第9話 ガチ恋距離で愛を囁く♡ 萌え萌えボイス♡
「お待たせしました、ケント様!」
こころんはお気に入りのメイド服を着るのが大好きだった。
「服可愛いですか? へへへ、ありがとうございます! これ、いいですよねーふりっふりで! このフリル、歩くときにふわふわ動くのが好きなんですよー!」
可愛くて最高なメイド服を着て、それでいてお金ももらえるのだからこれ以上のことはない。
「いきますよー、萌え萌え、きゅるるん♡ ぎゅーっと、愛を込めました!」
とあることがきっかけで二次元の美少女キャラクターを愛でるのが大好きになった。だからそれっぽい萌え萌えな口上を唱えるのも特に抵抗はなかったし、むしろノリノリでこなしていた。
「かわいい、ですか? ありがとうございますー!」
キャストの中で新人であり、未成年なのはこころんだけ。
(ま、だからこんなに指名が多く入るんだろうけど。まっ、若いっていいよねー)
持ち前の愛嬌の良さや小柄な故のかわいらしさ、そしてもちろん顔立ちが整っているが故の人気なのだが、かなたは人気の有り無しについてはあまり頓着はしていなかった。
誰よりもかわいくなってやろう、という出し抜くような気概も特に持ち合わせていない。
(学校じゃこんなにオタクの話で盛り上がれないしなー。先輩たちもみんな優しいし、このバイト楽しー)
「あっ、アクスタ家から持ってきてくれたんですか? わーっ、かわいいー! 前話してくれてた配信、見ました見ました! あんなにテーマパークを熱く語れるのってすごいですよね……! めちゃくちゃ面白いいい所なのに微塵も人がいない! ってマジで何度も何度も言ってて腹よじれました!」
アニメや漫画、ラノベや流行りのVtuberまで……日本大橋にやってくるオタクたちのディープな語り口調に耳を傾けることが、かなたは好きだった。
(なんか今日はいろんな人と話せて楽しいな、よーし次もいくかー)
とかなたがぐるりと店内を見渡した時だった。
一人の客と目が合った。
「……すいません」
その客は申し訳なさそうに手を上げ、かなたのほうを見つめている。
背中を丸めていても分かる、その大きな体。
こんな大きな客なんて、一人しかない。
「はーっ……い、どうされましたぁ?」
こころんは一瞬間をおいて、その声をかけてきた客の方へと向かった。
「わぁ、リンリン様、きてくれてたんですねぇ!!!!!」
怒気をわずかに込めて、こころんはにっこりと大きな客――倫太郎が座る席に近づいた。
「あ、えっと、その……」
倫太郎はもじもじとしている。しきりにメニューを見ては恥ずかしそうに手を何度もグーとパーをしていた。
その様子がどこか面白くて、こころんは倫太郎にちょっかいをかける。
「あっはは、どうしたんですかそんなに緊張して!」
「その……」
決心したように、倫太郎はかなたの顔を見つめた。
「……ち、注文しても、いい、ですか……」
(っ!)
