24.残った魔骨

 こうして安全な場所で話をしていても、あの時の感覚を思い出すにつけ、アートレイドは鳥肌がたつ。

 実際にアートレイド達は魔骨の力で攻撃されたが、ディラルトが守ってくれていてもその力の強さ、恐ろしさを感じた。

 全てが消し飛ぶあの感覚は、この先どれだけ長生きしたとしても、体験することはないだろう。

「私達が経験したこと、他の人達に……たとえ魔法使いに話しても、きっと信じてもらえないわね」

 ネイロスも、孫娘の言葉に苦笑しながら小さくうなずいた。

 事情を知らない人間が聞けば「あまりにも荒唐無稽な話だ」と、誰もが本当だとは思わず、笑ってすませるだろう。

「竜と出会ったと言っても、信じてもらえないことが多いと聞く。ディラルトや他の竜にしても、自分達のことを触れ回ってほしいとは望んでいないだろう。この件は、我々の胸の内に秘めた方がよさそうだ」

 そうして時間が経ち、様子を見に行けばディラルトの傷は全て消えていた。これが竜の力の一部か、と誰もが驚嘆する。

 だが、まだ意識は戻らない。傷が治ったのだからもう大丈夫だ、と思う反面、様子が気になって誰かがいつもそばにいた。

 今もフローゼが彼に付き添い、アートレイドとシェイナが部屋へ入って来たところだった。ちょうどそのタイミングで、ディラルトの目が開いたのだ。

「すまない、フローゼ。きみには怖い思いをさせたね」

 その言葉に、フローゼは首を横に振る。

「確かに怖かったけど、あれで魔性のひどい計画を止められたんでしょ。おじいちゃんやお父さんや……知ってる人も知らない人も助けられたことになるなら、構わないわ。それにね、私はディラルトのおかげで無事だもん。何も問題はないわ」

 フローゼの言葉に、ディラルトは穏やかな笑みを浮かべた。だが、わずかにその表情が曇る。

「フローゼ、首の傷……」

「え? ああ、これね。ペンダントの紐を、ベグスバーノに引っ張られたでしょ。その時に付いたみたい」

 フローゼの首には、赤黒く太い線がついていた。強く圧迫されたためについたものだ。

「あのペンダントの紐には、竜のひげが使われていたんだ」

「え、そうだったの?」

 それを聞いて、誰もが目を丸くする。

 ペンダントトップが魔骨、つまり竜の骨だということはディラルトに知らされたが、まさかその紐部分にまで竜が関わっているとは、思ってもみなかった。

「ペンダントの制作者は、土に還りきらずに残っていた物を余すところなく使ったんだろうね。だけど、それは普通のナイフを使っても簡単には切れない。あの時、もしベグスバーノが引っ張り続けていれば、フローゼは首を絞められるだけでは済まなかった。魔性の力なら、人間の首くらいはちぎれただろうね」

「そう、なの……?」

 今更ながらに起きたかも知れない話を聞き、フローゼは背筋が寒くなる。

「じゃ、よくあの時に切れてくれたよな。そのおかげでフローゼは助かっ……もしかして、ディラルトが?」

 簡単には切れないはずの紐が、うまい具合に切れた。

 考えてみれば、あまりにもタイミングがよすぎる。

「ああ。ベグスバーノがあんな野蛮な奪い方をするとは、思わなかった。誰も動けない状態の中で、これみよがしにフローゼの首から外すと予想していたんだけれど。その点でも、ベグスバーノは三流だな」

 言いながら、ディラルトがフローゼの方へ手を伸ばそうとした。だが、途中でその手の動きが止まる。

「フローゼ、まだ持っていたのか?」

 あっさり見透かされ、フローゼはどきっとする。だが、竜相手には隠し切れない、とすぐに白状した。

「ベグスバーノにペンダントを奪われたけど、全部じゃなかったの。私も、帰って来てから気付いたんだけど」

 前の物と似たような黒い紐に通され、またペンダントにされた小さな魔骨をフローゼは服の下から出した。

「あの時、紐が切れてペンダントトップが飛んだんだけど、ベグスバーノは三つのうち二つしか奪えてなかったのよ。一つは、私の服の中に入り込んでいて」

 フローゼの持っていたペンダントトップは、大きな玉が一つと小さな玉が二つ。それが連なっていた。

 しかし、ベグスバーノはちゃんと確認せず、二つだけを取り上げて満足していたらしい。大きい玉の方が手に入ったから、というのもあるだろう。

 自分の手の中にある魔骨の気配が強く、残った小さい魔骨の気配には気付かなかったのだ。

 今回狙った分は取り上げた、ということに満足していたのかも知れない。

 小さな魔骨は、折っていた袖の中に入り込んでいた。あの状況で、よく落ちなかったものである。

「ディラルトがベグスバーノの持っていた魔骨の力をあの場で抜いたけど、これは私の服の下にあったから何もされてないでしょ。だから、ディラルトが目を覚ました時に、ちゃんと言おうと思ってたの」

