第2話 陽路との出会い
石畳の道を進んでいた遥花の耳に、カツン、カツンと音が聞こえてきた。
その音の方向へ歩みを進めていくと、霧の中から影が現れ、ぱっと形を結ぶ。
現れたのは、自分と同じくらいの年の少年だった。動くたびに揺れる黄金色の髪の様子は、たわわに実った稲穂を彷彿とさせる。
彼は白い装束に身を包み、額には汗がにじんでいる。どうやら木刀を手に、ひとり稽古をしていたらしい。
「えっ……?」
驚きに目を見開いた少年は、しばらく遥花を凝視していた。
「まさか……そんな!」
木刀を取り落とし、慌てて拾い直す。
遥花は訳が分からず、思わず一歩後ずさる。
「す、すみません!」
少年は深く頭を下げた。
「私は陽路ひろ。あなたにいつかお仕えするため、ここで鍛錬を続けてきました。でも……まさか、今日お姿を現されるなんて……!」
その声は震えていたが、瞳は真っ直ぐに輝いている。
遥花は戸惑いながらも問いかける。
「私に……お仕えする?」
陽路は胸に手を当てて、真剣な面持ちで答えた。
「はい。あなたは――“綴る者”(つづるもの)。僕は、その力を支え、守るために選ばれた従者です。」
霧の向こうに響くその言葉に、遥花の心は強く揺さぶられていた。
「ごめんなさい、何のことを話しているのか分かりません。」
答えた遥花に、
「え、あ、そんな……。」
と陽路は動揺した様子だ。
二人の間に少し沈黙が漂う。その均衡を破るように木々のざわめきが、不自然に止まった。
風すら凍りつくような静寂が、遥花と陽路を包み込む。
「……遥花様、後ろへ。」
どうやら、この人本当に私のことを知っているらしい、と思うと同時に、陽路の今までにない鋭さを帯びていた声音に緊張が走る。
黒い霧が地を這うように広がり、そこから人影がにじみ出る。
黒装束に身を包み、顔を覆面で隠した異様な様子――目だけが、暗闇でぎらりと光っていた。
「もしや……。」
陽路の眉が寄る。
「……禍ツ者(まがつもの)か!?」
影たちは言葉を発しない。ただ一斉に腰を沈め、刃を構える。
気配だけで、殺意が押し寄せてきた。
「な、なに……あれ……?」
遥花が声を震わせる。
「本来なら、言霊を奪うためにしか姿を見せないはず。……なのに、なぜ今……!」
陽路の困惑が混じる。
その刹那――。
黒装束の一人が腕を振るい、無数の短剣が宙を走った。
光を裂くような鋭さ。
「下がれ!」
陽路が袖を振り抜くと、風が唸りをあげて巻き起こり、木刀で刃を弾き返す音が乾いた空気を震わせ、火花が散った。
「……ひっ……!」
遥花は思わず目をつむる。だが、すぐに陽路の背に守られていることに気づく。
敵は次々と地を蹴り、音もなく迫りくる。
一人は上空から、もう一人は地を滑るように――。
連携が取れている。まるで一匹の獣のような統率。
陽路は木刀を捨て、腰の刀を抜いた。鞘からきらめく一筋の光が飛び出す。
その刃筋は舞のようにしなやかで、同時に鋭利。
迫る刃を受け流し、逆に突き進んでくる影を足払いで弾き飛ばした。
「遥花様、決して動かないでください!」
額に汗を浮かべながらも、陽路の目は敵を捉え続けている。
敵の動きが速すぎて、遥花の目にはただ黒い残像しか映らない。
その戦いを、さらに遠く――木立の影から見守る者がいた。
長い黒髪を風に揺らし、静かに眼差しを細める。
戦闘を眺めながら、その胸に宿るものは複雑な熱があった。
「……やはり。ついに帰ってこられたのですね、遥花様。」
誰にも届かぬ声で、彼は呟く。
敬意と、抑えきれぬ執着の入り混じった声音。
唇に浮かんだ微笑は、冷たいものではなかった。
ただ――胸奥の熱を、彼自身が制御しきれぬ証のように見えた。
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