第35話 アンフィリアル・スナイパー
*
私が一番楽か……。
目の前に対峙するは巨大なスライムへと姿を変えたケイルシール。
「爺ちゃんを殺した怨み、ここではらすぞ。」
他のケイルシールの気配を微かに感じる。
はるか上空に2体。南に1体。
《私ヲ殺シテモ意味ハナイ。三体ノ私ガ私ニカワッテ目的ヲ果タス。》
「それはどうかな……?あいつらも案外すぐやられるんじゃねえか?」
このデカブツ、どう倒すか……。
切ってもすぐに再生しちまう。
あっ、
いいこと思いついた。
「じゃあ、私はさっさとお前殺して仲間の加勢しに向かうんでな。いくぞ!」
ドンッッ!
地面を勢いよく踏み切る。
と同時に戦闘用ナイフを逆手に持ち、ケイルシールを下から真っ二つにする。
さあ、どっちだ…………
神経を研ぎ澄ます。
ピクッ
「そっちか!!」
スライムが動いた方が心臓がある証拠。
2つのスライムがくっつく前に心臓がある方の塊を再度真っ二つにする。
…………
ピクッ
「ははっ!意外と楽しいもんだな!モグラ叩きみたいでよぉ!!」
《クッ、小癪ナ!!》
繰り返すこと数回。
心臓がある方の塊は車程度の大きさになっていた
このくらい小さくなれば……いける!!
「おらぁぁぁ!!」
小さい足で塊を上へ蹴り飛ばす。
心臓が入ったスライムは遥か上空へと向かっていった。
「もうくっつけねぇよなぁ!!」
高く跳躍し塊に隣接する。
《……私ガ死ノウトコノ計画ハ終ワランヨ。》
「そっか…………にしては悔しそうじゃねぇか!!」
空中で体を猫のようにしならせ、様々な角度から不可避の斬撃を叩きこんだ。
「……!これか!」
確かな感触。
私は心臓の破壊に成功した。
*
「ババア……!なんでこんなところに……」
「久しぶりね、篤男……。」
くそっ、なんで今こいつと会うんだよ……!
ドォォォォォォン!!
上からケイルシールが飛び降りてきた。
「くそっ!!ババア!今は逃げろ!!」
「……?」
「いいから早く!!」
《スミマセンネ一般人マデ巻キ込ムツモリハアリマセンデシタ。》
「……でまかせを……」
視界の端でルイとウォルフが話しているのが見える。
「ウォルフさん、頼めますか?」
「イイヨ、ケガ、キヲツケテネ。」
「……ん?……待て、ルイ!」
ルイの方に目をやると、ウォルフがルイを投擲しようとしていた。
「こうでもしないと奴のスピードに敵わない!!」
「…………そうだけど…」
ルイの目は決して怯えていない。
だが、俺は内心で震えていた。
三人の力では到底敵わない相手に。
今は撤退することも、全力で攻め切ることもできない状況。
ブン!!
ウォルフの人並外れた腕力によりルイがとてつもない速度で投げ出される。
ザンッ!
《ッ……!》
「はぁ、はぁ……」
《コノ傷、再生シナイ…》
妖刀・痣丸
冥斬士に伝わる3代妖刀の1つ。
攻撃した箇所を再生不可能にし、かつ悪魔の存在が誰にでも見えるようになる。
対悪魔に特化した性能を誇る一方で、使用者の寿命を刻一刻と蝕んでいる。
「まじか……効いてるぞ!」
《殺ス。》
ケイルシールの姿が見えなくなったと同時に強風が吹き抜けた。
「は………………?」
「グ……ハァッ!」
ケイルシールの拳がウォルフの腹を完全に貫いていた。
《マズハ一人。》
再び奴の姿が見えなくなる。
プシャ!!
ルイの右腕が根本から切断され、血が噴き出る。
「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」
恐怖
絶体絶命
そんな言葉を軽く超えていた。
今胸の中にあったのは、ただ一つ。
後悔。
俺、なんで冥斬士になったんだろう。
今思えば惰性でやっていただけだった。
親から仕事をやれと言われ続けて投げやりになっていたところを奈織さんに拾われたんだっけ。
あぁ、ははっ……悲惨な人生だった。
まともに女も抱けずに、
親孝行もせずに無駄死にするんだ。
ルイがもがいている。
ウォルフはもう動いていない。
死んだのか……。
《コイツハモウ戦意喪失シタカ……》
「…………」
《早ク楽ニナリタイダロ、今殺シテヤル。》
そうだ、早く殺してくれ……
ケイルシールは指を鉄砲へと変化させ心臓を狙う。
バンッ!
…………
ドサッ……。
実際痛みはなかった。
撃たれたときったこんなもんなのか……
意外と楽だな。
「………………え」
《ホウ……》
「ば、ババア!!おい!おい、しっかりしろ!!」
「あぁ、篤男……最後にあんたの役に立てて…よかった。あの時は…本当に、すまなかった。」
「何言って……」
「篤男には、篤男のペースが、あったんだ…私がどうこう言う問題じゃ、なかっ、た………。」
「もういい!そんなこといいから!止血を!!」
「篤男は、優しいから……きっとこれからも、うまく……」
「…………ば…母さん……母さん!!」
《美シイ家族愛デスネ。》
「う、うわぁぁぁぁぁぁあ」
俺は迷うことなく逃げ出した。即座に後ろを振り向き、
全力で走った。
《滑稽デスネ、味方ノ死ヲ無駄ニシテ。イイデショウ。コノママ振リ返ラズニ逃ゲテ下サイ。アナタハ見逃シテアゲマスヨ。》
「あ、篤男、さん……」
僕はまだ立てる。右腕を切られても左手がある。
両腕が切られても足がある。
命がある限り冥斬士は負けない。
建物から火があがっている。
………
ジュッ!
