あるノンフィクション作家の最後の取材について
ゆりんちゃん
序章:ある作家の終焉
川田静子は、名の知られたノンフィクション作家だ。未解決事件や凶悪犯罪をテーマにしたルポルタージュで評価を得ていたが、近年はオカルト系の著作にも手を広げ、新たな読者層を獲得していた。
夜の国道を、彼女は一人、車を走らせていた。
助手席には、次作の資料で満たされた段ボール箱と、古びたノートパソコンが鎮座している。それを一瞥した静子の口元に、満足げな笑みが浮かんだ。
(有意義な取材だった。裏付けはもう少し必要だけれど、想像以上のものが書けそう……)
手応えは十分だった。だが、ふっとその表情が引き締まる。
「……黒川さんには、感謝しないとね」
ぽつりと呟いた言葉には、今はもう会うことのできない人物への、静かな敬意が滲んでいた。
その時だった。
ある考えが稲妻のように脳裏をよぎり、静子は眉根を寄せた。
(待って……何かが、おかしい)
言いようのない違和感が、思考の海にさざ波のように広がっていく。
彼女はウインカーを出すと、吸い寄せられるように車を路肩に寄せた。点滅するオレンジ色のハザードランプが、車内を不気味に照らし出す。静子はノートパソコンを開き、これまでの取材データに目を通す。
何度も見返したはずの映像。聞き尽くしたはずの証言。
しかし、一度生まれた疑念は、彼女が築き上げた物語の前提を、根底から揺さぶり始めていた。
「辻褄が、合わない……」
――そして、その日の深夜。
彼女の車はライトを消したまま、ゆっくりと踏切へ侵入し、その中央で停止した。
数分後、接近してきた電車の運転手が暗闇に浮かぶ車体に気づき、甲高いブレーキ音を響かせたが、間に合わなかった。
轟音と共に車は無残に吹き飛ばされ、車内にあった大量の取材資料が夜空に舞った。
【新聞記事より抜粋】
人気作家、踏切で謎の死 自殺か
昨夜遅く、東京都M町の踏切内で、ノンフィクション作家・川田静子さん(48)の乗用車が普通電車と衝突する事故が発生した。車は電車の接近後も踏切内に停止していたことから、警察は自殺の可能性も視野に、慎重に捜査を進めている。なお、遺書などは見つかっていない。
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