第13話 異変
天塚さんは強かった。
そもそも活動のメインが配信なこともあって想定外の事態は苦手みたいだけれど、それでも【天使】の
蛇のようにうねりながら迫りくる触手を槍で斬り飛ばしながら、魔法系スキル〈
多くのモンスターに特攻を持っている聖属性の魔法だけあって、面白いように触手が吹き飛んでいく。
槍にも何かのスキルが使われているらしく、淡く輝いた刃先が抵抗もなく触手を切り飛ばしていく様子は
どこに発声器官があるのかイマイチ分からないけれど、ローパーはギィギィと耳障りな悲鳴をあげて
正直なところ、このまま天塚さんだけでも押し切れちゃいそうな気がしたけれど、守ると決意しておいて何もしないなんてカッコ悪すぎるので突撃する。
とはいえ今の僕は狼なので武器など持つことはできない。せめてもの抵抗として、前脚に魔素を集めて触手を吹き飛ばしていった。
千切った先から再生し、本体からも新たに生えてくる触手。津波のように迫りくる触手と僕たちの攻撃が
終わりがないのでは、という不安に
止めればあっという間に触手に囲まれ、絡め捕られてしまうだろう。
――このまま押し切るッ!
再生するなら、それが間に合わない速度で攻撃を繰り出すだけだ。
どういう理屈で再生しているかは分からないけれど、生物である以上はリソースが存在しているはずだ。僕らの体力や魔力が切れる前に、ローパーのリソースを削り切る。
それが勝ち筋だ。
攻撃の圧が強くなったところで、ローパーが今までとは違う触手を僕と天塚さんに伸ばしてきた。先端がサッカーボールみたいに膨らんだそれは、明らかに何かの攻撃だろう。
ならば攻撃が始まる前に潰す。
前脚を振るえば、ボールはあっさりと破裂した。
ぱちゅんッ。
粘り気を感じさせる水音が響き、中に詰まっていた粘液が飛び散る。しゅわしゅわと煙をあげるそれは一瞬で拡散してしまった。
――クソっ、毒か!?
バックステップを踏んで距離を取ったところで、天の声が脳内に響く。
・――種族名:ローパー変異種のスキル〈過興奮〉〈幻覚〉〈五感異常〉が発動します。
・――種族名:ローパー変異種の体内魔素量が大幅に低下します。
・――個体名:大上刀夜に状態異常:過興奮、幻覚、五感異常が付与されました。
・――〈過興奮〉を一部
・――〈幻覚〉を一部抵抗しました。
・――〈五感異常〉を一部抵抗しました。
抵抗した、と言われたが、ドクンと心臓が跳ねるのを感じた。〈過興奮〉だろうか。全力疾走をした後みたいに呼吸が乱れ、身体がふらつく。
同時に、全身を
「ぐるる――っ!?」
思わず唸る僕の声が、僕自身の耳に爆音となって刺さる。耳元で突然怒鳴られたような衝撃と不快。おそらくは〈五感異常〉だ。
視界も極彩色に染まり、強い光にめまいがする。
どこが抵抗してるんだよ!?
ふらつく僕の耳に、天塚さんの悲鳴が刺さる。
「きゃぁぁぁっ!?」
脳を揺さぶられるような衝撃に顔をしかめながらも、何とか天塚さんを確認する。僕と同じ異常に襲われているのか、天塚さんは耳を抑えながらその場にうずくまってしまっていた。
不味い、このままじゃ――……っ!
迫りくる触手から天塚さんを守るべく飛び込む。
今の状態じゃろくに反撃もできそうにないが、盾になれるならばそれで良かった。
のだが。
――何をしているんだ貴様は。群れの雌を守るのが雄の役目だろう。
脳裏に、渋い男の声が響いた。欲望に暴走し、天塚さんに色々としてしまった時と同じ声だ。
――貸してみろ。
言葉と同時、僕の身体が勝手に動き始めた。
・――個体名:■■■■が状態異常:過興奮、幻覚、五感異常を無効化します。
・――〈過興奮〉に抵抗しました。
・――〈幻覚〉に抵抗しました。
・――〈五感異常〉に抵抗しました。
身体を苛んでいたローパーのスキルがあっさりと消えた――僕の身体の自由と同時に。
いつかと同じく、身体が勝手に動いた。
操られているのだ。
「ぐるぁぁぁぁぁぁぁッ!」
魂を抉るような咆哮が僕の口から吐き出される。
・――個体名:■■■■がスキル〈
・――種族名:ローパー変異種が状態異常:硬直を付与されました。
それはただの音ではなく、衝撃となってローパーへと襲い掛かる。
殺到しようとしていた触手が一瞬だけ硬直する。
その隙を逃すことなく、僕の体が勝手に動いた。僕の前脚に集まった魔素が、爪を伸長する形で放出されたのだ。
・――個体名:■■■■がスキル〈王者の爪〉を発動します。
・――種族名:ローパー変異種が〈王者の爪〉を
・――スキル〈王者の爪〉の効果で
……抵抗を抵抗?
何を言っているのか分からなかったが、魔素で出来た爪がローパーの触手を引き裂き、そのまま本体の胴を切り裂いていく。
――
自信に満ちた声が宣言した直後、ばらばらに引き裂かれたローパーが地面に落ちた。
勝った、んだよな……?
あまりにも唐突であっさりと迎えた結末が信じられず、呆然としてしまう。
落ち着いて周囲を確認したかったけれど、僕の身体を操る何者かはそれを許さなかった。
眼前、荒い呼吸をしながらがくがくと震える天塚さんに視線を向け、舌なめずりした。
――極上の雌だな。
何をするのか、なんて考えるまでもなかった僕の身体の中で暴れる獣のような欲望をそのままぶつけようとしている。
……そんなことさせるわけないだろ……!
――折角与えてやった我が力もろくに扱えぬ分際で、我に歯向かう気か。
……当たり前だ。天塚さんに手を出すなッ!
――手も足も出なかった者が、言うに事欠いて手を出すな、か。
脳内の声は嘲笑の響きを含んでいた。
――我が出張らねば、状態異常を弾くことすらできない雑魚が
本気の宣言に思わず身震いしそうになるけれど、ここで引くわけにはいかなかった。
天塚さんを。
僕を家族だと言ってくれた子を。
極限状態でも僕を励まし、助けようとしてくれた優しい子を。
……傷つけさせるわけにはいかないっ!
止まれ、と念じる。
僕の意思など寸分も反映しない身体を無理やり抑えつける。全身が無理なら脚の一本でもいい。それすら無理ならば指先一つ分でも良い。
止まれッ!
とにかく天塚さんを守る。
絶対に傷つけさせない。
止まれ止まれ止まれ止まれッ!
意地と執念で念じ続けたところで、天塚さんへと伸ばされた僕の前脚がわずかに鈍った。
――ふむ?
――それほどまでにこの娘を想うか。
……想うさ。
……想って悪いか。思うに決まってんだろ。
生まれて初めてエロいことした相手だから。生まれて初めて裸を見た相手だから惚れた、なんて馬鹿みたいだと思うかもしれない。
でも間違いなく僕にとっては特別な女の子だ。
決して泣かせたくない。
絶対に傷つけたくない存在なのだ。
……僕の好きな子を泣かせようとすんじゃねぇよッッッ!
叩きつけるように宣言すると、急に体の自由が戻ってきた。
――良かろう。
――では、証明してみせよ。
――貴様が口先だけはないことを、な。
動くようになった体が、ドクリと震えた。
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