「あああぁぁぁぁぁぁ!」
《若イノニヨク頑張リマスネ。》
右腕の切断面を炙る。
神経をむき出しにするよりかは楽だった。
左腕だけで剣を構えたルイの姿は痛々しかった。右肩からはまだ血が滴り落ち、視界は霞み、立っているのがやっとだ。だが、その瞳は一切揺らがず、ケイルシールを真っ直ぐに射抜いていた。
「まだ……僕は終わってない……!」
咆哮とともに踏み込む。左腕の剣筋は荒く、力強さよりも執念に突き動かされている。ケイルシールはその一撃を片腕で受け止め、鼻で笑った。
《フン……片腕デ我ニ挑ムカ。愉快愉快。》
剣を振るうたび、重心が揺れ、今にも倒れそうだ。それでも止まらない。
「うおおおおおッ!」
叫びとともに突き上げる斬撃。
しかしケイルシールは半歩も動かず、軽く爪を振り払うだけで剣を弾いた。体勢を崩したルイの胸を、風の刃が薙ぎ払う。
「がっ……!」
胸が深く切られ、赤い血が弧を描き宙を描く。ルイは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。石が砕け、埃が舞い上がる。
《終ワリダ。貴様ニ勝機ハナイ。》
歩み寄るケイルシールの影が覆いかぶさる。血を吐きながら立ち上がろうとするルイの脚は、もはや言うことをきかない。
それでも、彼は剣を地面に突き立て、必死に体を支えた。
「僕が……倒れたら……みんな……死ぬんだ……!」
《……クダランナ。》
ケイルシールが指を鳴らす。
「うぅ……!!目が…………!」
《貴方ノ目ニ呪イヲ宿シマシタ。時期ニ体ジュウニ広ガリ死ヌデショウ。》
「はぁ、はぁ…………」
もう手段は選んでられない。
痣丸を目に刺し、器用にくりぬく。
「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!…………はぁ、はぁ」
掠れた声が、崩れ落ちそうな空気を支える。左腕だけで再び剣を握り直し、震える身体で前へ。
《!!何ガ貴方ヲソコマデ突キ動カスノデスカ?正気ノ沙汰ジャナイ……》
「はぁ…………あなたも驚愕することがあるんですね……」
ヒュン。
弱々しく刀を振るう。
が、斬撃はことごとく空を切った。ケイルシールの残像すら捉えられない。
《片腕ノ剣……片方ノシカナイ目……羽虫ノ羽バタキ程ノ価値モナシ。》
鋭い蹴りがルイの腹を捉えた。息が詰まり、視界が白くはじけ飛ぶ。内臓が軋む音が自分でも聞こえた気がした。
地面に転がるルイ。その瞳がかすかに光を失いかけた瞬間
「……マダ……オワッテネェゾ……」
低く、重い声が響いた。
土煙の中、巨体が影を伸ばす。倒れていたはずのウォルフが、ゆっくりと立ち上がっていた。
「……ウォルフ……」
ルイの掠れ声が震える。血に濡れた体を引きずり、牙を剥き出しにして歩み出る獣人。その眼光には、痛みも苦悶もなかった。あるのはただ、仲間を守るという一点の執念だけ。
《馬鹿ナ……致命傷ヲ受ケタ筈……》
「……ナカマノピンチ……!」
吼える。崩れかけた壁に積もった砂埃が宙に舞い上がった。
その雄叫びに呼応するように、ルイの目にも再び炎が宿る。片腕しか残されていなくとも、希望の火は消えていない。
ウォルフは地を蹴った。獣じみた脚力が大地を裂き、轟音を残してケイルシールに突進する。
その突進は、まさに一矢報いるための渾身の一撃だった。
同刻。
生形篤男は走っていた。
「間に合えよ……!!」
今胸にあるのはケイルシールを殺すことだけ。
ダサくていい、どんな汚い手段を使ってもあいつを殺せ!
天国で母さんに、俺は責務を全うしたと言えるように!
「着いた……」
先程までケイルシールと戦っていた場所が丸見えだ。
約100ヤード。
ライフルに対悪魔用の銃弾をセットする。
「……あれは、ルイか!?」
スコープ越しでルイとケイルシールの戦闘をとらえる。
「チャンスは一発……」
心臓は、どこだ…………
神経を研ぎ澄ませ。絶対に見えないのはわかっている。
だが、今は絶対に見つけないといけない!!
スナイパーとしてこれだけは譲れない!
あいつならどこに隠す……
もし、俺が心臓を隠すなら……。
確信……。
第六感というべきか。
場所はわかった。
脇を締め再び狙いをさだめる。
もう少し右に来い……
…………ウォルフ!?
俺の目にうつったのは弱者が惨めに足掻いている光景ではなかった。
限りなく低い可能性に賭けて命を使いきっている勇者たちの姿だった。
「サンキュー!ウォルフ!ルイ!!お前らの活躍無駄にはしない!!」
脇を締め、片目を閉じる。
ドンッ!
最初で最後の意識外の一撃。
それは
ケイルシールの心臓を撃ち抜いた。
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