元カノと相談。 -1
肌寒い季節が続くと思っていたのにね。
今では外を歩くだけで汗ばむほど春めいている。
半分、嘘だけど。
僕が汗をかいたのは、幼馴染の西条がべったりとくっついていたせいだ。せめて階段を上るときは離れてくれると嬉しいんだけど、西条はすりすりと頬を寄せてくる。可愛い分だけタチが悪いぜ。
「やっと到着しましたねぇ、お姉ちゃんの家に」
「西条が邪魔しなければ、もっと早かった思うんだけど……」
「邪魔なんかしてませんけどぉ。ヤンキーが怖かったんですぅ」
きゃいきゃいと騒ぐ西条が笑いかける相手は、南蛇井だった。売られた喧嘩はワゴンごと購入する勢いで噛みついてくるので、西条もからかうのが楽しくなっているのだろう。
南蛇井の平手が、なぜか僕の背中を叩く。
「波久礼、妹は選んだ方がいいぞ」
「妹は選べないものでしょー? パイセン、頭わるーい」
「……そもそも、妹じゃないよね」
北村がめちゃくちゃ冷静にツッコミを入れてくれた。ありがてぇ。あれやこれやとお喋りに華を咲かせつつ、西条が僕の部屋へと一番乗りを果たす。質素な僕の部屋が一瞬にしてお花畑か桃源郷と見紛うような空間になった。
疲れた顔の北村に座布団を押し付け、僕は床に腰を据える。
「まずは一息つこうか」
「さんせーい。お菓子食べましょー」
ひょいと立ち上がった西条が、僕の部屋に常備してあるお菓子セットを持ってきた。机の引き出しをガッと開けて、そこにしまっていただけのチョコ菓子も持ってくる。
「これ、美味しいですよねぇ」
「……それ、こっそり買ったヤツなのに」
「ふふ、私に隠し事はできませんよ?」
当たり前のように僕の膝上に座ろうとする幼馴染を横にどけ、南蛇井と北村に身の潔白をアピールする。東風谷先輩の姿がみえないと思って首を傾げたら、部屋の扉がぬるりと開く。
東風谷先輩が麦茶ポットを持って登場した。
どうやら台所に行っていたようだ。まるで我が家でくつろぐように自由な振る舞いを見せる後輩と先輩だが、まぁ、僕はそれを咎める気など毛頭ない。
北村が「申し訳ない」と頭を垂れた。
「……相変わらず、なんかゴメンね」
「謝ることはないよ。僕は手間が省けて楽できるし」
「…………」
北村が渋い顔をして、南蛇井が苦笑いをする。西条と東風谷先輩はのんきにお茶会を始めそうな雰囲気だったが、その前に話を済ませないとな。校舎裏に呼び出しを受けた件は、すべての原因が僕にあるのだから。
確かめるように言葉を紡ぐ。
「まずは状況を整理したい。みんな、それでいいかな?」
「どーぞ。お好きなように」
「納得のいく説明が出来なかった場合、パイセンに暴れてもらいます」
「なんであたしが暴力担当なんだ。イッチバン優しいだろーが」
「はいはい、落ち着いて。話が進まないから」
ぷりぷりと怒る南蛇井をなだめつつ、僕達を取り巻く状況を再確認していくことにしよう。
あれは、中学二年の冬だった。
「僕はキミ達全員と付き合うことになった」
期限は今日、僕が中学を卒業するこの日まで。
とんでもない約束である。
約束をしたのは同級生ふたりと、後輩、先輩がひとりずつ。
彼女達から同時に告白を受けて、まともな答えを返せるほど僕の心臓は強くなかった。どうにかして修羅場を切り抜けようと姑息な手を打ち、それが四人全員と同時に付き合うという荒唐無稽な約束だった。思い返してみれば、あの場で血祭りにあげられなかったのは奇跡だろう。
僕のカノジョ、聖人しかいないんだよな。
「その約束には相違ないね?」
「おう。それはみんな分かってることだよ。今更蒸し返したりしねぇって」
「まー、聞いた当初はマジでどうかと思ったけどね」
南蛇井と東風谷先輩が、互いの顔を見合わせて何度も頷く。好きな相手が他の子とも付き合うと言ったのだ。浮気野郎だと後ろ指を指されても、ひょっとすると他のもので刺されても文句を言えないような発言だ。
北村は額を押さえて俯いている。最寄りのバス停からもウチは距離があったし、体調を崩したのかもしれない。悪いことをしたな、と無策な自分を呪った。
「ごめん、北村。ベッド使う?」
「……いや、平気。……改めて聞くとひどい約束だなと思って」
「だよね」
「……波久礼君のこと、モノみたいに扱うなんて。……ごめんなさい」
北村が深々と頭を下げる。
気付けば、他の面子もバツの悪そうな顔をしちえた。
みんな、どうしたんだ? 僕のことなんてどうでもいいのに。
ともあれ、僕は彼女達と約束をした。
中学校を卒業するまでの一年間、みんなの恋人として平等に振舞う、と。
その約束を果たすために有言実行したつもりだけど、底の浅い僕は至るところでボロを出していたに違いない。彼女達が抱いてくれた好意がいつしか厚意に変わり、恋心も薄れて消えていくだろうと考えていた。僕には上っ面以外の取柄がないと判断して、卒業を待たずして別れたがるに違いないと思っていたのに。
どうやら僕は、彼女達の器を過小評価していたらしい。
彼女達が良い子だとは知っていた。僕が気付かないようなイイトコ探しをしてまで、僕のことをずっと好きでいてくれるほどとは思わなかったけど。唯一の誤算は中学卒業の今日まで、誰も僕を嫌いになってくれなかったことだった。
「念のため、聞いておきたいんだ。僕のこと、本当に好きなの?」
「本気で言ってんのか? あたし達に? 寝惚けてんじゃねぇだろな」
「はいはーい、私はお姉ちゃんのこと好きだよ」
「私も。真仲が望むなら、十六歳の誕生日に結婚式を挙げてもいいほどに」
「……答えの分かりきった質問だよね」
南蛇井、西条、東風谷先輩、北村。それぞれにイエスと返答をしてくれた。
言外に「嫌いになるわけないでしょ」と言われているような気がして、その眩しい感情に足が後ろへ退いてしまう。僕のことを愛してくれる子がいる事実を信じられなくて、ダメ押しにと質問を重ねる。
「えっと、念のために言っておきたいんだけど」
「お姉ちゃん、まだ言い訳したいことがあるの?」
「いい加減、次に話を進めたいんだけど」
首を傾げた元カノ達に、僕は兼ねてから気掛かりだったことを尋ねた。
「……僕も女の子だからね?」
波久礼真仲は女の子なんです、とスカートの裾を持ち上げる。
その瞬間、四人分の溜め息で僕は吹っ飛ばされそうになった。
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