第17話 ギャルと浮気と紫苑さん③
三人は、そのまま廊下を進み、階段を昇って屋上に出た。
他に人影はなく、紫苑はアイリを端にまで連れていき、なだめる。
そのアイリは、フェンス越しに校庭で行われている放課後の部活動を見ながら、ぽつぽつと話し始めた。
「アタシ、三人姉妹の長女なんだけどさ……」
「…………」
紫苑と晴は黙って、アイリの流し始めた言葉に耳を傾けた。
「裕福な家じゃないから、三人分の新しい服とか用意できなくてね。いつも妹たち優先で、お姉さんだからガマンしなさいって。欲しいものは妹たちが手に入れて、アタシは何も手に入れられなくって。だから……」
紫苑は、そのフェンスに掛っているアイリの手、それから耳、横顔を見た。
ギャルなのに、ネイルも何もない、素の爪。リングやブレスレット、イアリングなどの装飾品も、安価なイミテーション。肌は綺麗な白色だったが、化粧などはしていなかった。
校則を守っているということではないのだろう。緩い校風の学園であり、形だけの校則を気にしないギャルも、校内には大勢いる。
面立ちが整っている、美少女といえるだろうアイリであったが、紫苑にはその素顔は質素なものに思えた。
「欲しかったの」
アイリが続けてきた。
「羨ましかったの、紫苑先輩や晴部長が。紫苑先輩は『姫宮様』って崇められてる学園の令嬢さま。晴部長も、明るくて朗らかな人気者。アタシは何ももってないのに、他の人はいっぱいもってて、それが悔しくて惨めて……」
「…………」
黙って聞き続ける二人に、なおもアイリは続けてくる。
「そんな人たちのカレシを手に入れたらどんな気持ちなんだろうって、想像した。そうしたら、もう止まらなくなった。意地汚くて、歪んでるって思ったけど、自分ではもうどうにもできなくて……」
下を向いて、またぽろぽろと涙をこぼすアイリに、紫苑は物腰柔らかく言葉をかけた。
「その気持ち、少しだけわかります。私もずっと欲しかったものがあったので。だから『少しだけ』なら……分けてさしあげます」
アイリは、俯いたままではあったが、涙を止めて目を見開いた。
「それって……」
アイリは、顔を上げて紫苑を見つめる。
「ええ。貴女にとっては如月さんじゃなくてもいいのでしょう。でももし、自分も優先してもらえると強く実感したいと願うのなら、少々お裾分けしてさしあげても。そう思いました」
「ホント……?」
アイリは、目を丸くして紫苑を見つめていた。
「ただし、キスはいけません。軽いボディタッチまでです。友達、あるいは、親しい部活の先輩後輩という関係前提で。私や晴さんと同等になるのはさすがの私でも承諾できません。カレシ風の先輩というだけ。晴さんがよろしければ、感情面でのお裾分け程度ですが……」
アイリが顔を反対側に向けると、晴は首を振りながらしぶしぶといった調子で続けてきた。
「どういうつもりなの、勝手に話を進めて……と言いたいところだけど。仕方ないわね、アイリが入部してくれたから文芸部がつぶれなかったって恩もあるし。ただし注釈通りの、キスなしの、ちょっとだけ親密な先輩ってだけ。それでいいなら、少しだけ見て見ないフリしてあげてもいいわ」
アイリの顔がパアッと華やいだ。
「如月先輩を……カレシに、できるんだ……」
「カレシじゃない! それにいくらでも作り放題でしょカレシくらい、アイリなら」
「紫苑先輩と晴部長のお手付きで、寝取り風ってのがすごく満たされる感じある。私のカラダにしか興味ない他の男って、欲しくない」
「悠だってそんなものよ」
「如月先輩がカレシ……かぁ」
「聞いちゃいないわね」
話はまとまったのか、まとまっていないのか……。それでもとにかく、笑顔を交わし合った三人。その三人を祝福するように、あるいは将来の混迷を予感させるように、彼女たちの髪が風に踊ったのであった。
◇◇◇◇◇◇
アイリが、来たときとは逆の、軽い足取りで階段を下りて行ったのち。
紫苑に、隣の晴がぽつりと尋ねてきた。
「どういうつもりなの、本当のとこ?」
「そうですね……」
紫苑は、遠くを見つめる目をしながら、晴に答える。
「正直、哀れみ、憐憫もあります。アイリさんを昔の自分に重ねていると言えばいいのでしょうか?」
「それだけ?」
「いえ……」
一拍置いたのち、紫苑は言い放ったのだった。
「落ち着いていた私と晴さんと如月さんの関係を乱したかったというところもあります。自分が、人生を賭けて本気で『御二方』に対峙する覚悟があるかどうか、見極めるために」
「それって……」
「はい。私も、惑って、揺れています。なので、自分を見つめ直すために、私も文芸部に入りたいと思います」
見かけによらず悪戯っぽい紫苑。だが、このときの漆黒の瞳は、微塵も冗談を感じさせないくらいに深淵だった。
「……私の承諾が必要よね」
「晴さんは拒みませんよ」
晴にはその理由がわからなかったが、紫苑の声には確信しているという落ち着きがあった。
「……悠は、ここで私たちが何を話しているかなんて、ちっともわかってないわよね?」
「そうですね。如月さんのいないところところで、如月さんの女である私たちだけで話していますね」
「…………」
「女の特権でしょうか?」
ここで初めて、ふふっと笑みを漏らした紫苑だったが、晴は同意したというようには笑ってくれないのであった。
第1章 会合編 了
第2章 抗争編 に続く
1章後半少し重かったので2章ではカジュアルにいきたいです
m(_ _)m
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