第21話 拷問部屋


 暗くて、狭くて、冷たい。





 そんな感想が両立する機会は十数年ぶりだな。


 ここに来てから、意識をなくしたフリをし始めてから、手足を縛られてからどれぐらい時間が経っただろう。晩飯食ってないから腹減ったなぁ。母さん、家出るときに「今日は三人が好きなグラタン作る」って張り切ってたな。グラタン好きなのは紺七だけなのに。

 スマホとか荷物とか全部置いてきちゃったなぁ。カバンの中の財布、お金盗られてなきゃいいなぁ。


「随分と時間がかかったな」


「かっかするなよ、ルシファー」


 初めて誰かの声がした。同時に何かが転がってきた。うっすらと目を開けて確認すると、白髪の頭頂部しか分からなかった。


「貴様の求めている青年の捕獲のために、青年の気配を漂わせているこやつを捕まえさせた。回りくどいやり方だったな」


「成功したんだ。いいだろ? そいつらを起こしてやれ、少なくともエサの方はもう意識が戻っていると思うが」


 首謀者と思われる人物に掴まれてまた放り投げられる。


 ここは大人しく目を開ける。身体に蓄積された痛みが響いた。当然のことながら部分的にしか見えてなかった景色が明らかになる。自分以外にも三人居ることを知る。


 真っ暗な空間。否、僅かに揺らいでいるように見える。そして毒々しい。そして無限に広がっているわけではなく、摩訶不思議な部屋のようにも、手入れがされていない物置のようにも感じられた。


「……、フュリムさん!」


 先ほど転がってきたのはマーティの兄さんだった。手足が縛られていて、芋虫のように体を伸縮されて近くに寄り添うと、仮面をつけている男に背中を踏まれる。


「動くな、人間風情が」


「アニメのセリフみたいだな。おっさん」


「しゃべるなヒューリンズ(=非魔法師)の分際が!」


 踏まれる力がさらに強くなって内臓に痛みが走った。思わず声を上げる。

 その声でフュリムさんの体がビクッと動いて、やがて起き上がった。


「お目覚めかね、我が息子よ」


 少々寝ぼけまなこだったフュリムさんは一瞬にしてハッとなり、男のいる方を向いた。そしてまるで怖がるようにしながら「……アンタは」と。


「我が息子よ。覚えていたかな。十八年、いや十九年ぶりになるか。久々に顔を見られて嬉しく思う」


「ヴァニッシュを起こした犯人、オーストラリアで出会った凶悪犯が実の親父だなんて冗談だろ」


「冗談ではない。全て事実、本当に私が起こした事実だ。私が望んだ世界の実現のための」


 男はフュリムさんに顔を近づけて「嬉しくないのか」とほくそ笑んだ。フュリムさんは手足を拘束されていないのをいいことに、男を手で押し出して突き放した。男は残念そうな表情を出しながら声では威嚇するように「あぁ、そうかい」という。

 そして視線と首で黒い翼を持っているヤツに指図して、次の瞬間にはデカい刃が俺の首にフッと当てられた。せっかく起き上がって座れたと思えばコレだ。


 震えた。それしかできなかった。動けば確実に殺される。だから声も出せなかった。


「その青年には手を出すな!」


「こんな状況でも他人の保守に回れるとはずいぶんと余裕じゃないか。自分の心配をしたらどうだぁ!」


 男の指先からバチバチと電流が流れて、フュリムさんを襲った。


「あああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあ‼」


 苦しそうに痛みを受ける。今度は俺が「フュリムさん」と名前を呼んだら、刃が目ん玉に移動した。


「この程度で死ぬような魔法師では無いのだろう?」


「……ラギュアル、どうして……。オレ、たちを、なぜ、こんな、ばしょに連れてきた……!」


 フュリムさんが喋るたびに男が電流を喰らわせて、またカレは叫ぶ。男は今度笑って、面白がっている。


「……お前を殺すためだよ、フュリム。私との約束を守れなかったお前への罰さ」


「アンタとの、やくそ、く……?」


「覚えていないのなら思い出すまで痛みを与えるだけさ。……そこの青年はお前をおびき出すためのエサだ。お前の魔力を纏っていた歴史書を持っていた。こやつを餌食にすれば、お前か、サリエルと共にいる青年のどちらかは現れるだろうと思っていたが、読み通りだ」


「じゃあ、その青年だけでも、解放しろ……!」


 フュリムさんの首筋に男が指を押し付ける。すると微かに煙が上がって、フュリムさんは再び絶叫した。

 もう見てられない。諦めたくないのに、この状況を打開する方法が何も浮かばない。



 何か、何か無いか。出来ること……!



