魔界の勢力

「眠い……眠すぎる……」


 私は多忙を極めていた。


 昨日まで敵対していたコボルト村十個を一つにして、1400匹のコボルトを征服すると言う計略は上手くいった。ひとまずクーデターでも起きない限りコボルト同士の抗争に巻き込まれて死ぬ心配は無くなったわけだが、結局国の運営を一人でやっていたのだ、それに寝る間を惜しんだ。


 狩る、食う、奪う。


 それしか知らなかった原始人であるコボルト達に、畜産、農耕、秩序を叩きこまなくてはいけなかった。それぞれのコボルト村には族長というものがおり、ひとまずは狩猟、献上をさせるものとしてコボルトの七割は村に戻した。


 裏切ればディグラス=グィガの餌だという脅し、この秩序はそれだけで機能していたので、旗を作らせ、神官職を作った。旗は見るだけで私とディグラスの脅威を思い出せるように、脳がむき出しのドクロが大口を開けて触手を伸ばしてるマークだ。所謂ジョリー・ロジャー、海賊旗に近い。



 私の城、今は一日で作らせた巨大神輿に一部居住区を設置しただけの簡素な物だが、私の部屋の近くでコボルト10名程による合唱が聞こえてくる。


「太古の昔、魔界を支配していたのは魔神様である! 魔神様は更なる新世界を支配しに旅立たれました! 魔界に残された魔物たちは長い時の中で魔神様の恐怖を忘れていたのです! 黒い川を見よ! 魔力塵の海を見よ! この魔界にもたらされた全ての魔力は魔神様からの恩恵である事を忘れてはならない!」


 ……と、いう神話にしたわけだ。あまり長くしても覚え切れてくれないと困る。彼らは神官、魔神の神性を唱えて、私を神にしてくれる者たちだ。十区を埋め尽くす魔力塵の海を見る度にも、魔神が神にも匹敵する強大な者であると思い出してもらえる。


 また、神官は私の力を伝授した者たちとし、多少の外科的施術を教えた。つまり、怪我をしたら私の城に来て、神官の説法を受けながら治療を受ける。それにより私の神性を高め、私が手術する手間を省くことが出来る。教会と病院の一体化、中世のような支配体制だがそれがちょうどいい。



「しかし……眠い」



私が部屋で木板で生産資源の活用割合を計算していると、報告役のコボルト一匹が舞い込んできた。


「ササーガ様、謁見を申し込んでくるものがおりますが、どういたしますか!」


 謁見……コボルトの総長として棚に上げたマツリ、私の右腕と定義したアトラ、それ以外が私に直接会話を申し込んでくるのは珍しい事だった。


「誰だ?」

「はい、九区から来たバビット族の者だと言っております……!」


 九区……初日にアトラから聞いていた、魔界には一区から十区までの地域があり、十区は魔界の廃棄物の集積場という話だった。この巨大な神輿を見つけて、ついに他の区域の魔物が目を付けて来たと言うわけか。


「よかろう、アトラと共に通せ」

「はっ!」


 なにしてくるか分からないし、ボディガードつけとかないとね……




 しばらくして、アトラともう一人が私の部屋に謁見をしに来た。アトラはすぐに口を開いた。


「ササーガ様、お気を付けください、この十区に他の区域から魔物が来るのは極めて稀なことです」


 ……でしょうね、臭いし。


「ククク、私を誰だと思っている、心配は無用だ」


 そして、アトラの陰から出てきた者に目を向ける。そこに居た者の姿を見て私は驚愕した。

「バ、バニーガール!? 人間……!?」


 出てきた者はどう見ても人間、というか少女。際どい衣装に燕尾服を重ね着し、ウサギの耳を付けたバニーガールだった。しかしアトラもコボルトも反応していないし、バビット族と紹介されていた。きっとラビット的な亜人族なのだろう、そうすぐに解釈を進める。

 するとバビット族の少女はピョコピョコとアトラの前に跳ねて来て訪ねた。


「ねぇねぇ! この城なに!? ここで何してんの!?」

「なんだ貴様、やけに馴れ馴れしいな、私は魔神である、口を慎め」


 ……なんかめっちゃフレンドリーだし、可愛いし、人間の形してるってだけで親近感湧くじゃないの!


