第15話 道中①

山道を抜け、風に揺れる木々の音を背に歩きながら、遥花はふと口を開いた。


「結芽は……明るくて、頼れるお姉さんって感じだったね。」


陽路は歩調を緩め、隣の遥花に視線をやる。

「あぁ。結芽様は、どんな場面でも迷いなく行動できる。綴る者としても、人としても強いお方だ。」


「颯真も、すごく真面目で。陽路に弟がいたら、あんな感じなのかも。」

遥花が笑みを浮かべると、陽路は一瞬言葉を失ったように目を瞬かせ、やがて小さく笑った。

「……弟、か。そう見えたか。彼は結芽様を支えるために、どんな時も冷静に立ち回る。確かに、見習うべきところが多いな。」

少し照れを含んだ声音に、遥花の心が温かくなる。


しばらく沈黙が続いたのち、遥花がふと思い出したように口を開く。

「そういえば……悠真の里の綴る者って、どんな人?」


陽路の表情がちょっと崩れる。

「悠真の綴る者は、伊吹(いぶき)様。・・・言霊について非常に知識が豊富な方だ。」


「へぇ……すごそう。」


「まぁ・・・うん。そして従者の楓(かえで)殿は女性だが、武の腕は里でも随一。伊吹様を守る盾であり矛でもある。悠真の里の者たちにはとって、大きな憧れの存在だろうなぁ。」


遥花は興味深そうに頷き、心の奥に小さな期待が芽生える。

(知識豊富な綴る者と、武に優れた従者……どんなことを学べるだろう。)


その夜。野営の火を囲み、二人は静かに腰を下ろしていた。

薪がぱちりと弾ける音だけが響く。


遥花は膝に手を置き、少し迷ったあと、そっと口を開いた。

「ねぇ、陽路……悠真の里のことは少し分かったけど……私、陽路のことももっと知りたい。」


その言葉に、陽路の瞳が揺れる。

「……俺の、こと……?」


「うん。従者としてじゃなくて、陽路自身のこと。私、まだ全然知らないから。好きなものとか、得意なこととか。」


陽路は一瞬きょとんとして、すぐに困ったように視線を逸らした。

「……俺のことなんて、特別話すようなものはないよ。」


「えー、そんなことないでしょ。小さい頃から頑張ってきたって、結芽から聞いたもの。……ね? 教えて。」

遥花が少し身を乗り出すと、陽路は観念したように息を吐いた。


「……そうだな。食べ物で言えば……温かいものが好きだ。特に、母がよく作ってくれた芋粥は、今も懐かしく思い出す。」


「芋粥……いいね。陽路、甘いものは?」


「……嫌いじゃない。けど、多くは好まない。ただ……祭りのときに食べた蜜団子は、少し特別に感じたな。」


「ふふ、意外と可愛いところあるんだ。」


「からかうなよ。」

陽路が眉を寄せるが、耳がほんのり赤く染まっているのを遥花は見逃さなかった。


「他には?」


「……得意なことは……刀の稽古くらいだ。あとは……」

少し考えてから、ぽつりと続ける。

「鳥の声を聴き分けるのは、人より得意かもしれない。」


「鳥の声?」


「ああ。幼い頃から野で稽古をしていたから。……今も、囀(さえず)りを聞けば季節や天候を測る手がかりになる。」


焚き火の明かりの中で、陽路の横顔は少し誇らしげで、それを見つめる遥花の胸がまたじんわり熱を帯びていった。


「……鳥の声を聴き分けるなんて、すごいよ。そういうところ、本当に頼もしいな」

遥花が心からの声を洩らすと、陽路は思わず目を瞬いた。


「頼もしい、か……。そんなふうに言われたのは、初めてだ。」


「え? そうなの?」


「俺はずっと“従者”として、誰かの隣に立つことばかり意識してきたからな。……でも、遥花にそう言われると……なんだか、嬉しい。」


焚き火のぱちぱちという音に紛れて、陽路の声は少しだけ掠れていたが、優しい眼差しで遥花を見つめた。

その笑顔を見つめながら、遥花の胸に温かさと恥ずかしさが広がる。


陽路も、ふと自分の鼓動の早さに気づき、慌てて視線をそらした。

(……しまった。これじゃまるで、想いを告げているみたいだ。)


火の粉が夜空に弾ける。陽路は咳払いをして、ぎこちなく話題を変えた。


「……そ、それより。異界にいたときは……どんなふうに過ごしていたんだ?」


「え?」


「食べ物とか……住む場所とか。俺たちの世界とは、ずいぶん違ったんだろう?」


不器用に向けられた問いかけに、遥花は小さく笑った。


遥花は火を見つめ直しながら、少しずつ異界での暮らしを語り始めた。

陽路は静かに、けれど胸の奥の想いが熱を宿すのを感じながら、穏やかな声で語られる異界の様子を聞いていた。

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