「あのよちゃん」

藤崎

第1話「視える姉妹の始まり」

雨の降る夜、東京の片隅にある古いアパート。


姉の「あのよ」は、ベッドに座り、ノートを膝に広げていた。


14歳の彼女の瞳は、普通の少女のものとは違っていた。


部屋の隅に、ぼんやりとした影が揺れている。祖母の霊だ。


生前、いつもあのよの髪を撫でてくれた手が、今も虚空をさまよっている。


「あのよちゃん、今日も書いてるの?」


隣のベッドから、妹のこのよが眠そうに声を掛けた。


12歳の「このよ」は、姉とは対照的に、無邪気で明るい。


彼女には何も見えない。


「うん。このよ、ちょっと待ってて。もう少しで終わるから」


あのよのペンは、まるで誰かに導かれるようにノートの上を滑った。


自動書記――それはあのよの才能の源泉。


心霊が囁く言葉を、ただ書き留めるだけ。


今日のテーマは「雨の記憶」。


祖母の声が、耳元で優しく響く。


雨の日って、関節イタイ……


書き終えたノートを閉じ、あのよはため息をついた。


このよがベッドから飛び降り、姉の肩に寄りかかる。


「ねえ、お姉ちゃん。いつか、私たちで歌おうよ。お姉ちゃんの歌詞、絶対にみんなを感動させるよ!」


あのよは微笑んだが、心の奥に影が差した。


この力は、ただの才能じゃない。


10歳の頃、初めて視えたあの夜、黒い影が現れ、囁いたのだ。


お前たちをスターにしてやる。17歳までだ。代わりに、魂をよこせ。


悪魔の契約。27クラブの都市伝説のように、若くして輝き、若くして散るミュージシャンたち。ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、カート・コバーン……


彼らの死は、悪魔との取引の代償だと噂された。


あのよも、このよも、その呪いの渦に飲み込まれていた。


でも、今はまだ。姉妹は、ただ歌うことを夢見て、夜を過ごした。


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