 私の周りに居たのは合成スポンジのような色のコボルトという原始人、それらと一週間以上寝食を共にしてきた。あまりに人間的な彼女に対し、内心ときめいていた。


「あっ! そういうノリなんですねっ! 申し訳ございません、失礼いたしました。」


 そう言うと、バビット族の少女は急にかしこまって綺麗に深々と頭を下げだした。


 ……待って! 私もこのノリやりたくてやってる訳じゃないからね!!



「うむ、苦しゅうない、貴様の用も気になるが、名前から聞こうか。」

「はいっ! 私バビット族のノエルと申しますっ! 職業は情報屋……みたいなやつですっ!」



 ……くっ、若い、可愛い、私もバビット族行きたい……!!


「情報屋か、文明的な響きだな、して要件とはなんだ?」


「そうですねぇ、この建物が一日で出現したので、何があるのかなーって思って見に来たんですけど、今は何してるのかなーって方が大きいですかね?」



 ……なるほど、目立つ神輿で他の区からの偵察。予想の相場は当たってるな。


「お前も情報屋なのだろう、それをただで聞き出そうとは思っておるまい」

「えっ! 有料なんですか!? なんか教えてくれそうかなー? って思ったんですけどっ!」


 ……下にディグラスが居なくて、コボルトが私の骨を狙って無くて、アトラが食べようとしてこなければ、私はいくらでも教えて君とお茶菓子でも摘まみたい気分なんですがね……!?



「拍子抜けだぞ。情報屋ならば、情報がどれほどの価値を持っているか、分からんわけではあるまい」

「そっかー! そうですよね! でも私残念だけど魔力塊は全然持ってないんですよねー!」


 ……魔力塊。未来人手帳に書かれていた情報だ、魔物は魔力塊を食べると魔術が使える。今の一言から推察できるのは、コボルト村では通貨は人骨だが、魔界一般的には魔力塊が金に近い役割を持っていると言う事か。


 ノエルは私が思考してる間に続けて来た。


「じゃあ、私は魔力塊は無いけど、国作るのを手伝うって事でどう?」

「ほう、貴様には何ができるのだ」


「バビット族は情報処理に長けているんです! 耳も良いですよ! 魔界の情報流通は我らに任せている区も多いですから!!」


「なるほど、面白い発案だな」



 ……私は国を作ってるなどとは一言も言ってない。まあこの城と建設中の城下を見れば分かる事だが、私が国を作っていると知った上で、私が国づくりにおける統制に手を焼いていると、そこまで察しての提案。だとすればバビット族の情報力は侮れない、味方につけるのが確実に得。




「却下だ、ノエル。お前に教える事は何もない」

「えっ! ダメなんですか! 私、役に立ちますよ!!」


「確かに、ここまでの会話でバビット族の知性は分かった、協力すれば力になると言うのも分かる」

「ですです! お役に立っちゃいますよー!!」


「だが、メリット、対価が合わないだろう。」

「はい? 対価と言いますと?」


「お前が求めてる情報は、私が何をしようとしているかという情報、与えるのは国づくりへの協力という労働力だ、一見成立してるようでこのトレードは成立していない、お前のリスクがあまりにも大きいからだ。私視点ならば簡単な情報で労働力が手に入る好条件、しかし好条件過ぎて信用するに足らん、よって却下する。」


「なるほどー!! すっごい! 魔神様って本当に賢いんですねっ!!」


 そこにアトラがにじり寄った。

「おい、魔神様に対して無礼だぞ貴様」


 私は軽く手をあげて空気を撫で、アトラに落ち着くようサインを送った、アトラは黙って下がる。ノエルは巨大なアトラの姿が怒りと共に迫っても、その状況に物怖じする感じも無かった。


