吟遊詩人ミィン・メインが語ります

呑兵衛和尚

第1話・TS武蔵坊弁慶、異世界で若君と天下を取る!

「もはや……これまでか」


 全身に大量の矢が突き刺さり、溢れんばかりの血を流しながらも、武蔵坊弁慶は、その場を離れることは無かった。

 奥州・藤原の居館である衣川館きぬがわのたて、その奥では彼の主人である源義経が、まさに最後を遂げようとしている。

 義経の首級を狙うものより主人を守るべく、弁慶はその場から離れることは無い。

 ただ、主人の首を明け渡すこと叶わぬと、最後の膂力を振り絞り命果てるまで主人を守るべく、まさに命の壁となっていたのである。


――ゴゥゥゥゥゥゥゥ

 やがて、背後の館から火の手が上がるのを確認すると、弁慶は口元に笑みを浮かべる。


「主君、源義経殿……願わくは、来世でもあなたの元にて、共に天下を狙いたいと思います……」


 そう口ずさむと同時に、弁慶は静かに瞳を閉じる。

 これがのちに語られる、弁慶の仁王立ちであった……。


………

……


『弁慶や、聞こえますか……

 そなたの忠義、見事でした。

 ゆえに、これは私たちからの贈り物。

 そなたの願いをかなえて差し上げましょう』


 魂となりはて、輪廻転生の川へと向かう弁慶。

 だが、彼の頭上から優しく語り掛ける声に、彼は天を仰ぐ。


「これは……阿弥陀如来さま……私の願いをかなえて頂けるのですか?」

『ええ。貴方には新しき地にて、新たな体で、主人を護らなくてはなりません。そなたの主人もまた、新たな地にて生まれ変わり、そして非業の死を遂げようとしています……』


 輪廻転生の果てにても、義経はまた命を狙われ、まさに絶体絶命の危機であるという。

 その話を聞いた弁慶は、天に叫んだ。


「今すぐ、我を新たな地へいざなってくれ!! 我は主に天下を取って頂きたく、馳せ参じなくてはならない……後生です……」


 その叫びとともに、天より幾条もの光が射す。

 それは弁慶の魂を照らすと、その魂を新たな地へと誘った……。


『弁慶よ……かの地の神とは対話を終えています。あとは貴方に、神の加護があらんことを……』


 その声が聞こえたかどうかは定かではないが。

 武蔵坊弁慶、異世界へと転生を行ったのである。


 〇 〇 〇 〇 〇


――ルーカススタット世界・東方辺境大陸・クルスカルラ王国

 その地は戦乱に包まれていた。

 異世界からの侵略国家を退けて、はや80年。

 かつては侵略者たちと戦うべく、トゥーバソージ国とその周辺諸国は一致協力していたのだが。

 勇者たちの手柄により侵略国家を退けたのち、彼らは静かに大陸の覇権を争い始める。

 トゥーバソージ王国は周辺諸国を吸収しつつ、さらに領地を広げるべく北東の蛮族の国へと派兵。

 ムツオーシュ国に逃れた反政府軍を討伐すべく進軍を開始。

 やがてムツオーシュ国とトゥーバソージ国との国境都市ナゴッソ沿いにて反乱軍の嫡男であるシャナを捕縛。反乱軍の勢力分断のため、シャナの処刑が決まる。


――そして、処刑当日。

 まだ10歳と幼いながら、優れた才を持つシャナ。

 トゥーバソージ国での処刑方法は、白洲での断首であり、シャナもまた後ろ手に縛られたまま白洲に座らされている。

 

「さて、サリンドゥが主君、カズッサが一子、シャナよ。貴様を処刑する」


 罪囚斬首役人・ヤマッダが口元に笑みを浮かべながら、傍らに座るシャナに語り掛ける。

 サリンドゥ家最後の血筋、反乱軍の希望であったシャナの断首刑ということもあり、周囲には大勢の人が集まり、その瞬間を心待ちに待っている。

 

