三日月の園-第四章~-

菜凪亥

第四章 前編

第1話 代替品

「今月でまた二件増えたか」


「七月の爆発騒ぎから数えたら八件目ですね。三ヶ月で随分と増えちゃいましたね」


 J2の司令室で業務に勤しむチームメンバー同士の会話。

 SWORD内部の空気感は依然と比べて鬱蒼とし、予断も許さない状況になりつつある。


「J4、また人が来たってさぁ」


「オーストラリアの魔法師だろ? フュリム君がエンジニア一本に転向しちゃって、マーティと三日月君じゃ心もとないって。オーストラリアとの貸し借りをチャラにするテイで来たんだろうなぁ」


 俺たちにはあまり関係ないけど、オペレーターの男が口八丁に言い切る。

 ヴァニッシュの発生から続いている日本支部の人手不足と魔法師の派遣により、J4という臨時部隊が増設された。十月に入り、更に一人増援し、戦力を欠かないようにしている。

 二人は手が空いているのをいいことに無駄話を続けていたところ、司令室のドアが開く。


「おつかれさまデス」


 綿菓子のように甘くてフワフワした女性の声色が司令室に響く。

 ジュリエッタは栗色の髪を手櫛で梳く。オーストラリア支部の黄土色のジャケットを纏っている。手にはUSBが握られていた。


「今から外回りに行くのですが、タシロ副局長より資料を渡すように言われましたので参りました」


 ジュリエッタは近くに居た隊員にUSBを渡す。上層会議で出た内容はこうして内部に開示される。そのUSBさらにリーダーに手渡された。彼は一瞬時計を見て、自身が把握している予定と照らし合わせた。

 上層会議が終わってまだ五分と経っていないことから、田白のシゴデキ度合いに仰天した。


「あぁ、ありがとう。これから一緒に回るのウチの分析官とだよね。よろしくね」


「はい」


 彼女は短い返事と礼をして司令室を出て行った。集中力を損ねた二名のは顔を合わせてニヤニヤしながら「美人だなぁ~」と共感しあう。

 すかさずリーダーが「集中しなさい」と喝を入れた。


 日本に来てまだ数日のジュリエッタは、慣れない地形に四苦八苦していた。

 同じ街の中を渡っているはずなのに、中心部とそれ以外で感じる気温が違いすぎていた。秋口に入り、昼夜の寒暖差のせいもあるだろう。しかしそれが彼女にとっての弱点であった。

 ジュリエッタの魔法は正統的で一見問題ないようだが、彼女のユニックは熱のある環境下に特化したものだった。故にオーストラリアに居た時も七月でありながら季節が反転して冬だったため最大限の力は出せなかった。十月の日本もまだ半袖で過ごせるとはいえ、数週間から一ヶ月経てば急激に気温が下がる。


 上層が彼女に下す指令はあまりにも酷だが、彼女はそんな理由で断るほどわがままが言えるほどの立場になく、今回の増援依頼も苦渋の決断だった。

 SWORDの魔法師たちは今、総力を挙げて闇の魔術師とルシファーの動向を追っている。加えて謎の少年である三日月涙とサリエルの関係性を知りたがっている。そう、魔法師の誰もが日本支部に行きたがっているこの状況でチャンスを手放す方がバカだと判断したまでだった。


 ジュリエッタにはもう一つ。フュリムのことがあった。

 それまで魔法班の名簿の一ページ目に記されていた彼の名前が捲っても捲っても出てこず、やっと見つけたと指を止めたら、エンジニア班に埋もれるようにその名前が置かれていた。



 その真相を知る必要性があった。



 戦友として、彼の代替品として。



『ジュリエッタさん、今どこに居ますか?』


 耳に付けていた通信機から溌溂な少年の声がする。

 戦友の弟であるマーティの声だった。


「えぇっと、今は……。第四中学校って書いてあるところに居るけど……」


『第四……? サポートが聞き間違えたかな。ボクが待ってるの第一中って伝えたんだけどな……』


 ま、いいか。と淡白な返しも聞こえた。


『そっちに行くので少し待っててください』


 通信を切断せずに動き出したのか、耳元で暴風音のようなノイズがする。

 上空が一瞬陰ると、次の瞬間には「やっほー」と肩をトントンと叩かれた。


「ごめんなさい、道を間違えてしまったみたいで……」


「大丈夫ですよ。ボクも最初はそうでしたから。引継ぎ事項は特にないですが、ステルス魔法は忘れずにかけてください」


 日本では許可のない魔法の使用は制限されている。しかしながら緊急時に許可を取っている時間が無駄という判断から、一般市民に見えないように配慮した上でならば認可申請が不要という特例がSWORDにのみ追加された。

 そこに至るまでに何度も頭をさげた人間が居る。日本SWORDからは黒川と田白が、更にはアメリカ本部の上層部までもが総出で日本の防衛省に訴えかけた。相変わらず日本のSWORDはオープンにならなかったが、国を守るための手段に制限を掛け続けるリスクの方が大きいことが伝わり、緩和された次第である。


 それでもまだまだ不自由だ。


「そういえばジュリエッタさんは週末はお休みですよね? 夕方良ければ一緒に街の散策しませんか?」


「誘いは嬉しいけど、スクールが忙しいんじゃないの?」


「それはそれ、これはこれデス! 外勤で街の地形を覚えていないのは結構苦労するし、それに、数少ない兄さんと同期の方ともっと話したいから!」


 マーティは彼女からの答えを聞かずに「じゃあ頑張ってくださいね!」と、力強く踏み込んで飛んだ。空中を数歩歩行した後に魔法で姿を消した。



 

 ジュリエッタは初めてマーティに会った時のことを思い返しながら任務に就いた。

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