「そこまで見抜かれていては仕方ありません! 私の本心をお話いたします!!」


「勝手に話すのなら情報量は払わんぞ」

「構いません! 私の狙いはズバリ、ギャンブルです!!」


 ……バニーガールと言えば賭場のイメージはあるけど、魔界にギャンブルの概念あるんだ。


「ほう、それはどういったギャンブルだ」

「はいっ! 我々バビット族は各区に情報流通の網を持っていますが、ぶっちゃけ飽和してて目新しい情報ってそんなに無くて、誇張、拡大して報道するのが常って言うか、そんな感じなんです!!」



 ……現実のマスメディアと何にも変わらないな、この世界では私自身が誇張拡大の化身と化しているが。


「そこに、先日まで無秩序で魔界の廃棄区画とまで言われた十区を統治して、このような建物を一日で作る勢力の出現、その尋常ならざる成長速度、私はこの国に未来を見ました!! なのでこの国の未来に賭けて尽力して地位を獲得、他のバビット族の富豪をぶっちぎりで追い抜いちゃおうって、そう言うギャンブルなんですよ!!」


「なるほど、先行投資というわけか。それならば私がお前に与えるべきなのは情報だけでない、この国における地位の獲得が報酬と言う事になる」


「あっ! そうですね! それ貰えたら! 幹部とか空いてます!?」


「よかろう、ノエル。お前を仮採用する、まずは一週間動いてもらい、その実力が確かならば、我が耳の地位を与えよう」


「おお、耳……ですか?」

「そこのアトラは我が右腕、最高幹部である。」


「なるほど、そういう感じのシステムですね! お任せください!!」





 そうしてノエルが魔軍に加わった。


 彼女は一緒に食事などをすれば楽しく過ごしてくれるし、経理の実力は確かで、各村の人口、生産、資産、教育、管理にことごとく尽力してくれた。おかげで私も楽が出来たし、国の運営もはかどり、神輿だったディグラスの小屋は、たちまち立派な城へと形を変えていった。




 そして早くも一週間が過ぎ、私の部屋で幹部会が執り行われる。


 大広間の机を囲うメンバーは王座に私。その横にアトラ。

 正面二列の最前にノエル、コボルト代表のマツリが並び、後ろにコボルトの神官10名だ。


 私が厳かに会議を指導する。


「ノエルよ、お前は本当に良く働いてくれている、お前に魔神の耳の称号を与える。」

「やったー! 耳でーす! よろしくねっ!!」


「また、マツリよ、そなたの尽力もすさまじい、この城の築城は見事であった。そなたには我が爪の称号を与える。」

「はっ! ありがたきお言葉」


 すると、ノエルがピョコピョコ列を乱して覗き込んでくる。


「じゃあ、この国を作ってる目的、そろそろ教えてもらっても良いですか!?」


 ……目的、この国を作ってる真の目的は簡単だ。私の保身、安全を確保する事、これに尽きるのだが幹部会の手前、それではおさまりがつかない。



「私の目的は魔界統一、魔神による魔界全土への支配体制の復活だ」



 ……まあ、その前に私が寿命迎えそうだし、私が死ぬまで安全なら、魔界のその後なんてどうでも良い。


 すると、ノエルは身震いしだし、目を丸くして、口をウサギのようにモシャモシャとしながらしゃべりだした。

「魔界統一って、マジだったんですか……」



 ……いや、全然マジじゃ無いから安心しとけ


「私は本気だ、私にとってはそんなもの通過点に過ぎぬ。」

「じゃあもしかして、龍神族や、邪眼族も従えるおつもりで……?」


 ……なんだよ、龍神族と邪眼族って!! 絶対ヤバい奴らじゃん、関わりたくないんですけど!?