「好きにすればいい。だが、私は死なない……」

「ふん、妙なことを……すでに貴様の命を助けるものなど、どこにもおらん。今、この瞬間にも、助けが来てもよさそうであるのに……わかるか? 貴様は売られたのだよ」


 国境沿いの屋敷に隠れていた時。

 普段ならつかず離れずで世話をしていた侍たちの姿が見えなかった。

 ただ、『嫌な予感がします……若はここでじっとしていてください』という言葉を残し、侍たちはシャナの側を離れていく。

 その半刻ほどのち、突然屋敷が燃え始め、慌てて飛び出したシャナは待ち構えていたトゥーバソージの武装侍により捕縛されてしまったのである。


「……それでもいい。私を売るだけの理由があったということだ。それで彼らが救われるのなら、私はそれでいい……」


 悟ったような笑みを浮かべるシャナだが、

 その眼の前に、幾つもの侍の首が転がって来る。

 それらは全て、シャナに付き従っていた者たちの生首。

 どれもこれも、悲痛な表情で絶命している。


「はーーーっはっはっはっはっはっ。こいつらはなぁ、家族が人質に取られていたから貴様を売ったんだよ。まあ、その家族はすでに、我らが郎党の手により隠れ里ごと燃やされたがなぁ。楽しかったぞ、こやつの娘など生きたままなぶられ、そして着衣に火を付けられて焼き殺されたのだ……すべては、サリンドゥに使えていたという罪故になぁ……」

「……貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ギロリと嬉しそうに眼を動かし、大きな口を開けてシャナに向かって叫ぶ。

 立ち上がり駆け寄ろうとするものの、すぐに横に立つ役人の持つ六環錫杖により打ち据えられ、再び座らされた。


「そうだよ、その表情だよ……ああ、いい……大切なものを奪われ、踏みにじられた表情……いい。その顔だけでいきり立ちそうだよ……本当に残念だ、貴様が罪人でなければ、我の囲い者にしてあげたものを……」


――スラリ

 傍らに置かれた斬首刀を引き抜くと、シャナの真後ろに立つ。

 ついに処刑が始まる、誰もがそう思い固唾を呑む。


「それでは……サリンドゥが嫡子、シャナの断首をおこなう!!」


 役人が書状を読みあげ、そしてシャナの前に捨てられる。

 そこに記されている罪はただ一つ、『天命』。

 サリンドゥ家が亡ぶのも、全て天命である。

 そう告げていた。


「それでは、いざ!!」

「ヒャッハァァァァァァァァァァァァァァァ」


 ヤマッダが斬首刀を振り上げ、今まさに振り下ろそうとしたその時。


――ズッバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ

 ヤマッダの肉体が、頭上から真っ二つに分断された。

 左右に分かれた頭、その眼が最後に見たのは、自身の身体を真っ二つにした巨大な薙刀。

 やがて大量の血しぶきが噴き出すと、シャナは突然現れた『巨躯の女性』に担ぎ上げられる。


「間に合いましたか、わが主君よ……」


 穏やかな瞳でシャナを見つめる女性。

 彼女こそが、新たな地、新たな肉体を経て転生した『武蔵坊弁慶』であった。

 晒し巻の胸元を隠すような着物を身に纏い、右手には巨大な薙刀を構える。

 その姿を見て、白洲には大勢の武装侍が駆け込んでくる。


「貴様、一体なにものだ!!」

「サリンドゥ家の手の者か、シャナをそこに捨てていけ、さすれば貴様の罪は問わぬ」


 各々が刀を構え、シャナを担いだ女性を牽制する。

 だが、そのような、腰の入っていない脅しなどが、彼女には通用するはずもない。


「サリンドゥ家……ああ、笹竜胆のことか。ふぅん、笹竜胆の紗那……まさしく、我が主に違いありませんな」


 そう嬉しそうに呟く女性に、担がれていたシャナが優しく問いかけた。


「貴殿、名は何と申す?」


 そのシャナの問いかけ、その姿に、かつて京の五条の大橋で邂逅したときを思い出す。


「拙者は……ムサシ。ええ、ムサシとお呼びください。遥かな時を越えて、今一度、そなたに使えるべく馳せ参じました」


 涙が出そうになるのを、ムサシはグッと堪える。

 そしてシャナを拘束していた縄を片手で引きちぎると、再び左肩にシャナを座らせた。


「そうか。ではムサシよ、我の元に使えるのを許す。まずは、この危機を乗り越えて見せよ」

「仰せのままに……」


 ムサシの頭に半ばしがみつくように捕まるシャナ。

 そしてムサシもまた、全身に膂力をみなぎらせると目の前の侍たちへと駆けていった。


………

……


 これがのちの世に伝えられしサリンドゥ家の反乱の始まりである。

 のち、この大陸はサリンドゥ家により統一され、その傍らには巨躯の女侍ムサシの姿があったと伝えられている。

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