第二話 あの子
一番下に着いたらしい。重々しい扉を、開ける――。
そこは、まるで――牢獄だった。
一部屋にひとりの被験者。
外からの鍵付き。
中の人は自分から出れない。
扉には中が見えるように小窓があるがそれはガラスではない。
強化プラスチックだ。
決して割れないように――壁はコンクリートで固めてある。
穴など決してあけられないように。
――そう言う、ことだ。こけおどしなんかじゃない。
ここは青茸専門の地下実験室――もはやほぼ地下牢だ。
部屋は三者三様だった。
ダンダンダンッ
壁を、激しく叩く者。
叫ぶ――
「出して! 出して――」
かと思えば。部屋の隅でうずくまってギョロついた目でこちらを見る者――
布団で寝ている者。
「…………」
ぶつぶつ、独り言を言っている者。
「……あ〜、見ての通り、精神に何らかの支障をきたしている者ばかりだ。噂通りだろう? 青茸になると、正気を失う」
鷲尾さんは何ともないように話す。彼にとっては日常茶飯事なのかもしれない。でも、僕は。――僕は見ていて気分が悪くなっていく。
「こんなとこにいたら誰だって……」
「いや、ほぼこうなってから集められている。それはない、と思われる」
「…………」
「ここが、最後だ」
何とはなしに。ひょいと、覗き込む。
――――暗い。中は隅に衝立のない和式便所と中央付近に布団と毛布があるぐらい、人は――
あれは。――え??
部屋の中央にうずくまる、影――
――――あの子、か?
こちらを、じっと――見ている。
あの子が、いた。何であの子ってわかったんだろう。
何年も経っているのに。
成長した――あの子。
――目が。目が違うんだ。強い、視線。凛とした、あの――
プレートに、名前がある。――――合ってる。あの子だ。
「あの子は――」
「ああ、あの子な。数年前に中等症で入ってきてな」
中等症。
青茸にはグレードがある。軽症、中等症、重症。あくまで、精神の具合とか、青い斑点の量とかの目安で分けてるだけらしいけど。
たいがい軽症で見つかって保護という形が普通だが、あの子は中等症まで行ってたのか……。
最後の姿を、思い出す。
「今じゃ重症の一歩手前だ。何とか正気を保とうとしてるらしいが――」
「――――くん? ――――くんでしょ?」
立ち上がり、ドアに――こちらに、近づいてくる。
僕のこと、覚えてる……の、か……? 何年も経ってるんだ。
お互い成長した。わかる訳、――いや、それを言うなら
わかるんだ。
分かり合うんだ、きっと。
何年も経っても。
お互いがどんなに変わっても――僕は、手を伸ばそうと、して。
――トン。扉に、阻まれる。あの子はドンドンと扉を叩く。
「この通り、あまり正気ではない。じゃろ?」
鷲尾さんは、肩をすくめた――
■
よく見ると、あの子のきのこはぼろぼろ。
こちらを見るのを止めて、ぶつぶつ言いながら小部屋の中をウロウロしだした。まるで動物園の熊だ。
髪はボサボサ。
脂ぎってて固まってる。
体はガリガリ。
何か妄想を抱いているのか?
突然一人で喋る、かと思えば静かになる……。
これの繰り返し。
見ていられない。ボクは――目をそらした。
■
研究所では、なんとか自制したが。
何とか定時までやり過ごし、寮のドアを閉めた途端、――ボクは崩れ落ちた。
――あの子は、ずっとあのような扱いで日々を過ごしてきたのか。
何か――。なにかしたい。せめてここから逃がしたい。どうすれば――
■■
僕は、あの子に関する研究をつらつらと聞く。
あまり頭に入ってこない。
あの頃の笑顔。
連れられていく様子。
そして昨日の顔。
二重になる。
混ざり合う。
あの子はずっと。あのような扱いを……
あの子は、現状における青茸の民間治療効果の是非を研究されているようだった。
曰く。
青茸の民間治療とは、青い斑点ができたらきのこをとり、一時的に白くするというものだ。
あの子も、ここに入る前に親にされていたことだ。ここでは、あの子を含めて数名の青茸たちがこの実験に参加している。
それぞれの群に分けられているみたいだ。何もしない、一月に一回とる、斑点ができたらとる、毎日とる……。あの子は、一月に一回の群だ。
「この実験は過酷だ。特に毎日とる群は…………」
鷲尾さんの言葉が耳に入らない。
昔の記憶が呼び起こされる。
あの、夏の日々。
熱気まで蘇ってくる。
じりじりと焦がす、日差し。
陽炎。
あの子の――最後。
落ち着け。ここは――研究所だ。空調も効いてる。涼しくて、寒いぐらいだ。
ああ……僕は。
■
ボクは考えた。あの子が助かる方法を……。
今度、研究が終わり収容所送りになる青茸の被験者達がいるそうだ。
あの子をそのメンバーにねじ込む。
更に、収容所に入る前に
そうすれば、
あの子は自由になる……
そうして二人で逃げる――
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