執筆初心者さんのための公募向けラノベ道場

川原水葉

私の願い

「あなたは今の私の願いはなんだと思う?」


『ねぇ、よしの!』


 いつも隣にいてくれた、懐かしい甲高い微笑い声が聞こえる。


 夏の日差しの中、私は一人海風の吹く丘に佇んでいる。

 大きな楠が丘の上にポツンと一本だけ私に影を差しかけた。

 丘の向こうは、私たちが一緒に戯れた海が、夏の日差しを蓄えて輝く。

 波は静かに寄せて、返す。

 風が一際大きく、私の頬を撫でていった。


 夏のひまわりの迷宮を一緒に駆け抜けて、

 秋の森の香りを蓄えた枯葉をベッドにして、

 冬は柔らかな白い雪を滑り降りて、

 春は薄紅の桜の吹雪を駆け抜けた。


『よしのは大きくなったら何になりたい?』


 そうね、幼稚園の頃は綺麗なお花が大好きだったからお花屋さんだったかしら?


『吉野は大きくなったら何するの?』


 小学校の頃は、テレビに映るきらきらした女性アナウンサーに憧れたわ。


『吉野は、進学先決めた?』


 中学校では、お医者さんになりたいって思ったの。

 すぐ無理だって分かったけれど。


『吉野、大学一緒のとこに行かないか?』


 でも、私は煌びやかな都会の雰囲気に呑まれてしまって、

 貴方の神学した地元の大学を選ばなかった。


『吉野……』


 それからはもう、聞いてくれなくなったわね。


 私たち、どこで掛け違ってしまったのでしょうね?

 最初は同じ道を歩んでいたのに。

 いつも帰る家路は隣同士だったけど。

 進む先は交わらなくなった。


 あんなに仲良しだった。

 いつも一緒で、笑い声に溢れていて、

 見つめ合う瞳も輝いていた。

 

 そんな貴方が好きだったの。



 ねぇ、もう一度聞いて?


「私の願いはね。貴方とずっと一緒にいたかった

 途中から道は分かれてしまっても、最後には元通り一緒になれるって信じてた

 私は貴方にきっと甘えていたんだわ

 もっと早く、なんでもっと早く気づかなかったのかしらね

 今になって、そんな簡単なことだったって」


 もう一度、貴方の柔らかい声で聞きたいの。


『吉野……俺は……』


 貴方のその先の言葉を聞かなかったことを、

 この丘の上で私は後悔している。


「私はね、ずっと貴方と一緒にいたかったわ」


 貴方の名前が刻まれた無機質な石が、私を見つめ返した—————————

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