初めてできた友達は、小さくて可愛いコスプレ好きなオタクの女子高生でした。

@yasudaikon

第1話 どうしようもない僕に小さな天使が降りてきた

「……やっぱり、こんな体でコンビニの接客業はむりだよなぁ……はぁ……」


 コンビニで面接を終えて不合格を言い渡された高校一年生の釘矢倫太郎(くぎや りんたろう)は、がっくしと項垂れながら街中に立ち尽くしていた。


 休日の日曜日の昼空は、五月だというのにカンカンに日照っていて、立っているだけでも汗が止まらない。


「同人誌買って、帰ろう……」


 ここは日本大橋3丁目。メイド喫茶、アニメショップ、カードショップ……オタクが愛してやまない店たちがずらりと立ち並ぶ、日本有数のオタク街だ。


 陰キャでオタクな倫太郎は歩き出すが……


 ――うわ、あの人でっけえなぁー、ぶつかったらカツアゲされるかも。

 ――腕が太すぎるだろ。あれで殴られたら死んじゃうよ。

 ――くわばら、くわばら……。



 歩くだけで、周りから注目を集めてしまう。

 なにしろ倫太郎の体は198cm、89kgの大巨体なのだ。幼いころから背が高く、父親の背を抜いたのは小学三年生の頃だったか。

 大人顔負けの体格をする倫太郎に喧嘩が成立せず、何もしなくても同級生が離れてしまっていた。

 常に誰かから恐れられ、避けられてきた。


 バケモノと、そう呼ばれながら生きてきた。


(結局、ラグビーもあんなことがあって、辞めてしまった。こんな体に生まれて、よかったことなんて一度もない)


 倫太郎は、通称”オタク道”と呼ばれるメインストリートにさしかかる。そこでは、メイド喫茶やコスプレ喫茶のキャストたちが看板片手に通りすがるオタクたちににこやかに笑顔を振り撒いていた。


(お、俺なんかがここを通ったら女の人、怖がるだろうな……)


 だから倫太郎は、ごめんなさい、ごめんなさい、と頭の中で連呼しながら顔を伏せて速足で歩く。


 自分みたいな人間なんて、ただ図体がデカいだけのどうしようもない男なんて、女性からしてみたら迷惑以外の何物でもないから――


 

「おーい! そこのおっきぃ君ぃ!」


 

 突如として快活な声が耳に入った。倫太郎は一瞬動揺する。


(いや、自分に声をかけてくるなんてないない。俺はだってみんなから怖がられてて……)


「おっきいの君しかいないでしょ!」


(流石に聞き間違いか……)


「ねえってばっ!」


 うつむいていた目線の先に、少女がいた。


 目が合う。


 大きな目が、キラキラとまぶしく光っている。

 小さくて、綺麗な顔立ち。

 茶色がかった黒い髪は殊更にその小さくて白い顔を映えさせていた。


 「うわぁ!?」


 女性の耐性が全くない倫太郎は、思わず情けない声を出しながらその大きな体をのけぞらせてしまう。


「あっはは! すんげえ反応!」


 快活に笑って見せるその少女の姿を倫太郎は今一度見た。


 メイド服をきた、少女。中学生かと思えてしまうのは、その143センチという小さな背丈と童顔のせいだろうか。

 小さな彼女の体にはちょうど良いサイズはなかったか、すこし大きめなメイド服を身に纏っている。


 ぶかぶかな袖の余った布がふんわりとくるまれている、そのふくらみがどこか愛おしい。


 失意の中にある倫太郎に突として現れた彼女の姿は、純粋無垢で光り輝く天使かのように見えた。


「君だよ、君!」


 にかっと笑う少女は爛漫な笑顔で、その眩しさはバイトに落ちて落ち込んでいる陰気な顔をしている倫太郎を眩しく照らす。

 そんな少女は炭酸水のペットボトルがぎちぎちに入った袋を手にしていた。買い物帰り……なのだろうか。メイド服で買い物するという大胆な行動に驚きつつも、倫太郎は恐る恐る尋ねる。


「え、あ、お、俺……です、か……?」


「釘矢君、でしょ?」


 倫太郎は心臓が跳ね上がった。


「な、なんで俺の名前を……!?」


「いやー君ねぇ、でっかい体してるよねー」


 少女は倫太郎の大きな体を下から上までぐいっと目を向けて、そしてにこやかに笑った。


 (そんなことよく言われたな……野球選手になれだとか、バスケ選手になれだとか、スポーツもうやりたくないのに)


 倫太郎は昔を思い出して苦虫を嚙み潰したような顔になるが、


「うん。大剣を振り回す勇者にぴったりだね」


「それは初めて言われた!?」


 予想外の言葉を言われて流石にツッコミを入れてしまった。


(……な、何を言ってるんだこの人)


 倫太郎が困惑するのを構わず、少女はぐいぐいと倫太郎に迫っていく。


「ねえねえ、暇なら今からウチのギルドで一杯やらない? あ、これキャッチとかじゃなくて私の独り言だから気にしないでね」


「ぎ、ギルドって……なんか異世界転生みたいな……」


「そう! それそれ!」


 グラスを傾ける仕草をして少女はニヤッと笑う。それが様になっているから、やおらこの場が異世界に迷い込んだのかと錯覚してしまいそうになる。


 それほど引き込まれる魅力がこの少女にはあった。


「え、えっと……」


「ほら、来るの? 来ないの? これも独り言ー」


「あ、は、はい……い、行きます」


 つい、倫太郎は答えてしまった。


「お、そうなん? それじゃあ案内するぜ!」


 少女は振り返って倫太郎に言う。

 その笑顔は――”バケモノ”と蔑まれてきた自分に向けられてきたことなんてない、初めての微笑みで――

 

「私、こころん! よろしくね、勇者様っ!」


 本当の本当に異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。


 それが、どこか、倫太郎は楽しく思えた。


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