0章
0話 プロローグ
「……」
僕――
「……なんで……?」
その疑問の声は二つの意味がある。
一つ目は、先程まで見ていた、干支の夢の話。
誰もが知っているといっても過言ではない話を、何故か夢で見た。
こういった夢を頻繁に見るかと言えば、そんなことはない。
むしろ、この干支の話には嫌悪感すら抱いているのだ。
何故なら僕は「猫」の名前が入っているからである。
「猫なんだからお前とは遊ばない」
「猫なのに何でいるの?」
小学生の時、実際に言われた言葉だ。
今なら小学生特有のわけのわからない理由付けだったのだろうが、当時の僕はかなり嫌だった。いや、今でも嫌だ。
嫌われたくない。
だから人の顔色ばっかり窺う。
こういう性格になったのも無理はないんじゃないかと思う。
そんな思いがあるからこそ、こんな夢を見るのが不思議でならなかった。
そして二つ目の意味。
それはこの言葉が続く。
「なんでこんなところにいるんだ……?」
目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だった。
周囲を見回すと、あったのは自分が今いるベッドと、テーブルが一つ。それくらいしか物がなかった。泊まったことはなくて知識だけだが、テレビがないビジネスホテルのような感じだった。
もちろん、僕はこの場所に宿泊した記憶などない。
かといって最後の記憶がどこかといえば、全く思い出せない。
確か家にいたような気もするし、学校に行っていたような気もする。
(……っ)
眠りすぎたのか、起き抜けだからなのか、頭の奥に鈍い痛みが走る。
まるで思い出すことを拒否するような――
『ピーンポーンパーンポーン』
突如、室内にチャイムが鳴り響いた。
『あー、あー、皆様、おはようございます。13人全員がお目覚めのようなのでアナウンスをさせていただきます。皆様、全員4階の「円卓」までお越しくださいませ。あ、皆様が今いる寝室は2階にありますのでご理解のほどよろしくお願いいたします』
「……円卓?」
聞き覚えのない単語におもわず反応してしまう。
円卓、というのは普通のよくある丸テーブル……のことだろうか。違うな。部屋というからそんな小さなものではないだろう。
いや、それよりもあの声は何だ。
聞いた覚えのない声だ。
一体誰なんだろうか。
……行ってみないと分からないか。
などと、つい考え込んでしまった。
これは僕の悪い癖だ。
数分ほど出遅れて、僕は部屋を出て指定された場所へと向かった。
そのせいか、4階に行くまでの道中で誰も見かけなかった。
目的の場所はすぐに分かった。
【円卓】と書かれた大きな扉が階段を上ってすぐの場所にあった。
僕は扉を開く。
直後、とても広い空間が僕の目に入る。
中央に鎮座している、とてつもない大きい白いテーブル。
その形状は円状であり、まさに【円卓】の名に相応しいものであった。
それ以外もシャンデリアや壁に掛かった絵画など、まるで中世ヨーロッパを彷彿とさせるような内装だった。
その他に大きく目を引いたのは、各席の背後にあった、可愛らしいイラストの描かれた看板。
ネズミ。
ウシ。
トラ。
……ここまでの並びと種類だけでもうわかった。
干支だ。
十二支に出てくる動物がそこに書かれている。
先程の夢があったから、即座に想起できたのかもしれない。
と、その直後。
中にいた人達が全員、こちらを見ていたことに気が付いた。
とても背の高く長髪を後ろで結んでいる人。
取っ組み合いをしている人たちと、それを諫めている人。
不安そうな顔をしている、フードを被っている人。
目を輝かせながら周囲を見回している、少し背の低い子。
白衣を着ている人もいる。
とにかく色々な人がいた。
だが見渡す限り、全員男性のようだ。
「君が最後のようだね」
入り口近くにいた真面目そうな黒髪の男の子にそう声を掛けられた。
「えっと……最後かどうかは分からないんですけど、そうなんですか?」
「そうだと思うよ。先程の放送で『13人』と言っていたしね」
そう言われて改めて数えると、確かに僕以外に12人、この場にいた。数を数えられないほど動揺していたらしい。
