いて、る? 体が止まる。その隙に。あの子がボクの手を振り払う。
「私の気持ちなんかわかんない癖に!」
あの子は泣いている。目から涙を流し、ボクを睨みつけながら――
「食べてくれるの? 私の悪いところ、受け止めてくれるの? 一緒に、堕ちてくれるの……?」
「なっ…」
言葉が。でてこない。
「できないなら、口出ししないで!」
ぴしゃりと言って。家の中に入って行った。母親が、後に続く。
無力感。何かが、おかしい。何かが、ずれている。嚙み合っていたボク達。夏休み前までは。
でも、いつからか――いつから?――歯車は噛み合わなくなっていたのだ。ボクは呆然として。ただ。逃げ出すしかなかった。
■
なんで、あの子は元気がないんだろう。
なんで、あの子はぶたれてたんだろう。
なんで、あの子は受け入れてるんだろう。
なんで、あの子はボクを拒否したんだろう。
なんで、なんで、なんで。
それは浮かんでは消える、波のように。
ぼんやりと、リボンの下の、染みを思い出す。あれは何だったんだ? 母さんの言葉がふと頭をよぎる。
――青いぶつぶつは病気の証――
あの染みは、青かっただろうか?
リボンの陰になって、よく見えなかった。もしかして、あの子の、リボンの下は――
あのリボンの下は。想像する……が、具体的な何かにならずにスルスルとほどけていく。
――何かが、ボクの思考を阻む。
ボクは……あの子に、何をしてやれるんだろう。
■
「おはよ」
次の日。あの子は普通だった。
ボクは昨日どうやって家に帰ったか覚えていない。気が付いたら布団の中で、朝を迎えていた。母さんはいつものようにボクを送り出してくれた。
あの子はクラスメイトに挨拶をしている。昨日の事は何だったんだ? ボクだけが、取り残されているようだった。
あの子の「リボン」が目についた。今日も、あのリボンか。
いや、毎日……リボン。やっぱり、あの下は。
「あれ、リボン、ちょっと緩んでるよ〜」
他の女子の指摘。ボクはぎょっとする。また、昨日のようになるのだろうか。密かに注目する。クラスのみんなはいつも通り。平穏だった。
「そうかな〜?」
「結び直してあげるね!」
「ありがと〜」
リボンを外し、また結ぶ。
あの子は拒絶しない。
そして。リボンの下は……何も無い。染みもない。きれいな白だ。リボンを結び直して、それでおわり。何事もなかった。
何故。ボクの中でだけ起こっている「何か」なのか? あの子が、自分が――わからなく、なる。
ボクの……気の所為だったのだろうか?
昨日の出来事を反芻する。
あの子のセリフ。――「私のきのこ、食べてくれる……?」
――リボンの下の、かげ。
きのこを、リボンを触ろうとした時のあの子。――「触らないで」
あれ? これって。……もし、もし、だ。あの影が青いぶつぶつだとして。病気――だとして。
これって、――病気を移す、ってことじゃ、ないのか?
そう言えば。母さんは他に何か言ってなかったか――?
――青いぶつぶつがある人は――自分が治りたいが為――嘘ついて、食べさせる――
嘘ついて。食べさせる。
自分が、治りたいがため?
青いきのこを食べると病気がうつる。
そして。人に青いきのこを食べさせると、自分が治るの……?
あの子は、まさか、ボクに――?いや、ボク、を――?
いやいや。
しかし。さっきのきのこは、何事もなかったじゃあないか。なら、ボクの想像は、ただの妄想だったってことになる。
すごく――もやもやする。あの子の真意が知りたい。ボクは。
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