「そう。……そんなに悲しそうな顔をしなくてもいいよ。あの時魔骨が燃えかすになったのは、ベグスバーノの前で魔骨が完全に力を失ったことを見せ付けるためだったんだ。下手に悪あがきされても困るからね。そうされないよう、力を抜いてから、あえて焼き尽くした。本当なら、力を抜くだけで十分なんだ。ちゃんとその形を保たせることはできるよ」

 あの時は、すでに他の魔骨と一緒にされていた。そこからフローゼのペンダントトップだけを取り出して力を抜く、ということができなかった。そこまでの余裕がなかった。

 ベグスバーノの持っていた魔骨を全て焼き尽くした時、フローゼにはかわいそうなことをした、と思っていたのだ。

 たとえ一つでも残っていたのなら、ディラルトにとってはむしろありがたい。

「残せるの? よかった」

 魔性が世界を支配するのに利用するような、とんでもない危険物であったとしても。これはフローゼにとって、大切な形見なのだ。

 できることなら失いたくないが、そんなわがままは通らないだろうな、というあきらめもあった。他の人を危険にさらす、ということに責任を持てないから。

 でも、失われることがないと知って、フローゼは心の底からほっとする。

「こちらも、きみのペンダントを利用させてもらったからね。本来は完全に魔骨を消さなくてはならない、と言われていたとしても、形が残るくらいのことはさせてもらうよ」

「利用って……ディラルトが?」

 フローゼが首をかしげる。

「今回、オレが提案したことだよ。きみが持つペンダントをエサに魔物をおびき寄せて、戻って行った先を見付けるって作戦。まさか魔物がきみごと連れて行くとは思わなかったから、かなり中身の変更を余儀なくされたけれどね」

 魔骨が多く盗まれているとわかったものの、その先を掴めないでいた。ベグスバーノが自分だけの異世界を作っていたせいで、魔骨の気配が届きにくかったせいだろう。

 どうやって魔骨の気配を追うか、と考えていた時、ディラルトはパルトの村へ来たのだ。

 魔骨の弱い波動は、村へ来た時点で感じ取っていた。が、それは表に出さず、まずは情報収集。

 どうやら、魔物がフローゼの魔骨を狙っているとわかり、他の魔骨が盗まれたのもこの魔物達の仕業だろうと推測。これを利用して、盗まれた魔骨の処理を一気にしようと考えた。

 うまく話をもっていくことで持ち主であるフローゼの承諾も得られたし、作戦がちゃんと遂行されれば、今後彼らが魔物に襲われる危険もなくなる。

 これでディラルトの仕事もはかどる……はずだった。

 しかし、現実には魔骨の持ち主ごと連れて行かれ、予想以上の危険にさらすことになってしまう。ベグスバーノが使おうとする攻撃の力を見て、さすがにまずいと思った。

 自分だけなら、逃げることもできる。だが、自分の案で巻き込んでしまった人間は、絶対に守らなくてはならない。

 増幅されたのは、人間でなく魔性の力。そのため、想像以上のエネルギーにふくれあがり、その力を受けて深手を負ってしまったが、どうにか彼らを守りきることができた。

 だが、そこまで。

 本当なら、ベグスバーノの力、もしくはベグスバーノそのものをディラルトが消すことで、この件は終わるはずだった。

 実際は、そんな余裕も余力もなく。本来の世界へ戻って、ディラルト自身の力は尽きてしまった。

 正直なところ、あの時のディラルトは内心かなり焦っていたのだ。

 でも、その場にいたのは、自分だけではない。アートレイドという魔法使いがそばにいてくれたことで、無事に全てが解決した。

「だから、ベグスバーノの前へ出る時、巻き込んですまないって言ってたのね。私は利用されたって気はしてなかったけど。それに、私がさらわれたのは、誰にとっても想定外でしょ。ディラルトが申し訳ない、なんてことを思っているなら、そんなふうに思う必要なんてないわ」

「ありがとう、フローゼ」

 柔らかな笑みを浮かべるディラルトに、フローゼの横で少し思い詰めたような表情のアートレイドが声をかけた。

「なぁ、ディラルト。この魔骨から力を抜くの、少し待ってくれないか」

「……どうして」

「この力を使って、シェイナにかけられた術を解きたいんだ」

「アート……」

 初めて聞く話に、シェイナが一番驚いていた。

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