さらに改めて目の前の男の子の顔をよく見ると、僕はその人のことを知っていたことに気が付いた。
「あの、もしかして……
「? ああ、いかにもワタシは根津アユムだが」
やっぱり。
僕の学校の生徒会長の根津アユムくん。
非常に規律正しく、堂々たる様で行事を仕切る様子は輝かしく僕の目には映っていた。
そんな彼は僕を見て眉を下げる。
「……すまない。ワタシは君のことを知らないようだ」
「それは仕方ないよ。僕はただの一般生徒だし」
と、微妙な空気になったところだった。
「皆様、お集まりになられましたね」
先程の放送の声があたりに響いた。
一体どこから、と皆が周囲に視線を向ける。
すると上空からフヨフヨと、何やら揺らめくように落ちて――いや、泳いでいた。
それは魚だった。
赤と白が入り混じった魚。
ただリアルな魚ではなく、どこかぬいぐるみのような愛嬌も持ったふっくらこじんまりとした、そんな不思議なモノが空中を浮遊していた。
あまりにも現実離れした光景に僕は唖然とする。
「ラジコン……?」
「いいえ。ワタクシ、これでもきちんと自分の意思を持っております」
誰かが口にしたその問いに、空中に浮かんでいる魚が口を開かずに返答する。
魚はそのままゆらゆらと辺りを漂った後、円卓から少し離れた台座のあるあたりに静止する。
「皆様、自己紹介が遅れました。ワタクシ『クウギョ』と申します」
クウギョ。
ニュアンス的に、空に浮かぶ魚だから『空魚』と書いて、クウギョ、と読むのだろうか。
「ワタクシはなんなのか、と申しますと、まあ、この度の宴の皆様のサポート役となります。」
(宴……?)
僕と同じ疑問を持った人がいたのだろう、「宴って何だよ?」と声が飛んだ。
「宴とは皆様が集められ、これから行うことです。これからそれらを説明いたします」
クウギョは丁寧な口調で答える。
「ですが、立ってままでいるのも皆様お辛いでしょう。その前に皆様には今から席についていただきます。今からお名前を呼んでいきますので順に指定の席にお座りください」
では、と前置きを置いて名前が呼ばれていく。
「ネズミ――根津アユム様」
「ふむ。ワタシがネズミの描いてある場所に座ればよいのだな」
根津君が胸を張りながら席へと向かう。
「ウシ――
「拙者か」
長身で髪を後ろに結んだ男性がゆったりと歩いていく。
「トラ――
「はいよ」
軽薄そうな色素の薄い髪の男性が手をひらひらとさせる。
「ウサギ――
「は、はい!」
びくびくとした様子で背の小さい男の子が駆けていく。
「リュウ――
「……チッ」
学ランを豪快に開けているガタイのよい男性は、ギロリと目つきを鋭くしながら不機嫌そうに舌打ちをすると、その場から全く動かなかった。
「どうかされました、龍崎様?」
「なんでテメエに従わなきゃいけねえんだよ」
「これは困りました。ですが席についていただかないと」
「ああ? てめえらの都合なんか知ったこっちゃねえよ」
「そうなると仕方ありませんね。龍崎様は『いなかった』ことにしなくてはならなく――」
「チハヤ君!」
と、彼の隣にいたフードを被っていた男性が声を張り上げた。
「ここは従っておこうよ、ね? なんか嫌な予感がするし」
「……チッ」
もう一度舌打ちをすると、彼は大きく息を吐いて席の方へと歩いて行った。
「ご対応いただきありがとうございます。ワタクシも宴が始まる前にあんなことはしたくありませんでしたからね」
不穏な言葉を口にしつつ、クウギョは次の人の名を呼ぶ。
「では次の方、ヘビ――
「……」
そこで歩き出したのは、先程龍崎チハヤを諫めていた、フードの男性だった。
彼は黙ったままおずおずと席へと向かう。
「ウマ――
「はいよ」
ひょうひょうとした様子のシルクハットを被った細身の男性が鼻歌を歌いながら着席する。
「ヒツジ――
「ああ、私か」
そう返事をしたのは白衣を着た男性だった。彼はモノクルを取り出して装着した後、ゆったりとした様子で席へと向かう。
「サル――
「俺っちっすね。了解っす!」
