第3話・異世界、貰っちゃいました

 大和田 櫻子

 19歳

 高卒新入社員一年目。

 勤務先がブラック企業であるだなんて、聞いていませんでした。

 朝は8時に出社して、勤務終了は運が良いと終電に間に合います。

 二週四休、ボーナスあり。

 でも、休めるなんて奇跡は起こりません。

 ボーナスだって、結局貰ってません。

 何と言いますか、こう、入社してすぐに社畜魂をインストールされたかのように、それが当たり前だと思っていました。


 そんなある日、仕事終わりの終電。

 駅のホームでぼーっとしているところを、誰かに突き飛ばされたような感じがして……。


 私、死んじゃいました。



………

……



 真っ白な世界。

 あ〜、そうか、ここが天国なんだなぁ。

 真っ白くてなにもない世界、これから天国に向かうエスカレーターに乗って、旅立つのですね。

 でも、私の目の前で綺麗な土下座をしている女性は誰でしょうか。



「正直、すまんかったぁぁ」

 

 黒髪の女性は、頭を下げたまま謝罪の言葉を告げている。


「あ、あの、頭をあげてください。あなたはどちら様ですか?」

「私は、あなたの生きていた世界の管理神の一人。オーニ・ソプターと申します」

「はぁ。そのオーニさんは、どうして土下座をしているのですか?」

「実は。あなたは死にました。そして、無慈悲に輪廻転生枠に乗る前に、なんとか頼み込んでこの神域で保護させてもらったのです」

「はぁ。何故、私は輪廻転生枠に乗れないのですか?」


 そう問いかけると、オーニさんはプルプルと震えだした。


「実はですね、あなたは死ぬはずがなかったのです」

「はぁ。でも、電車に跳ねられたから普通死にますよね?」

「それがですね。あなたは跳ねられる寸前、つまり線路に落ちそうになった時に、ある男性に助けられるはずだったのですよ」

「はぁ……でも、間に合わなかったと?」

「ええっとですね、間に合わなかったのは仕方なかったのですが、いや、そこからもうおかしいのですけどね……」


 そこから先は、とにかく説明の雨霰。

 私は線路に落ちる前にある男性に救われて恋に落ちる。

 翌年春に結婚し、一男一女に恵まれる。

 その長男が医者となり、ある政治家を助けることになるらしい。

 その政治家のお陰で、戦争に巻き込まれそうになる日本を救い、世界中に広がりゆく戦禍から日本を守ることになるそうで。

 そして戦争に巻き込まれなかった子供たちの中から、やがて日本を率いる政治家が生まれるそうなのですが、私が死んだ時点で全ての未来が変わったらしいのです。


「つまり、私が死んだので世界が崩壊すると?」

「そりゃあもう、ドミノ倒しのように次から次へと悪いことは連鎖しました。ぶっちゃけるとですね、あと38年後に人類は滅びます」

「はぁ……それって、神の力でどうにかできないのですか?」

「なんとかできますよ。ですので、因果律を変えて貴方の代役を無理やり作って、その人に全て押し付けて歴史の修正を試みました。その結果、世界は救われました」


 成る程。

 それでは、私が死ぬ必要がなかったのですね。

 でも、両親も友達も死なずに済んだのはよかったです。


「はぁ。では、私は生き返ることができるのですね?」

「先ほど申したとおり、貴方は輪廻転生の枠にも乗れず、蘇生もできません。なぜなら、もう元の世界では貴方の代役が存在しており、貴方は『元々居なかった』ことになってますので」