「当然だ、それらを統一しなければ、魔界統一とは言えまい」

「す、すげえです……そんな大きな事を本気で言ってるの、この十区だけですよっ! これは大穴ギャンブル一発逆転! 身震いが止まらないです……!!」


 それを聞いたアトラも私を見て汗を溜め、息を飲んでいた。

「流石でございます、ササーガ様。この十区の魔力塵の海、その半数以上は龍神族が魔術を使った際に出たものだとされています。私はそこまで考えが及んでおりませんでした、まさか我らが龍神族を従えるなどとは……」


 ……魔界の魔法の半分をぶっ放してるのが龍神族って事!? いかれてるだろ龍神族、絶対コボルト1400匹より強いじゃんそんなの。



「当然だ、奴らが使っている魔術の源泉も、元はと言えば魔神族の物、龍神族を従えに行くと言うのには少し語弊がある。ただ魔神の元に全てを戻す、それだけの事よ。」


「かっけぇ! 魔神様かっけぇ! いつやるんですか!?」


 ノエルはかなり興奮気味に称えてくる。


 ……まあ、もちろん、一生やりませんが


「奴らのような種族を率いるには、今程度の内政では足りぬ、ここからはもっと国の基盤を強固にし、全ての士族を我が国の配下に置いて回せるように、盤石の態勢で練り進めていく、時期はまだ決めていないが、いずれ全てを統治する。」


「頑張りましょう! 魔神様っ!!」


「ふふ、任せておけ」


 そしてその会議は解散、大きな事を言った禍根は残るが、とにかく国は順調。安全圏と生産の安定が進んでいく。

 私は期待に胸を膨らまし、その日は就寝した。




翌日の朝。

 緊急の報告で、ノエルの姿と、各コボルト村からコボルトと資源が丸ごと消えたという情報が飛び込んできた。 その報告を受け、私は冷静ではいられなかった。



「どうした、これは、何があった……」


 私の部屋の外から、マツリが一枚の紙をもって駆けて来た。

「大変です……! これ、この新聞を!!」



 私はマツリから新聞なるものを受け取った。そこに書かれた大見出しはこうだった。


【魔界十区に新国家誕生!?

 魔神ササーガ、龍神も邪眼も従える統一国家を宣言!!】



 私は全てを察し、怒り心頭した。


「ノォォオオエェェェルゥゥゥウウウ!!」


 やられた、完全に詐欺師の手口だ、魔神詐欺をしているこの私が、コボルト村の管理権を渡したことで、バビット族にまんまと詐欺られた。これによるノエルの得は、コボルト村の全生産物資の略奪、しかもその運搬をコボルトに行わせ、更に強烈な見出しの新聞による売り上げ獲得。コボルトという戦力を失った私に龍神族と邪眼族のヘイトを集め、自分は戦わずして口封じ。


「フフフ、完璧だ、完璧すぎるぞノエル......! この私を怒らせたこと、後悔させてやる......!」


 マツリは怯えた様子だった。

「いったい、どうなさるおつもりで……」


「まずは斥候を放ち、奴の足取りを追え! ノエルは数百人のコボルトを騙して物資を運ばせている、だから夜のうちに出発した! 足は速くないから追いつける。」


「はっ、今すぐに各方面に走らせます……!!」


 マツリは威勢よく返事をして走り出した。

 やはり、信頼たる者たちは……



「そしてアトラ、ディグラスを放つぞ、私と共にディグラスで迫り、全てを取り戻す!!」

「このアトラ、どこまでもお供いたします」



 そうだ、私にはこの信仰深きアトラと、私が居なければまた世紀末に戻ってしまうコボルト達がいる。終わるわけにはいかない、この国を率いるものとして、ここで諦める訳にはいかないのだ。


 魔軍内訳

 ササーガ:人間、首領

 アトラ:象の巨躯とゴキブリの速度

 コボルト軍:離脱兵引いて300匹

 ディグラス=グィガ:無限の食欲


 ノエル:バニーガールのようなバビット族、情報管理(裏切り中)

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