元気よく飛び跳ねるように走ったのは、部屋に入った直後に取っ組み合いをしていた内の一人だった。
「トリ――
「はい」
今度は先程の取っ組み合いを諫めていた真面目そうな男の子が真っすぐに歩き出す。
「イヌ――
「はいはーい。自分ですね」
元気よく手をあげた男の子は、猿島サスケと取っ組み合いをしていた子であった。雰囲気から喧嘩などしそうになかったのだが……何か気に入らないことでもあったのだろうか。
「イノシシ――
「んー、ユウリが最後じゃないんだね」
部屋に入った時に見かけた背の低い男の子が僕の方にトトトと歩いてくる。
「ねえ、君は何でここにいるの?」
「そ、そう言われても僕もわからないよ……」
「ふーん。まあいっか」
彼はにぱっと笑顔を見せた後、自分の席へと走っていった。
十二支だったらここで終わりだろう。
だが、この部屋には13人いる。
つまり――
「ネコ――猫泉コータ様」
「……はい」
僕の名も呼ばれた。
途端にみんなの目が僕に再び向けられる。
(……だよな)
場違いであることをひしひしと実感する。
ネコ。
十二支の仲間外れ。
誰もが思っているだろう。
「おいおい。なんでネコがここにいるんだよ?」
そう、それだ。
龍崎チハヤが発した言葉は、この場にいる全員が思っていることだろう。
僕だって知りたい。
なんでこんなところに呼ばれたのかを。
「それも含めて説明するので、しばらくお待ちくださいませ」
クウギョは、コホン、とエラ呼吸の生き物なのに肺呼吸のように一つ咳をする。
「さて、皆様お気づきのようですが、ここにいる皆様の苗字には『干支』の動物が入っております。それは決して偶然ではありません」
(……僕だけは干支じゃないけれど)
そう思いながらクウギョの言葉に耳を傾ける。
「十二支の話は皆様ご存知でしょう。あまりにも有名な話ですからね。その動物たちの魂が入っている人間――つまり、それが皆様なのです」
動物の魂。
……と言われてもピンとこない。
「正確には、その実質『神に近い所にいる魂』の末裔が皆様、というのが正しいのですがね。まあ平たく、ご先祖様がすごかった、くらいの認識で良いです」
成程。動物そのものではなく、動物に例えられた12人の神事の者の末裔、みたいな感じなのか。
その話が本当かは知らないが。
「当初神様は十二支の皆様に平等に権利を与えました。しかしながらこの度、神様は決意いたしました――『神の座を退いて、この中の一人に、全ての神の力を与えよう』と」
クウギョはヒレをまるで手のように大きく開く。
「そこで集められたのが皆様です。皆さまはこれから、誰が神になるかを決めていただく宴に参加していただきます」
「現実離れしているが、まあこんな所にいきなり連れてこられたのだからそういうことなのだろうな」
根津君がうんうんと頷く。
「それで、その宴とやらは一体何をするのだろうか。まさかここで飲み食いをして楽しもう――なんていうものではないよな」
「いえ、場合によっては飲んだり食べたり楽しく決めていただくことも可能です」
「何? そうなのか?」
「ええ。では今から宴について説明させていただきます。こちらをご覧ください」
クウギョがヒレで上部を示すと、そこからスクリーンが下りてくる。
ジジジ、とどこからか音が聞こえたかと思うと部屋の中が暗くなり、スクリーンに映像が表示される。
『たのしい うたげ』
にこにことしている、髭の生やした老人が映し出される。
『やあみんな。きょうはきてくれてありがとう。ワシが かみ じゃ』
ふざけている映像だ。
しかし、目が離せない。
『みんなにはこれから ワシのかわりになるひとを えらんでもらう。もちろん ぜんいんがこのひとだ というひとをきめてもらってもかまわない。だがみんなかみになりたいじゃろう』
そうなのか。
少なくとも僕は神になりたいという気持ちは沸いていない。
『だからワシは うたげ をかいさいする。きまりごとはかんたんじゃ』
映像の神はニコニコとした表情のまま告げる。
『だれかを ころせば よい』
(……は?)
今何て言った?
誰かを……殺せばいい?
