魂の在り処で僕は君に会う。
吉尾悠吾
第1話 夭逝
(『どうやってあいつを殺したんだ!』
『ザザ…ザザザ……』
『くそっ!もう少しなのに!』)
はっ……!!俺は目を覚ました。またあの夢か。知ってるようで知らない2人の会話。
いつも歯切れが悪く内容はほぼわからない。ただ、大切なことであることはなんとなく理解していた。
「とうやー早く起きてもう8時10分よ」
やべっ!もうそんな時間かよ!
「起きてるよ」
少し大きめの声でそう叫ぶ。慌ててハンガーの制服を剥ぎ取りカバンとスマホを手に取り、階段をおりる。
「っと」
忘れていた。小さなお守りだ。誰から貰ったかは覚えてない手作りのお守り。それを首からさげて再び階段をおりる。
「母さんなんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ」
「起こしたわよ。2回も」
「ちっ」
でたよ。こっちが起きないと起こしたことにならないんだよ。小さな怒りを覚えて俺は家を出た。
今は8時20分。遅刻扱いになるのな8時30分から。間に合うか?昨日も一昨日も遅刻してしまったせいで今日も遅刻となるとゴリからの説教アンド反省文だ。
うちの学校は3日連続遅刻すると反省文を書かされる。ゴリというのは体育教師だ。筋肉ムキムキのスキンヘッドで柔道家特有の潰れた耳をしている。
噂によると柔道の寝技大会で優勝してるとかなんとか。なんだよそれ。そんなことを考えつつ俺はダッシュで通学路を走った。
……またあいつか。いつも食パンを咥えて学校まで走りドジを演出してるとしか思えない同じクラスのぶりっ子女典子だ。偏見純度100%だが多分あってるだろう。
そいつが今日も走ってるのがカーブミラーにうつる。典子と知り合ってまだぶりっ子だと気づいてないとき(実際分からないが)わざとぶつかってキャッキャウフフな展開をつくろうとしたがそんな肝が据わってる俺ではない。
カーブミラーがあるせいで自然な接触もできず試行錯誤していた俺の気持ちを返せ。たしか一時期はノコギリでミラーを切り落とすこととか考えたっけ……。
結局何も進展はなく、強いて言えば手を振る仲になったくらいだ。ちなみに俺はこの年まで愛しのムスコを守り続けた純粋無垢な男の子だ。まだ高校生だしまったく諦めてない。というか始まってない。高校生はまだだめなんだよ?知ってた?
ぶつかるのを防ぐため少しスピードを緩める。素晴らしい緩め加減で俺にスレスレで通り過ぎた。そして広がるこの香り。
パンを焼いたかのような香ばしい匂いとバターの濃厚な香り…………ん?
あいつ遅刻しそうになってんのにパン焼いてんのかよ!ま、まあ今回は例外だが普段はこんなことをひそかに楽しんでいる。
これが童貞の理由だと指摘されればぐうの音もでないが、そんなのはしったこっちゃない。イケメンがやっても何も言われないのに俺がやると訴えられるのか?あ?
腕時計を一瞥する。8時25分。ふんっ余裕だな。学校まであと約500メートル。50メートル走で6.8秒の俺からすると68秒のイージーゲーム。少しやすんでも2分もかからない。そんな馬鹿げた理想論を繰り広げながら再度スピードを早めた。
キーンコーンカーンコーン
はぁ…はぁっはぁ…なんとか……間に合った…………。
ゴリが門をしめる。
「ええー!間に合ってたよー!」
どうやら典子は間に合わなかったらしい。パンなんか食ってるからだ。
あの水分泥棒を食ってるとそりゃ走れないよな。典子は俺に途中で追い越され、ちょっと怒ってたようにも見えたが気にしない気にしない。
ふん、やはり女は貧弱だな。呪術◯戦の宿儺みたいなことを考えながら校庭をあとにした。
「お前おせぇよ、今日もギリギリだな」
「寝坊した」
俺の隣の席のこいつは俺の友人の陽。陽キャだ。ダジャレではない。
野球部のキャプテンで高校生にして150km/h投げる世間から注目されている投手でもある。
「なんか眠そうだな今日も朝練あったのか?」
「まあな、こっちは6時登校なんだよ。夜は遅くまで練習だしよぉ、もう寝不足で、、ふぁぁ、にゃむにゃむ」
「わざとらしいな、ノートだろ?ほら」
「おう!わかってんじゃねえか、さすが心の友」
どこかのタヌキアニメで見たことがあるセリフをはきながらノートを奪いとっていった。
「てか今更なんだけどなんで理系にしたんだよお前。物理選択だし。それ以前に勉強しなくていいくらい野球うめぇじゃんかよ」
「いやな、野球選手ってのは寿命が短いんだ。特にピッチャーはな。長くても30代後半では引退するのが当たり前なんだよ。もちろん遊んで暮らせるだけのお金は稼ぐだろうけど、やっぱり人生の後半戦でも働きたいじゃん?」
肘で脇をつつきながらそう言ってくる。こいつなめやがって何も取り柄がないから仕方なく勉強してる俺の身にもなれ。ノート奪い返してやろうか。
「あとな、物理勉強したら野球を理屈でわかると思ってさ。こう……角度とか、一番いい投げ方とか」
「いま波やってるけどな。野球やめてサーファーにでもなれよ」
「うるせぇな、俺もちょっと後悔してるよ。」
「はーい、席つけー」
8時40分、授業が始まった。退屈だ。もう塾でやったから頭に入ってるんだ。とかいう猛者ムーブをかましてるのではない。ただただ暇なんだ。
小さい笑い声が聞こえる。後ろで女子たちが何かの紙をまわしている。授業中の小さな笑い声ほど耳障りなものはない。
俺が高校生らしいことを全くしてないことの嫉妬の表れかもしれないが。
「すみません。遅れました」
典子が入ってきた。今は8時47分。30分からと考えると17分。いや教室までの移動も含めると15分程度ゴリの説教をくらったことになる。可哀想に。
俺は時間を正確に把握したがる癖がある。全てのことの時間を昔から考えてたせいか体内時計が驚くほど正確だ。誰かに披露する場所も相手もいないためこれは俺だけの秘密。
大したこともなくいつも通り授業が終わった。帰りはいつも1人。陽と時間があえば一緒に帰るが、俺は部活にも入ってないからほとんど1人だ。
なんだあれ…………?
