第三話 疑念

 次の日。気だるい月曜も泰葉が居れば明るくなるんだ。


 いつもはのそのそと登校するが、今日はシャキッと自転車を走らせる。 

 昨日の事を話したかった。

 学校に、急ぐ。教室についた。泰葉は、もう登校している。早い。


「よかったね! あそこ」

 開口一番に、泰葉。どうやら同じ気持ちだったようだ。心が沸き立つのを感じる。

 ウキウキして前の席に座る。どうせこの席の主はまだ登校してこないだろう。


「ふふふ、ハマったな、お主……」

「うん。あれから、またコーヒー飲みたくなってさ!」

「いいじゃん!」


 これはいい傾向だ。また一緒に行ってくれそうだ。泰葉はテンション高く続ける。


「家のインスタント飲んでみたんだけど……」

 不穏な空気。顔が固くなる。徐々に声のトーンも下がってゆく。


「お、おう……」

 インスタントと、あそこのコーヒーを比べたら――


「全然、あそことちがくて」

「だよね……」

「正直、インスタントがただの茶色い苦い汁にしか感じなくて……」

「すっご嫌な言い方するね……」

 苦笑いの私。

「いやほんとのことなんだもん!」

「これはあくまで個人の感想です。効果には個人差があります」

「やめぃ」


 とにかく。

 

「またいこーよ!」

「うん! いいねいいね!」

 と、いう訳で。コーヒー飲み会の週一開催が決定したのです。

 

 楽しい日々。そんな日々が。崩れる時がくるなんて――


 泰葉には恋人がいる。

 太朗くんって子。私たちよりいっこ歳下の、後輩くんだ。

 二人は周りからみてもラブラブで、踏み込めないな、と思わせる空気感があった。

 週末はいつも二人で過ごしてるみたい。でも。


 最近――ここ二ヶ月ぐらいは土日のどちらかは喫茶店な訳で。


 いいの? と聞いてみたらば。


 入り浸ってる訳じゃないし、平日は一緒だし、土日だって喫茶店終わりで会ったりもする訳だしね! 

 これは趣味の範囲内ですよ。との事。問題ないと、思っていたが――


「聞いて!」

 コーヒー飲み会も板についてきたある日。いつものように登校。


 いつものようにお喋り――と、思いきや、登校してきた泰葉の様子が変だった。


 私の顔を見るなり、開口一番まくし立てるように喋る。

「どうしたの?」


「太朗君がね、ここ数ヶ月例の喫茶店行ってる事――浮気じゃないか、って言うんだよ!」


「ええ……?」

 突然の発言に力が抜ける。寝耳に水、とはこの事。心当たりがなさすぎる。的外れなことを言われて怒るというより、むしろ呆れてしまう。女子二人だよ? 浮気のうの字もない。


「でも私も行ってる訳だし?」


「信じて貰えないんだよ〜」


「高校生で友達と、喫茶店常連なんて……他に、男がいるんだろ! って……」


 ――偏見もいいとこだ。

 そんなに束縛の激しい人だったの? 太朗君って。いやこれは束縛なのか? 疑心暗鬼。そんな感じ。


「兎に角、今度は三人でいこ? そしたらきっと、誤解も解けるよ」


 そう言うしか、なかった。


 三人でいつもの曜日、時間に待ち合わせる。


 違う曜日だと寧ろ嫌なんだって。疑ってるからかな? 

 ……根が深い。


 カランカラン。店内に響き渡るいつものベル。うう、癒される……。


 もう今日は修羅場だ。そんな気がする。


「ここが、例の……?」

 太朗君は疑わしげだ。


「そうだよ〜」

 泰葉は平静を保っている。火のないところに煙、立てて欲しくないもんねぇ――



 ――こんにちは! ようこそ、今日は、新しいお友達ですか?


 横浜くんは、今日も爽やか。ああ、私の癒しよ、こんにちは。


「あ、この子は私のカレシでして……」


 ――カレシさんですか! それは素晴らしい……。デートの時とか、待ち合わせにでも使ってくれたら嬉しいです〜。


 横浜くん、マイペースだ……。


 空気を読んだのか、空気を無視しているのか。何が正解なんだと言われても困るしねぇ。


 太朗君はと言えば。イケメンウェイターの登場にややムッとしている――ような気がする。


「どうも。……席は?」

 どうぞどうぞ! こちらへ――


 三人で、味のしないコーヒーを飲んだ。


 太朗君は喋らないし。泰葉は黙っているし。私は一生懸命話を振るんだけど「ああ」「……うん」しか返ってこなくなって。


 居たたまれなくなって止めてしまった。やがてコーヒーが無くなると。


 誰ともなく、席を立ち始めた――


 今日は晴れている、喫茶店にも行ってきた、と言うのに。


 気持ちは晴れではなかった。二人の後ろを歩く。不穏な空気が流れているのを感じる。


 たぶん、今日は始まる。



 そんな気がした。

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