『ただ ころすだけじゃだめじゃ。 じぶんがはんにんだとばれないようにころすのじゃ。そうして はんにんだと ばれなかったものが あらたなる かみ じゃ』
映像は楽しそうに黒ずくめの人が血の付いたナイフを掲げて喜んでいる。
『ただ ずっと ばれないようになんてのはじかんのむだじゃ。だから したい が はっけん されたのち えんたく で かいぎをおこなう』
円卓で黒ずくめの人物を含む12人が議論する絵が映し出される。
『かいぎのけっか さいごにはんにんだとおもうひとへのとうひょうをおこなう。ここではんにんいがいのひとが もっともおおく ひょうをあつめたら はんにんのかち。すなわち かみ にけっていされるのじゃ』
じゃが――と老人は続ける。
『もし はんにんが いちばん とうひょうをあつめてしまったばあいは はんにんはだつらく。そのばで しょけい されることとなる。さつじんをしたのだから しかたないことじゃな』
つまり、犯人は円卓会議で最多票を集めてしまえば処刑され命を落とす。
騙しとおせれば勝者となり、神の座につく、ということか。
『かみになれば なんでもできるぞ。のこされたものをどうするかも ふくめて、な。まあワシじゃったら さつじんを したということをかくすために ぜんいん しょぶん するがのう。ほっほっほ』
笑う老人。
だが内容は決して笑えなかった。
犯人を当てられなかった場合、犯人次第ではあるが、残された者の命が保証されないどころか危ぶまれる。ならば命がけで犯人を見つけなければならない。
『いじょうが この うたげのがいようじゃ。こまかいきそくはあるが まあ それは クウギョにしつもんするがよい』
ブツリ、と映像が途切れ、周囲が明るくなる。
「ええ……そこでワタクシに丸投げされるのですか……?」
クウギョが心底驚いたような声を出す。この映像の中身を知らなかったのだろうか。
「まあ仕方ないですね。これが中間管理職の辛い所です。いいでしょう。補足説明を致します」
まずは、とクウギョはフヨフヨと移動を開始する。
そして僕の前で静止する。
「皆様が一番気になっている所、それは干支でも何でもない『ネコ』の猫泉様が何故この場に参加なさっているのか、ということですよね」
「そ、そうだよ! なんで僕がここにいるのさ!」
何よりも僕自身がどうしてここにいるのか分からない。みんなから白い目で見られているし、居心地が悪い。
「猫泉様は、いわゆる『判定役』としてここにおられます」
「判定役……?」
なんだそれは……?
僕が戸惑っていると、羊谷ジンが口を挟む。
「ほう。それはつまり――この宴の黒幕側、ということかな?」
「ちがっ……! し、知らないよ、そんなの!」
「説明を続けますね」
否定してくれよ……と思いながらクウギョを睨むが知ったことではないといった様子で話を続ける。
「『判定役』とは、文字通り、神になる人物を握る方を判定する役目を持つ方です。役割としては例えば、事件を起こした犯人の投票時に疑われている方が2人いて、同数が投票されたとしましょう。その時に犯人とされるのは、猫泉様が入れた方になります」
「え……?」
それって……
「つまりその場合は全責任を『判定役』が負う、ということになります」
血の気がサッと引くような音がした。
「そ、そんなのって」
「それは不平等ではないか?」
声をあげたのは牛場タケルだった。
「仮に猫泉殿が犯人だった場合、力業で自分が犯人ではない方向に持っていける可能性があるではないか」
「そ、そうですよね」
兎沢マシロが真っ青な顔になる。
「仮に最後の3人になったら、この時点で猫泉さんがパワープレイで勝ち確ってことになるじゃない」
「ぱわーぷれい……?」
牛場タケルが首を横に捻るのをよそに、クウギョは「ご安心ください」と言う。
「何故ならば、干支でもないネコの方は、神になる権利は与えられません。その為、殺人をするメリットなど何一つありません」
「……」
別に神になるつもりなどさらさらなかったけれど、それでもこうして仲間外れになるのはちょっとくるものがある。いや、だからといって誰かを殺害しようとは微塵も思っていないが。
「更にネコの方はもう一つ、皆様一人一人に備わっている特殊な力――いわゆる『能力』というものですが、それもありません」
能力……?
