第29話 おもちゃ屋
姉ちゃんが、妊娠した。
おいおい、結婚したって報告からすぐじゃねえか。もう妊娠したのかよ。
てことは、俺に甥っ子ができるってことか。え、それやばくねえ? 甥っ子だぞ甥っ子。すげえことだよ。
やべえな、テンション上がってきた。まだ生まれてもない甥っ子にここまで興奮すんのっておかしいのかな。でもあれだな、生まれてきても俺のこと怖がらねえか不安だな……。
そうだ、せめて怖がられねえように、おもちゃとか買っとけばいいんじゃねえか? まだ気が早いのは分かってるけど、とりあえず生まれたらすぐおもちゃを与え、成長過程に伴って与え続け、絶対に俺に懐くようにしてやる。燃えてきたぞ。
自分でもよく分からないテンションに任せ、俺は近所のおもちゃ屋へ向かった。
「ここだな。おもちゃ屋なんて亀風に来てから1回も来たこと無かったなあ。なんか不思議だわ」
子どもの頃以来行っていないおもちゃ屋。俺みたいなのが1人で入って、疑われたりしねえかな……。普通にありそうだなうん。誘拐目的とか思われそう。
いやいや、でもここでおもちゃを買っとかないと、甥っ子俺にベタベタ計画が頓挫しちまうからな。しっかりしろよ俺。
心を決めておもちゃ屋に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「いらっしゃいませ! 町のおもちゃ屋さん、トイバラスへようこそ!」
「ひでえネーミング! おもちゃバラバラにされそうじゃねえか! ……って心音!?」
おもちゃ屋の制服を着て立っていたのは、見慣れた茶髪ボブ。満面の笑みを浮かべながら俺に近寄って来る。
「やっほやっほ健人先輩! おもちゃ屋に1人で来るなんて珍しくない? 誘拐?」
「言われると思った! だからちょっと不安だったのに! 誰が誘拐犯だよ!」
「違う違う! 拐われる方!」
「なんでそっちなんだよ! こんなバケモノみたいなやつ拐われねえだろ! ……誰がバケモノなんだよ!」
「私そこまで言ってないよ!?」
おっと、1人で盛り上がっちまった。謎にテンション高いからな。変なこと口走るのも仕方ない。
「それで、本当は何しに来たの? 対象年齢が22歳のおもちゃは置いてないよ?」
「当たり前だろ! 誰が大人のおもちゃ探しに来たんだよ!」
「じゃあ何が欲しいの? 富、名声、力?」
「俺海賊王目指してねえよ! いや姉ちゃんが妊娠してよ、甥っ子が生まれんだよ」
「へー! それはおめでたいね! いつ生まれるの?」
「ああ、まだ妊娠が分かったばっかりだから、生まれる時期までは聞いてねえな」
「あれそーなの? じゃあなんで甥っ子だって分かってるの?」
「……あっ」
そうだ、別に男が生まれるって分かってるわけじゃねえんだ。なんか勝手に先走って男だと思ってたな。そっか、女の子の可能性もあんのか。
……ちょっと待て、女の子が生まれたら、俺泣き叫ばれそうじゃねえか? 男の子ならワンチャン面白がってくれそうだけど、女の子はどうにもならねえなあ……。
「もう、健人先輩ったら抜けてるんだから! そんなんだとハゲるよ?」
「別に髪が抜けてるわけじゃねえよ! まだハゲたくねえし!」
「仕方ないから私がおもちゃ選んであげる! 男の子と女の子どっちでもいいようにね!」
「おお、それは助かるわ。頼んでいいか?」
「餅論! あ、間違えたもちろん!」
「変な変換ミスすんなよ! 分かりにくいボケだなおい!」
心音は自信満々に店の中を進み始める。こんな感じだけどどうせまだこのバイト始めて数日とかなんだろ。なんで自信満々なんだよ。
「じゃあまずはこれ! スタームルガーMP9だよ!」
「サブマシンガンじゃねえか! 早速だな!」
「これなら赤ちゃんを狙う怖い大人が来ても撃退できるよ!」
「オーバーキルだろ! お前また銃刀法違反で捕まんぞ!?」
「次はストーナー63だよ!」
「何ここ武器以外置いてねえの!?」
「どっちの銃がいいかな?」
「とりあえずこの物騒なコーナーから出てもいいか!?」
なんでここ銃ばっかり置いてんだよ。戦時中でもここまでじゃねえよ。そもそもおもちゃ屋だろここ。
「むー、じゃあちゃんとおもちゃを紹介するね!」
「最初からそうしてくれると助かったんだけどな」
「これとかどう? 割り人形!」
「割り人形……? くるみ割り人形じゃなくてか?」
「そー! めちゃくちゃ割ってくれるよ! 28÷7は?」
『4デス』
「割り算の方!? そんなもん赤ん坊に見せて何が楽しいんだよ!」
「もっと難しい割り算もできるよ! 1368÷7は?」
『4デス』
「そんなわけねえだろ! おいこれただこの『4デス』って音声録音してあるだけじゃねえの!?」
「あーバレちゃった? じゃ、これで」
「買わねえって! なんだこのくだらねえおもちゃ屋!」
「もー仕方ないなあ。じゃあこのラトルでいい?」
「ラトル……? ああガラガラか。そうだよそういうのでいいんだよ。じゃ、それで」
「はーい! ラトルにストローはお付けしますか?」
「付けねえよしつけえな! お前なんでそれ気に入ってんの!?」
その時、不意に店の入口が騒がしくなった。なんだ? 何があった?
「強盗だ! 大人しくレジの金を寄越せ!」
「うわ強盗だよ健人先輩。ちょっと撃退してくるね」
「え、お前危ねえって。やめとけよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
そう言うと心音はさっきのサブマシンガンを手に取り、無言で強盗に向けてぶっぱなした。ゆっくりと倒れる強盗。こちらに向かってピースをしてくる心音。
俺はそんな様子を見て、スっと店を出た。心音がこの後どうなるかは分かりきってるからな。巻き込まれないうちに逃げよう。
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