視界の端に黒いスーツの男2人と女1人が喋っているのが見える。その近くには黒くてでかい車が止まっている。こういうのをみるとワクワクする。
なにかいつもと違うことがおこるって肌で理解する。だが、「何かありましたか?僕にも何か手伝わせてください!!」なんて言えない。口を突っ込むのは苦手なんだ。傍観者が一番簡単で楽に利益を得られる。
「ただいま」
飯を食って風呂に入り自室に戻る。俺の聖域だ。明日の分の宿題をはやく片付けてねよう。最近は陽にノートを見せるために宿題をやってる気がする。学校の人気者に頼られるのは優越感があっていい。
宿題を終え、ベッドに入る。
………………
俺、このままだとヤバくね?
ここ最近は1日に一度、この気持ちになる。
人は誰しも夢を抱いている。
それは、俺も例外でなかった。
スポーツ選手、社長、医者、弁護士、パイロット、有名配信者……
この世には魅力的な職業が溢れかえっている
…………
ように見えていた。
が、
実際、これらは氷山の一角。
自分にとって都合のいい所しか見ようとしない人間の特性。
「このままだったら……サラリーマン確定…………」
おい!学校!俺をなんとかするのがお前の仕事だろ!!
ただの八つ当たりである。
「………………とりあえず動画でも見るか……」
こうやって阿呆が生まれるのだ。
ショート動画をひたすらスクロールする。
流れるように下へ下へと指を動かす。
…………今の人可愛かったな……
タイプの娘を見つけると戻って、いいねを押す。
この繰り返しが人間を腐敗させていく。
「なにやってるんですか!勉強して下さ」
「ちっ……またこいつかよ……」
最近頻繁にでてくる勉強系配信者。
もうこれで3度目ということもあって、鬼のような反射神経で指が勝手にスクロールしてくれた。
かれこれ1時間が経過し、今は0時をまわっていた。
「寝るか」
……次あの夢を見るのはいつだろうか……そんなことを考えながら眠りについた
「ちょっと、もう8時20分よ!遅刻しちゃうじゃない!」
「……はっ!!母さん、だからもっと早く起こしてって!」
……終わった。頭の中で計算を始める。昨日は20分に出てギリだった。1分で着替えるとして猶予は9分。急いで階段をおりる。「あ、お守り」これは必須アイテム。
階段を再び登り自室の机を見る……ない。昨日の記憶を辿る。…………!
風呂場だ!
急いでお守りを首から下げ、靴を履いた。
「行ってくる!」
「あんたご飯は?」
そんなのは無視だ。ご飯は食わなくても死にやしない。ただお守りは必要だった。誰から貰ったかもわからないお守り。
昔の俺は小さな不幸が多かった。それも不自然なくらいに。なにもないところでこける。カバンの中で水筒の水が溢れる。鳥のフンをくらう。etc...そんなことが1日1回は必ずあった。多いときは全部そろってた。そうフルハウスだ。…………
うるさい俺もフルハウスがなんなのかはいまいち理解してない。そんなに気にしないでほしい。
まあそんなことがあってヤケクソでこのお守りをつけたらピタリとやんだ。
あ…………
「歯磨きするの忘れた」
カバンの中にミンティアが入ってたはず。……あった!1粒だけはいっていた。とりあえず応急処置だ。1粒のミンティアを口に放り込んだ。
カーブミラーには典子が映っていた。いつもの儀式で神聖なる朝のJKの香りを吸い込み体の毒素を消した。すぅーーーはぁーーー…………柔軟剤変えたか?(変態である)。
それと今日は生のパンだったな。時計を見ると8時26分。昨日の反省を生かし今日は長距離走モードで走る。
着いた……。8時29分。新発見だ。
こんなにも時間が短縮できるとは。今日は典子を抜かしてない。どうやらあいつも間に合ったらしい。
そうそう明日土曜日は文化祭。そのおかげで今日の午後は準備となり授業が潰れた。
俺は文化祭ガチ勢というわけでもないのでそんなに張り切ってはいないが授業がなくなることはいいことだ。
午前の授業は耐える。午後までの待ち時間と考えれば苦ではない。
「すみません!遅れました!!」
ん?……違うお前は今日遅れてないはず。コンビニでも寄ったのか?
(『逃げろ!!』)
「あ゙っ、、!!」
頭の中に声が響く。イヤホンのボリュームを間違えたように体が跳ね上がる。他のみんなには……聞こえてないようだ。
(『早く!!』)
……っっ。動けない。……今は……8時42分……
なぜ時計を見たかはわからない。目が勝手に動いた気もした。
こんなときにも時間を気にするなんてどうかしてる……
典子がにやりと笑った。
手を刀のようにして空間をひとなで……そこからは覚えていない、ただ気づけば地面と顔が接触しており、目の前は真っ赤だった。
「はっっ……!!」
首を触る。……生きてる。なんで……俺はたしか典子に……。
「とうやー早く起きてもう8時10分よ」
「…………嘘だろ……」
スマホをみる。今日は、7月1日。木曜日
俺は、ループした。
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