漫画の中だけしか聞いたことのない単語が耳に残った。
「『能力』については、後程詳細を説明させていただくのですが」
「あのー、後程じゃなくて、今説明してもらえないっすか。すっげー気になるっす」
そう猿島サスケが手をあげると、二つ隣の犬飼ヒナタが口元に手を当てる。
「おやおや、せっかちな猿はちょっとも待てないようですね。まさにお猿さん」
「はぁ? なんすかこの犬っころ? ああ、主人の命令に従うおりこうさんっすねえ。わんわん」
「……ボクを挟んで喧嘩をしないでくれないかな」
鳥羽ツバメがやれやれと首を振る。
騒がしい3人を横目に見た後、クウギョの方へと再び視線を向ける。
「では要望もありましたので、先に『能力』について説明いたします。
『能力』は皆様の『干支』に因んだ、超常的な力のことです。
詳細はご自分の情報端末に表示されます。特に何もなければ皆様のポケットに入っており、指紋認証でロックが解除されますので、皆様、この場でご確認ください」
ポケットを探ると、いつの間にかスマートフォンが入っていた。いや、厳密にはクウギョも情報端末と言っていたから違うのかもしれないが、見た目は現実世界で持っていたそのものだったから、これからは略してスマホと呼ばせてもらおう。
スマホを起動すると、「自身の能力」というアプリがあった。
『能力:なし』
説明通りだった。
僕には何にもない。
他の人の能力が見られるのか、とも思ったのだが、そうではないらしい。
「皆様、ご覧になられましたね。ということで、その能力は存分に神になるために使って下さい」
神になるために使う。
つまりは――誰かを殺すために使え、ということだ。
そして気が付いた。
僕が『判定役』としてのもう一つの役割について。
だれがどの能力を持っているか分からない。
だが、一人だけ、確定している人がいる。
僕だ。
僕だけは『能力を持っていない』
つまり僕はみんなの『ターゲット』として、『判定役』にも成りうるのだ。
その指標として、使える存在として、ここにいる。
(……なんだよ、それ)
やっぱり猫は『ハズレ』じゃないか。
ただ殺されるだけのハズレ。
重大な責任を押し付けられるだけのハズレ。
そして、仲間ハズレ。
思わず下を向く。
「あともう一つ、説明を追加させていただきますね」
ユウギョの声が上から降ってくる。
「殺人については先着順です。同じ日に2人目が殺されても、後者の犯人の方は神になる権利は与えられません。たとえ最初に殺した方が円卓会議の結果で脱落となっても、権利が生じることはありません」
但し、とクウギョは続ける。
「2人目の犯人の方は、神の権利は生じないものの、もし犯人だと指名された場合は脱落になります。つまり適当に投票されても犯人の方以外は誰も損をしない形ですね」
従来ならば間違ったら犯人の勝ち。
だが、先に述べたケースだと犯人の勝ちはあり得ないので、間違ってもリスクはない。
「同日であっても円卓会議が終わった後ならば、いつでも殺人を行っても構いません。いずれにしろ、早い者勝ちであるのは変わりませんが」
どうする。
僕は真っ先に命を狙われるであろう。
どうやって身を守る?
どうすればいい?
どうやって……
そう混乱している最中であった。
「――そんなことは考えなくてもいいだろう」
真っすぐな声が円卓内に響く。
根津くんだった。
「殺人のルールなんて聞く必要はない。何故ならば、この宴は別に殺人をしなくても終わらせる方法があるからだ」
周囲がざわめく。
そんな方法があるのか?
「クウギョ君。君が先程見せた映像内の神様がこう言っていたよね」
根津くんはクウギョに人差し指を突き付ける。
「『全員が誰か一人のことを神と指名してもいい』って」
「あっ」
僕は思い出す。
先程の映像の神様が言っていた言葉を。
『みんなにはこれから ワシのかわりになるひとを えらんでもらう。もちろん ぜんいんがこのひとだ というひとをきめてもらってもかまわない』
「ええ、確かにそう言っておりましたね」
「つまり、殺人をしなくても平和的な投票でこの宴は終幕になるはずだ」
確かに、それが出来るのであれば理想的だ。
だれも望んでここに連れられてきたわけではないだろう。
問題は誰に入れるか、だが――
「ならばみんな――このワタシに投票してくれないか?」
根津くんは自身の胸に手を当ててそう言った。
当然、反発の声が上がる。
「なんでてめえに入れなきゃいけないんだよ」
「そうだよ。君とはまだ会ったばかりだから人となりもわかんないし」
「であれば君達のどちらがなってもいいのだよ、龍崎君、虎賀君。そういうところにこだわりはない」
根津くんは首を横に振る。
「神になって何かメリットがあるのだろうが、正直興味ない。なんならワタシは約束しよう。君たちが神になってやりたかったことは、代わりに叶えてあげる、って」
「な、なんでも?」
「なんでもとは言っていないがね、蛇見君」
そう言われて蛇見ナギサがフードを深くかぶり直す。