 考えているうちにも状況は変わっていく。

 突然、一筋の短い光が俺に刃を向けているヤツに当たった。ヤツは刃を手から離し、二、三歩下がって、当たった場所を手で押さえていた。


「お前、まだ魔力を持っていたのか……!」


 男が再び激昂し、フュリムさんを強く蹴飛ばした。そして今度は俺の首を掴んでまた睨んだ。俺はその瞳と目が合わないよう必死に顔を背ける。


「怖いか、私のことが」


「……っせぇよ、」


「強がるのも大概に、……⁉」


 俺はヤツの顔がさらに近づいた瞬間を狙って頭突きを喰らわせた。男が少し下がった隙に動きを制限されている足で思い切り腹を蹴った。

 そこでヤツが発動していた拘束魔法でも切れたのだろう。俺は身動きが取れるようになり、すぐさまフュリムさんのところに行く。


「早く逃げましょう」


 俺はフュリムさんの腕を肩に回して立ち上がらせた。その時ポケットから何かが落っこちそうになっていて、布ごと掴んで物を掌に収めた。

 それは小さな槍――三人で持っているキーホルダーについていたモチーフだ。


「……キミだけ逃げるんだ」


 フュリムさんがそれを見て、何か決意を固めたような表情をする。

 最初から逃げることを諦めていたようにも思う。


「何言ってんすか、二人で脱出しないと、外の仲間が心配するでしょう⁉」


「……出られたとしても、またこうなる。オレはどの道、殺される。ならばお前だけでも逃げてくれ」


 短い会話をしているうちに再び男と羽の生えているヤツが牙を向けてくる。


「アレコレ伝えている場合ではない。……マーティが付与した魔力に伝言を詰めてある。戻ったら真っ先にアイツらのところに行って、伝えてくれ」


 マーティから貰っていた魔力と言うものをフュリムさんは手に持っていた小さな槍に与えた。

 完了すると、彼は勢いのままに俺を押し出して「走れ!」と方向を指した。


「逃がすか……!」


 背後から男の声が聞こえる。振り返らずに走る。きっとフュリムさんが食い止めてくれていると信じて。走るしかなかった。


 謎の空間は遠くに走れば走るほど伸びていく。


 羽の生えたヤツが俺を追ってきていた。飛んでこない理由は分からないが、脅すように瞬間移動して距離を詰めてくる。

 ただ、暗いから距離感はまったく分からない。昔、緋彩姉ちゃんが泣きながら父さんに助けを求めていたゲームの謎の空間も、リアルじゃこんな感じだったんだろうな。


 やばい、そろそろ疲れてきたかも。


「レイズ! モッドレイグ・トレンファスト……!」


 遠くからフュリムさんの声が聞こえてきた刹那、俺は突如現れた穴に落ちてしまい、初めて鳥の気分を味わった。


 戻ってきた場所は幸いにも華都の中だった。東区の大きな公園。穴に落ちたけど、その下にあったのが、クッション性のある白い遊具の上だった。上から落とされたボールのように三回ほどバウンドして、滑り落ちた。


「せんせぇ、へんなひとがそらからふってきたぁ~!」


 その様子を水色の帽子を被っている男児に見られ、一目散に逃げられる。


 満身創痍。動くことすらできない。


 走っている時にはずっとあった漲っているあの感覚は、フュリムさんの声が聞こえた瞬間にまるでテーブルクロス引きをしたように消えていった。


 ……なんだか雨が降った後の匂いがする。ペトリコールってコレのことだっけ。ってか、雨なんて降ってたっけ。……俺が攫われたのは夜だったような?

 だめだ、記憶までぶっ飛んでる。


「おにいちゃん、だいじょーぶ?」


 黄色い帽子を被った男児に覗き込まれた。同じ色の帽子を被った子供たちが後二人やってきて、同じことを訊いてきた。


「身体が痛い」


「だ、大丈夫ですか!」


 今度は子供たちを見守っている大人がやってきた。すぐさま病院に電話しようとスマホを出しているところを「ちょっとまってください」と引き留めた。


「今日って何月何日ですかね……」


「今日……ですか。十一月十二日の金曜日、ですけど……」


 あ、あらら。

 あれから一週間以上経っている。


 俺はゆっくりと体を上げて、「ご心配とご迷惑をおかけしました」と詫びた。


「おにいちゃんけがしてる!」


「せんせぇ、ばんそうこうもってる?」


 子供たちは純粋な瞳で俺に構おうとする。守ろうとしてくれているのかもしれない。


「大丈夫だよ。ありがとな」


 いつもなら子供たちを安心させるために笑って頭をわしゃわしゃっと撫でるけれど、今はそんなところに気が回せられない。

 俺は立ち上がって、フラフラとした足取りで公園を出て行った。

 通りの木々は紅に染まっていたり、部分的には虚無を晒していたり。季節の巡りの速さを思い知る。




 二つ目の角を曲がったところで体力が切れて再び視界がブラックアウトした。

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