──ガーン

 それはショックです。

 どうしていいかわかりません。


「あ、あの、私の代役がいて、私は元々存在していないのですよね? では、私はどうしてここにいるのですか? 私は誰なのですか?」

「ええ。その件でですね、私たちのトップにお伺いを立てておりました。返答が来るまでは、今しばらくこちらでお寛ぎください」


 そうオーニ・ソプターが説明すると、突然白亜のローブの世界が草原に変わる。

 そこに天使たちがテーブルや椅子、ティーセットを持ってきて、私にサービスを開始した。


「あの、ここは何処なのですか?」

「ここは境界の世界です。正確には神域とか神界と呼ばれるところです」

「はぁ。天国のようなところですか」

「まあ、魂が神に昇華した亜神たちの世界とお考えください」


 懇切丁寧に天使たちが教えてくれる。

 そうか、天国のもう一つ上なのですね。

 そこに私はやってきて、のんびりとお茶を飲んでいるのですね。

 それにしても、なにか身体が軽い。

 心はまだ落ち着いていないけれど、体の疲れや肩のこりは全く感じない。

 体の毒素が抜けるって、こう言うことを言うのですね。

 

 しばらくのんびりていると、オーニ・ソプターがスッと現れた。


「あ、お話終わったのですか?」

「ええ、まあ。それでですね、貴方には他の異世界転移者よりも破格な対応をしなさいと言われました。ですので、貴方の望むものを差し上げますので、それを持って別世界に転移していただきたいのですよ」


 流れる汗を拭きつつ、ペコペコと頭を下げるオーニ・ソプター。よく見ると右目のあたりに巨大な痣ができている。

 ああ、これはきっと上司からの鉄拳制裁なんだなぁ。

 神様の世界も大変なんだなぁ。

 でも、なんでも欲しいものをと言われても、どうしていいかわからないですよね? 欲しいものはありすぎますけど、それで幸せになれるかどうかなんて分からないですからね。

 それに、何処にいくのかも聞いていませんし、どんなものが必要かも分からないですから。


 あ、そうか?

 それなら欲しいものはありますね。


「オーニ・ソプターさん、何でもいいのですか?」

「は、はい。では早速ベルを用意しますのでお待ち下さい」


 ベル?

 それは何かと思いましたら、オーニ・ソプターさんはハンドベルを一つ何処からともなく用意しました。


「それはなんですか?」

「これは『受諾の鐘』と言います。貴方が望むものを告げた時、私がこれを鳴らすことで創造神権限でそれは認められます。一度しか鳴らせませんから慎重にお願いしますね」


 オーニ・ソプターはそう告げて鳴らす準備をする。

 何を言われても、鳴らして構わないと創造神から言われているのである。


「では、私の欲しいものを伝えますね。世界をください。そして私にその世界を自由にできる権利をください」


──カラーン

 すぐさまオーニ・ソプターがベルを鳴らす。

 そして呆然とした顔で櫻子を見た。


「え? それって神様だよ?」


『大和田櫻子、汝の願いは受諾された……オーニ・ソプターは正座一ヶ月な』


──ブホッ‼︎

 涙を流しながらオーニ・ソプターが後ろに倒れていく。

 それと同時に、櫻子の全身が輝き始めた。


『おめでとう大和田 櫻子さん。貴方はなんでか分からないけれど世界を管理する権限を得ました。流石にいきなり神様にすると不味いので種族は『亜神』となり、不滅の身体を『創造魔術』を差し上げます』



 優しく聞こえてくる創造神さまの声。

 ありがとうございます。

 櫻子は、新しい世界でのんびりと生きることにします。


『まあ、気負わなくていいからね。貴方が管理する世界は小さな一つの星。星と言っても丸くなくてね、平面上に広がる世界。ファンタジーな世界の管理権限を上げるので、そこで自由に生きなさい……』


──フワッ

 体が宙に浮く。

 そして意識がゆっくりと消えていく。


[貴方の名前は、サクラコ・オオワダ。異世界転生初期装備を初期スキルパックも差し上げますので、頑張ってくださいね』


 そうして私は、異世界に旅立ちました。

 そこがなんと呼ばれているのかなんて知りません。

 でも、多くの命があり、文明があるファンタジーな世界。


 私は今日、異世界を貰っちゃいました。



〜FIN

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