「それはワタシ自身も神になったら何が出来るかを聞いていないから易々と、はい、と言えないだけで、叶えるために全力で尽くす所存だよ。これまでもそうしてきたしね」
「そ、それは本当だよ」
僕が賛同の声をあげる。
「根津くんは僕の学校の生徒会長で、みんなの要望をよく聞いてくれて頑張ってくれていたんだ。他人のために努力できる人だよ。だから信用できるんだ。神になってみんなの願いを叶える、だなんて多分面倒なことも多いだろうけど、でも、根津君ならきっとやってくれると思うよ」
「ありがとう、猫泉君」
根津くんは嬉しそうに微笑む。
「こんな所に閉じ込められて殺し合いをするよりはマシだと思う。もちろん、他に神になりたいという人がいるならば譲るが、誰かいるかな?」
辺りを見回すが、誰も立候補者がいない。
「決まりだな。ありがとう、みんな。今はまだ信頼できないと思うが、ワタシに任せてほしい。必ず君達の望みを叶えると誓うよ」
さあ――と根津くんはクウギョに告げる。
「ワタシが神になることについて反対する人はいない。だからこの宴はお終いだ」
「そうですか。ですが、一応規則ですので、皆さんに投票をしていただきましょう」
クウギョはヒレを広げる。
「皆様、今から『根津アユム様を神として指名する』か否かを投票いたします。お手元の電子機器の投票アプリから賛成か反対か、押してください」
僕はスマホを取り出し、即座に投票する。
最終確認の文字が出るので、押し間違いも生じない。
周囲を見ますと牛場タケルが苦労した様子を見せていたが、虎賀ケンタロウがそこはフォローしているようだった。
他の人も即座に投票を終わらせる。
「では結果が出ましたので表示します。根津アユム様を神として指名することについて、投票結果は以下の通りです」
周囲が暗くなり、スクリーンに映し出される。
賛成:12
反対: 1
「……は?」
根津くんが疑問の声を放つ。
僕も同じ気持ちだった。
この中の誰か一人だけ……反対票を入れた?
一体何で……
薄暗い中ではあるが、隣にいる根津くんが頭を抱えるのが分かった。
「何故だ……殺し合いをしたい人がいる……? いやいや、そうではない。ああ、誰か信用できなかった人がいるのか。それは仕方がない。それは出会ったばかりだからな。これから共に生活をしていればいずれ分かってくれる」
「では、神としての指名投票について全員賛成が得られなかったので、根津様はここで脱落となります」
「………………は?」
周囲が明るくなる。
根津くんは目を見開きながら呆然と立ち尽くしていた。
「はい。神を指名する投票は全員一致でなければ脱落となりますので。そうでなければ何回も出来ますしね」
「そ、そんなこと聞いてないぞ!」
「はい。説明する前に始めてしまいましたから、仕方ないですよね」
根津くんがパクパクと口を開く。
だが彼は二の句が告げなかった。
「ということで脱落になりましたので、これから根津アユム様の処刑を始めさせていただきます」
「処……刑……?」
今、クウギョは何を言った?
処刑?
脱落して権利が無くなるだけではなく……処刑?
「はい。脱落と処刑は同異議であることは、先程の神様の映像でも述べておりましたよね? なので、処刑、です」
「待っ――痛っ!」
根津くんが突如椅子から出て来たベルトのようなもので拘束された。
どのような仕組みなのか、空中浮遊をしながら、そのまま椅子は円卓の中央へと移動していく。
誰もが動けず、声も発せず、それを見守るしかできなかった。
「ただいまより根津アユム様の処刑を執り行います。皆様、よく目に焼き付けるようにお願いします」
その声と共に上部から巨大なものが下りてくる。
巨大なギザギザとした円状の金属のモノ。
間違いない。
巨大なトラバサミだった。
それが、椅子ごと浮いている根津くんの足元に設置される。
「待ってくれ! ワタシは何もしていない……何も悪いことはしていない! なんでこんなことになっているんだ!」
根津くんが叫ぶ。
「なあ、誰か助けてくれ! ワタシはただみんなを救いたかっただけだ! 神の座なんていらない! だから! ねえ! 誰か! ワタシをたす――」
次の瞬間。
椅子はまるで先程まで浮いていたことが嘘のように、真っすぐに落ちていった。
そしてそれがトラバサミの中央にぶつかるのと同時に
トラバサミが閉じて
鈍い金属音と共に
根津くんの。
体は
上下に真っ二つになった。
悲鳴はなかった。
ただ一瞬の出来事だった。
トラバサミで真っ二つになった彼から飛び出た血液の一部が、僕の顔に付着する。
生暖かい。
非現実的な光景。
しかしながら、直後に襲い掛かる強烈な血の匂いが、僕達を現実に引き戻す。
そこでようやく自覚する。
僕達は巻き込まれたんだ。
逃れようがない。
この非現実な――現実に。
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