18話

18-1

(どうしてこうなったんだ……)

 ──年明け。ダブリューライジングの近くの居酒屋。

 どういうわけか派遣社員・橋本から「いつもうちに出入りしてる中島くんも来なさいよ。榊さんが是非来てほしい、って言ってたわよ」と連れて来られた、商品企画第三課の歓迎会。

 あまり会社の飲み会が好きではない向太郎だが、普段世話になっている橋本や奥の方でニコニコと彼女とのやりとりを見ていた榊を断れない手前、のこのことやって来てしまった。

 結果、向太郎は行き場のない気まずさを感じている。

 というのも、自分の左側の席に高下が配置されたからである。

 先に居酒屋で榊が三人分の席を確保していて、左側から空席・榊・向太郎となったのはいい。

 そこからなぜか隅に座っていた高下を、榊が呼び出して榊・高下・向太郎の順になっていたのだ。

 いまだに絶交中の向太郎と高下は、互いに一言も話さない。 

 ──逃げたい……。

(飲み会費用四千円払って、俺は一体何の拷問受けてんの? 四千円あったら、みくるんのアクスタ四本、いや三本買えるんだけど……)

 向太郎はほとほと疲れながら、ビールをちびちび飲み、枝豆も少しずつ食べていた。

 頼みの綱である榊は高下の左側に座っているため、彼とは話せない。

 しかも榊は向太郎と仲良くしたい、と歓迎会前は言っていたにも関わらず、現在は対面に座る同僚たちに話しかけられて、そちらにずっと対応している。

(とりあえず、元を取れるだけ食ってやるしかねえ……)

 テーブルにある豚の角煮を自分の皿に取り分けて食べていると──。

「そう! 高下主任って、オレの前いた会社の同期なんだよね! な、!」

 酒が入って同僚と話が盛り上がっているらしい榊が、高下の肩を組んだ。突然のことに高下は目を見開き一瞬固まる。

「お、おい……急に何を……。というか、上司に向かって呼び捨てするな」

「いいじゃん、今の時間くらい。業務外で無礼講だって。課長も言ってるよ!」

 榊がそう言うと、どっと周囲が笑う。

(いくら昔の同期つったって上司にあの度胸……。す、すげえ……)

 向太郎は呆気にとられた。引き続き、二人を観察してみる。

「あははっ! 高下主任ってお前のこと言うの、いつまで経っても慣れないかも!」

「……」

 榊はより高下の肩を強く抱きながら、がっちりと自分の胸へ寄せた。

 高下は身じろぐ。

 しかし全く手をほどく気配がない榊に、咎めるのを無駄だと感じたのだろうか。最終的にため息をしたのみで、反論もせずに置物のように黙っている。

(……何黙ってんだよ高下主任。昔同期だって言っても、今は上司なんだからビシッと言えよな)

 そんな構図に向太郎は、少し嫉妬しながらビールを飲んだ。

 二人の観察に集中しているせいで、ビールの味があまり分からなかった。

「機嫌直せって。あ、どーも。ほら、お前が頼んだ料理。来たよ」

 榊は向太郎の心中を他所に、高下が頼んだらしい油淋鶏を店員から渡してもらう。

「自分でやる……」

「いいから。オレにやらせて」

 高下の言葉をやんわり遮って、油淋鶏を小皿に分けた。そして飲み干したグラスを見つけて、メニュー表を広げる。

「グラス空いちゃったな。瑞季、何飲む?」

「……これ」

 希望のメニューを聞くと、そのままタッチパネルを操作して注文した。

 更に。

「瑞季、タバコ吸う? お前のバッグ、あっちにあるから取るの面倒だろ」

 タバコを吸い始めた榊が高下に自分のタバコとライターを差し出す。

「……いや、今日はいい。それに、君とはタバコの好みが違うから……」

「そう?」

 残念がったようにそのまま懐にタバコの箱とライターを仕舞い込んで、また高下と話し始めた。

 一連の流れを見た向太郎は疑問に思う。

(……え、友達同士ってここまでやるっけ?)

 向太郎は友人たちと外食することはあるが、皆食べたいもの・飲みたいものを勝手にタッチパネルの機械で選び、わざわざ他人のために取り分けたりしない。タバコが吸いたいなら自分で勝手に吸う。

 榊のように料理にも、空いた酒にも、タバコにも逐一気を配ったりはしない。二人の距離も近すぎる。

 向太郎には、榊が高下にとっての「仲の良い同期」というよりも「甲斐甲斐しく世話する恋人」のような図に見えてしまう。

(っていうのは、まだ俺が高下主任のことをいまだに好きだからそう見えるのかな……)

 やきもきしながら、榊と高下のやりとりを見ていた。


 榊の歓迎会の一次会も終わり、社員たちが散り散りになった。二次会に行く者、そのまま帰る者。

 向太郎も、帰宅しようとしていたが……。

「中島くん!」

 呼びかけてきたのは、榊だった。思わず振り向く。

「榊さん……」

「ねえ、オレが君と仲良くしたいって歓迎会に呼び出しておいたのに全然話せなかったね。会費まで払ってくれたのに」

「いや、別に……気にしてないです」

「本当に? なんかごめんね」

 向太郎は淡々と答える。一方で榊は明るい調子のまま返してきた。

「それでさ、明日は土曜日でしょ? オレと二次会しない?」

「え……」

「駄目? ここから駅で三十分くらいのところで飲みたいんだけど。ちょっと遠いよね? 終電の時間、間に合わなそう?」

 お願い、と手を合わせる榊。

 十八時三十分から九十分間の飲み放題コースが終わり、まだ時間はありそうだった。年上の人間に頼まれると無碍にはできない。

「いや、まあ……別にいいっすけど……」

 向太郎が承諾すると、榊は「二次会はオレが奢るから。安心して!」と向太郎の肩を組んだ。

 二人は駅に向かう大多数の後ろをついて歩いた。

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