いざ言われると、急にこころんは戸惑ってしまう。
「もちろんじゃないですかぁ! ぜ、ぜひぜひっ……うれしいです!」
(ふ、ふん……ようやく私に注文する気になったか……まったく、まったくだぜ)
ナニニシマスカ? とこころんは尋ねる。
「アイスコーヒーと……この、ボイスを」
そう言って倫太郎は恐る恐るとメニューを指さした。
「はーいっ……い?」
快活に答えようとしてこころんは思わず声が上ずってしまった。
倫太郎が選んだボイスプランの――一番高額なプランの――『ガチ恋距離で愛を囁く♡ 萌え萌えボイス♡』だった。
『ガチ恋距離で愛を囁く♡ 萌え萌えボイス♡』
『ガチ恋距離で愛を囁く♡ 萌え萌えボイス♡』
『ガチ恋距離で愛を囁く♡ 萌え萌えボイス♡』
「かっしこまりました!」
こころんは頭の中でそのボイスプランの名前でいっぱいになって、平静を必死に保ちながらキッチンへと向かっていった。
「まってまってあいつマジでなにがしたいん!?!?!?!」
キッチンに帰ってきたこころんを出迎える店長は、ぱちぱちと手をたたいて爆笑している。
「やったじゃないかこころん。一番高いボイスだぞ」
「いやまあそうなんですけど!!!」
「そういやガチ恋ボイスってやったことあったっけ」
「女性客……にしたことは数回ありますけど」
でも、とこころんは口を大きく開く。
「頼みますか普通!? 同級生の、それも異性に!!」
「なぁに困惑してんだ。ビビってんの?」
「は????? ビビってないですけど????????」
こころんは猛烈な勢いで濃すぎるアイスコーヒーを作って「じゃあ行ってきますわぁ!」といきこんで出て行った。
「扱いやすいなー」
「聞こえてますよ!?」
ぷんすか、とぷりぷりしながらこころんはアイスコーヒーを乗せたトレーで運びながら頭の中で悶々とする。
(なんか異性のお客にも言われたんだよな「いやぁ若すぎるから君にガチ恋ボイスはちょっと危なすぎるかな……」とかってああ分かってますよ私がクソガキってことは! どーせ可愛くねぇよ私は!)
コツコツと厚底ローファーの音を大きく立てながら倫太郎の元へと向かう。
(見せてやんよじゃあ私がガチ恋できるってことをよぉ!)
「お待たせしました、アイスコーヒーです!」
いったいどんな顔で待ってるんだと思ったこころんだったが、倫太郎は背筋をピンと伸ばして真面目な顔をしていた。
「……は、はい。ありがとう、ございます」
(なんのつもりで頼んだのかはわっかんねえけど……まあ、やるか……)
「それではリンリン様! 『ガチ恋距離で愛を囁く♡ 萌え声ボイス』、させていただきますね!」
そしてこころんが口を開こうとしたその瞬間だった。
(………………うん?)
こころんが一瞬真顔になる。
そして顎に指を当てながら、考えた。
(…………男へのガチ恋ボイスってどうすりゃいいんだ?)
同性の女性にやったことあったセリフを思い出す。
『お姫様……その美しい顔をもっと見せてください……♡』
『ふふ、美しい顔……食べてしまいたい……♡』
(……そういや女性の反応も『背伸びしてる感じが初々しくてかわいいっー!』」って感じだったな……)
「……?」
沈黙が続き、倫太郎が不安げな目をする。
(ええい、ままよっ……!)
完全にその場限りのノリで……倫太郎の耳元に口を寄せた。
「っ!?」
さっきまでじっとしていた倫太郎が思わずびくっと肩を震わせる。
「ふふっ……どうしたんですかぁ、そんなに驚いちゃって……そんなに私のガチ恋を感じたかったんだ……ふふ、心臓、ドキドキしてるの……?」
そっと、こころんは水滴が付いたアイスコーヒーのコップを、優しく指でなぞった。
「私ね、君のために一生懸命、たーっぷり、注いだんだ……いっぱい、味わってほしいな……♡」
つるん、と細い指を滑らせる。そして、滴る水滴をそっと自分の唇に這わせた。
「さぁ、召し上がれ……♡」
そう言い終えて、そっと倫太郎から離れた。
「いかがでしたでしょうか? ふふ、楽しんでいただけたなら幸いですっ!」
(なんかpivivのエロ漫画みたいなセリフになっちまったけどまあいいか)
まあこんなチビに言われたとてそんな恥ずかしくなんねえしむしろ笑ってるだろ、と高を括りながら倫太郎の顔を見た。
「……は、はひっ……」
倫太郎は顔を真っ赤にして、こころんを見つめていた。
二人の目が合う。
「す、すっごく、すごく、良かったです……」
「あっ……」
(い、いや、そんなマジになった顔すんなよ!)
「わ、わぁ、い、よかったですぅ!」
と適当なことを言ってこころんはお話タイムを忘れて逃げる様に去って行った。
倫太郎はしばらく心臓がどきどきして止まらなかった。
(す、すごかったぁっ……! し、心臓が止まりそうになった……)
コーヒーを飲んだらあまりの濃さに吹いてしまった。
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