ようすのおかしな噺

橘夏影

火曜 23時


 夜のコインランドリーが好きだ。


 大抵、静かで、人もまばらで、誰にも干渉されない。

 目を閉じて耳を澄ませると、洗濯機の音が、遠いどこかの、潮の渦みたいに響いてくる。


 ある日、いつものように乾燥機の前に座り、ローソンのコーヒーを飲んでいた。

 ローソンは良い。可愛いカエルや猫、月のデザインのビールを取り扱ってるのが嬉しい。

 確か、なんだか楽しそうな名前のメーカーのやつだ。


 そして、待っている間、ウェブ小説を読むのがルーティーン。

 たまたま目に留まった『おかしな噺』という短編・掌編集を開く。

 

 ……ふむ。ようわからん。

 作者は――橘夏影。

 ……チッ、かっこつけやがって。

 

 視線を上げた時、ふと、気づいた。

 毎週火曜の23時になると、同じ場所の乾燥機に、

 薄いグレーのTシャツと、淡い花柄のワンピースが入れられている。


 たぶん、同じ人。

 たぶん、女の人。

 たぶん、きちんと丁寧に乾かそうとしている人。


 自分は、柔軟剤の香りで人を好きになるタイプだと思っていたけど、

 どうやら、「乾燥機の中の布たち」で恋に落ちることもあるらしい。


 もちろん、声をかけるわけでも、姿を確かめるわけでもない。

 でも、なんというか、それ以来こっちも〝ちゃんとした服〟を持ってきてしまう。

 ヨレた部屋着ではなく、ちょっと色落ちしただけのシャツとか。


 ……それが何になるってわけじゃない。




 

 

 その日も、いつものように乾燥機の前に座り、セブンのコーヒーを飲んでいた。

 セブンは良い。総菜や冷食のレベルが高い気がする。

 気分の良いときはアサイーのスムージーを買ってしまう。

 

 視線を上げると、機械の中でぐるぐると回る、白とピンクとグレー

 その中に、ふと、黒い影が見えた。


 目を凝らす。

 それは、洗濯ネット。

 でもその中に、うっすら透けているものが――


 黒。下着。……レース?


 いや、気のせいだ。

 そもそも、レースってどうしてわかるんだ?

 ネット越しで確信なんて――


 ……レースだ。

 確信した。何度見ても、見間違いじゃない。


 気づいてしまった。

 そして、知ってしまった。

 その人は――黒いレースの下着を穿いている。


 それから火曜日が少し、待ち遠しくなった。


 

 


 

 変わらず、いつものように乾燥機の前に座り、ファミマのコーヒーを飲んでいた。

 ファミマは良い。なんとなく好きだ。

 俺はそこまでファミチキ信者ではないけど、もちろん嫌いじゃないし、あとフラッペが美味い。


 視線を上げると、機械の中でぐるぐると回る、白とピンクとグレー

 その中に、ふと、青い影が見えた。


 目を凝らす。

 そんな、まさか――

 俺は何度も、眼をこすった。


 青。派手なメタリック。……ボクサーパンツ?


 いや、たまたまだ。

 そもそも、ボクサーパンツってどうしてわかるんだ?

 仮にボクサーパンツだとしてレディースモノの可能性も――


 ……前開きだ。

 確信した。何度見ても、見間違いじゃない。


 気づいてしまった。

 そして、知ってしまった。

 その人は――メンズのボクサーパンツを穿いている。


 ちょっとイメージと違ったけど、そのくらいじゃ俺の恋は冷めない。

 




 

 ……いや冷静に考えろ。

 男が履いてるんだよ。

 つまり、そういうことだ。

 きっと、バッキバキのタイキックボクサーだ。

 敵うわけがない。

 

 こうして俺の恋は、プロローグで終わった。

 乾燥機って、けっこう現実を突きつけてくるんだな。

 

 でも、結構防犯のために男物の下着を混ぜるみたいな話も聞くよな。

 ……いや、俺じゃん。

 俺みたいなやつを寄せないためだよ。

 最悪だ。


 急速に醒めた頭を抱えて、俺はそそくさと逃げるようにその場を去った。


 

 


 

 凝りもせず、いつものように乾燥機の前に座り、ミニストップのコーヒーを飲んでいた。

 ミニストップは良い。アイスだ、パフェだ、ハロハロだ。

 言うべきことは、それ以上ない。

 あ、ハッシュドポテトも好きだ。

 

 機械の中でぐるぐると回る、白とピンクとグレーとメタリックブルー。

 見ないように意識すればするほど、気づくと目で追ってしまっている。

 自分が嫌になる。


 ……。


 どれぐらい時間が経っただろう。

 残業続きのせいか、いつの間に眠ってしまっていた。

 そして、人の気配で目が覚めた。

 とっさに財布を確認するが、特に盗まれたりはしていないようだった。


 顔を上げると、ひとりの女の人が立っていた。

 いつも、俺が見つめている先に。

 確信した。間違いない。あの布たちの主だ。


 気づいてしまった。

 そして、知ってしまった。

 その人は――。


 一瞬、目が合った気がした。

 ……ちょっと、笑った?

 いや、目が笑ってなかった。

 あれは〝警戒〟の方だ。


 綺麗な……女性ひとだったな。

 ……ついて来てやれよ、タイキックボクサー。

 今度から、アラームかけよう。

 

 

 


 

 火曜、23時。

 今夜もまた、誰かの気配と、遠い汐の鳴音の中で、

 俺は、何かが回って乾いていくのを、ただ眺めている。

 



 


 教訓① コインラインドリーで、恋は始まらない

 教訓② 夜間のコインランドリーのご利用は お気を付けて

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る