23話 巫女
「アメリア様」
軽く肩をゆすられ、目を開けると、テティの顔が目の前にあった。
「そろそろご準備を」
アメリアはゆっくりと身体を起こす。二時間ほど眠ったのだろう。久しぶりの柔らかい寝心地に、すっかり寝入ってしまっていた。
「そうね……あなたは休めた?」
「はい!こちらのお城には、侍従用に大きな天然の温泉があるんです。入らせていただいたんですが、それはもう、すごーーーく気持ちよかったです!」
「温泉……」
そういえば、この土地は温泉が湧いていた。かつて子どもたちと一緒に大衆浴場へ行ったことがあるが、城にも湯を引いているとは。
「いいわね。私も入ってみたいわ」
「ふふっ。城の侍女によれば、伯爵様には専用のお風呂があるそうですよ。ご結婚されたら、ご一緒に入れるんじゃないですか?」
「ええっ!? 一緒になんて入らないわよっ!」
「えっ……入らないんですか?」
「……とにかく、ドレスを選びましょう」
ローラが用意した衣装は、どれもアメリアを引き立てるものばかりだった。その中から、白地に首元と手首へ金糸の古典的な刺繍を施したドレスを選ぶ。身体を露わにしていたシンシアの姿が脳裏をよぎり、あえて露出の少ない一着を選んだのだ。それでもアメリアの曲線美を際立たせるには十分な品だった。
ゴールドのネックレス、ピアス、指輪。髪はトップを編み込んで整えさせる。
「装飾品はすべて金にするのですか?」
「ええ」
「白と金だけなのに……アメリア様を輝かせるには十分ですね」
テティの言葉に、アメリアは満足そうに微笑んだ。鏡に映るその姿は、紛れもなく──かつて仕えた王女そのものであった。
コンコン──。
「……お迎えかしら」
テティが入り口へ向かい、やがて戻ってきた。
「あの……テリー卿がお見えです。お話があるそうですが……」
「テリー卿が? どうぞお通しして」
やがて扉が開き、堂々とした体躯のライオネル・テリーが現れた。普段の戦場で見せる鋭さは影を潜め、どこか気まずそうな表情をしている。
「アメリア様」
深く一礼した後、言葉を選ぶようにして口を開いた。
「先ほどのシンシアの無礼……あれについて、まずは謝罪を」
「……」
アメリアは姿勢を正し、黙って続きを待った。
「彼女は…以前お話しした山の民の巫女なんです。彼らには古くからの風習がありまして……最も強い者と子を成すことが、巫女の務めとされているのです。ゆえに、団長に負けた日から彼女はよくああいったことを申してまして…どうかご容赦いただきたい」
アメリアは小さく目を瞬いた。
彼女が、あの狼を操る山の民の巫女…
なるほど、だからあのようにヴァルクへ向けて臆せず言葉を投げたのか。
「……では、彼女は巫女だから第二部隊の隊長を?」
問いかけに、ライオネルはきっぱりと首を横に振った。
「…確かに第二部隊の所属は山の民出身の者が多いですが、彼女の実力は本物です。団長は、山の民を従えるために巫女を隊長にすえるようなことはしません。彼女にその資格とつよさがあったからこそです。」
ライオネルにとってシンシアは仲間として必要な人なのだろう。
彼女の非礼を詫び、騎士としての名誉も守る姿で彼にとってもシンシアが大切な人なのだろうと察した。
「彼女の発言は、衝撃的でしたが、ヴァルク様が相手にしていないのあれば、私がとやかく言える問題ではありませんね。」
「ええ、もちろん!団長がシンシアとどうにかなるなんて….ありえないです!」
アメリアはほんの僅かに微笑んだ。
「お気遣い感謝いたします、テリー卿」
ライオネルはもう一度深々と頭を下げると、静かに部屋を辞した。
扉が閉まると同時に、アメリアは胸の奥でそっと息を吐いた。
コンコン──。
ライオネルが去り、化粧を施した後しばらくすると、今度は力強くも、控えめに扉がノックされた。
「どうぞ」
扉が開き、鎧を脱いだヴァルクが現れた。
深黒の衣を纏った彼の姿に、アメリアは思わず息を呑む。
白いドレスを着た自分と並ぶその姿は、まるで意図したかのように調和しており、胸の奥が熱を帯びる。
互いに言葉を失ったまま見つめ合う二人。
気まずさを破ったのは、弾んだ声のテティだった。
「わぁ……! 白と黒でまるで対になっていますわ。とっても素敵です!」
はっとして視線を合わせたアメリアとヴァルクは、同時に赤くなり、そっと目を逸らした。
沈黙の中、ほんの小さな声でヴァルクが言う。
「……いいんじゃないか」
その低く響く声に、アメリアの胸が高鳴る。
しばし逡巡した後、彼女は勇気を振り絞って口を開いた。
「ヴァルク様も……その……とても素敵です」
勇気を振り絞った言葉に、アメリアは頬を真っ赤に染めて視線を落とした。
ヴァルクは驚いたように彼女を見つめ――そして、わずかに口元をほころばせる。
言葉の続きを交わすことなく、静かな空気がふたりを包む。
やがてアメリアはそっとヴァルクの腕に手を回した。
その仕草に、彼の肩がほんのわずか揺れる。
白と黒、対をなす姿のまま。
ふたりは寄り添いながら、灯りの溢れる宴の間へと歩みを進めていった。
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