第19話 パン屋

 爽やかな朝だ。空は青く晴れ渡り、心地よいそよ風が体を撫でる。鳥の声が響き渡り、歩いているおばちゃんたちは互いに挨拶を交わしている。


 そんな平和で爽やかな朝に似つかわしくない暗い気分で歩くのは、ただ俺1人。昨日またしてもお祈りメールを受け取った俺は、どんよりした気分で散歩をしていた。


「はあ……。何回目だよ。俺これでギネスとか載れるんじゃねえかな」


 自分で言っていて悲しいことを呟きながら、少しでも気分を晴らそうと爽やかな空に目を向ける。真っ青な空は、大雨が降っている俺の心に少しだけ光をくれる。ああ、やっぱ空っていいなあ。


 少し気分が晴れた俺は、目線を真っ直ぐ前に戻す。すると視界に見慣れない店が飛び込んで来た。


「あれは……パン屋か? あんなんあったっけか……。新しくできたのかもしれねえな。うし、気分上げるためにふかふかのパンでも食いに行くか」


 そう決めた俺は、そのままパン屋へと向かって行った。


 入店するやいなや、元気な女の声が俺を出迎える。


「いらっしゃいませ! 新作の味噌汁パンはいかがですか?」


「早速だな! 要らねえよそんなパン! どうなってんだよそれ!」


「食パンと食パンで味噌汁を挟んだパンになっております!」


「ただびっちゃびちゃのパンが出来上がってるわ! 食いにくくて仕方ねえだろ! ……ってまた心音かよ!」


 俺の目の前には、満面の笑みを浮かべる心音がトングをカチカチと鳴らしながら立っていた。


「やっほやっほ健人先輩! 大丈夫? ここパン屋だよ?」


「どういう意味だよ。別に俺がパン屋来たっていいだろうが」


「いやいや何言ってんの! 健人先輩がパン屋なんて来たら、生地に混ぜられて膨らんじゃうよ?」


「誰がイースト菌なんだよ! え、お前俺のこと酵母に見えてんの!?」


「どっちかって言うと猛虎かも」


「やかましいわ! 俺そこまで怖くねえよ!」


 心音はトングを置き、ショーケースの向こうから俺に話しかける。


「それで、健人先輩は何しに来たの? 筋トレ?」


「なんでお前前回から俺を筋トレさせようとしてんの!? パンで筋トレは無理だろ!」


「大丈夫だよ! そんなお客さんにもうちのお店は対応してるから! このやけにずっしりしたコッペパンで筋トレできるよ!」


「なんでそんなもんあんだよ! 何が入ってんだそれ!」


「え? 鉄球?」


「んなもん入れんなバカ! パンに謝れ!」


「まあまあ、そんなに膨らまないで」


「俺パンじゃねえよ!」


「あ、ごめんお餅のつもりだった」


「どっちでもいいわ! 両方違えし!」


 全く、なんでこいつはここまで自由奔放にして毎回バイトは受かるんだよ。クビになってるけど。面接のコツとか聞いたらまあまあちゃんとした答え返ってくんじゃねえかな。クビになってるけど。


「今日はどんなパンをご所望なの? とにかくカロリーが高いパン?」


「俺そんなデブに見える!? いや特に考えてなかったな……」


「じゃあ私がオススメのパンを紹介してあげるね!」


「うん、めっちゃ嫌な予感するけどまあいいや。とりあえず頼むわ」


 生き生きとショーケースの裏から出て来た心音は、大量のパンをトレーに乗せていく。


「じゃあまずはこれね! これが世界初の自立式のパンなんだけどね」


「聞いたことねえな!? なんだ自立式のパンって!?」


「語尾がドライイーストで、口癖が『クリームパンより甘いぜ……』なんだよ!」


「ああ立ってるのパンそのものじゃなくてキャラの方なのな!? なんだキャラが立ってるパンって!」


「あとこっちはAI搭載のパンでね」


「食いにくいわ! パンに知能持たせんなよ!」


「対応の電球を買ったら、声だけで電気をつけたり消したりできるよ!」


「うんそれパンに求めてねえな!? ア〇クサの役割じゃねえか!」


「ちょっとモーニングコールだけ遅れがちなのが弱点かな!」


「なんでパンのクセに朝弱いんだよ! いやパンのクセにっていうのもおかしいけども!」


 なんだこのパン屋意味分かんねえな。知能持たせたりしなくていいから美味いパン作れよ。パンが話しかけてきても困るわ。どう返したらいいか分からなくてパン見知りみたいになるじゃねえか。なんだパン見知りって。


「もう! 結局どんなパンがいいの? 天気を教えてくれるパンとか、外国語を翻訳してくれるパン、あとは暇つぶしにしりとりしてくれるパンとか色々あるんだよ!」


「それを全部ギュッてしたのがAIだろうが! なんでそれぞれの分野で別のパンなんだよ!」


「だってガワがパンなんだよ!? 機械じゃないんだからそんな色々できるわけないじゃん!」


「じゃあパンでやんなよ! なんでパンでやろうとしたんだよ!」


「このカレーパンもダメだって言うの!?」


「ダメじゃねえよ! あんじゃねえか普通のパン!」


 ようやく出てきたまともなパンをトレーに乗せ、やっとこさお会計だ。なんでパン1つ買うだけでこんなに時間かかんだよ。普通のパン作ってくれよ。


「ではカレーパンお1つで600円になります! カレーパンにライスはお付けしますか?」


「付けねえよ! なら普通のカレーライス食うわ!」


「ライスが小、S、少なめからお選びいただけますが」


「全部少ねえな!? なんで普通のねえんだよ!」


「いやだって、ここパン屋だから」


「そうだったわ! じゃあライスの提供やめたらいいんじゃねえの!?」


 お金を払って店を出ようとすると、心音の泣きそうな声が聞こえてきて思わず振り返る。


「店長〜! いいじゃないですか! 斬新なパンだったでしょう!?」


「いやダメでしょ! なんでパンにAI組み込んじゃったの!? バカか天才かどっちなの!?」


「天才の方でお願いします〜!」


「あつかましいね君!? とりあえず考え方が危険すぎるから、君は今日でクビ!」


「ええ〜!?」


 心音は泣き崩れながら、近くにあったパンを手に取った。


「ねえパン、こんな時はどうすればいいの?」


「ノコギリ」


「り、り、リス!」


「スルメイカ」


 いやしりとりすんじゃねえよ。なんで今そのパン選んだんだよ。

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