19.黒幕

「ユーリオンさんに見せてもらった魔法書にあったの。すごいでしょー」

 ねこの姿では表情がわかりにくいが、人間の姿なら歯を見せてにっと笑っていそうだ。

 アートレイドがシェイナを元に戻す方法を探っている間、彼女はずっとユーリオンが貸してくれた魔法書を読んでいた。

 その中で新しい魔法を発見し、早速使ってみたのだ。

「シェイナ、すごいわ。お父さんの魔法書を読んで、すぐに使えるなんて」

「えへ」

 フローゼがほめる。年下でも、姿がねこでも、まともな攻撃魔法が使えるシェイナはすごい、と心からそう思えた。

 ほめられたシェイナは、自慢げに胸を張る。兄より余程ちゃんとほめてもらえるので、こんな状況ではあるが嬉しい。

 ディラルトの方は、ほぼ全滅に近い数にまで減っていた。数が多くても、彼にすれば大した問題ではないだろう。

 これでこの場から逃げられるかと思ったが、羽ばたく音がして新手の魔物が現れた。

「くそっ……さすがに巣窟にいる魔物は半端な数じゃないってことか。こんなのをずっと相手にしてたら、俺達の体力も魔力も保たないぞ」

 しかも、今度は黒い羽の魔物ばかりだ。アートレイドやシェイナでは歯が立たない相手。よりによって、面倒なタイプの魔物が現れたのだ。

 魔物の巣窟だから、いつかは現れるだろうと思っていたが、予想より早い。

 さらには、手足が木の根っこの魔物まで現れ、他にも初めて見る魔物が次々に現れた。

 これでは、ディラルトばかりに負担を強いることになってしまう。彼だって体力が無尽蔵にある訳ではないし、このまま逃げられなければ全滅は免れない。

 どうしようか、とアートレイドがディラルトの方を見ようとした時。

「ずいぶん賑やかじゃないか。パーティを計画した覚えはないが」

 その声と同時に、フローゼの短い悲鳴が聞こえた。

 アートレイド達がそちらを振り返ると、いつの間に来たのか、暗い赤の髪の男がフローゼを捕まえている。後ろから抱え込むようにして、フローゼの肩を抱いていた。

 見た目はディラルトとそう変わらない年代のように思えるが、もちろん人間ではない。

 大きく波打つ長い髪に隠れて耳は見えないが、その少し上辺りに羊のような渦巻き型の大きな角があった。その背には真っ黒で大きな羽があり、氷のような薄青の瞳がアートレイド達を値踏みするように見ている。

 いつの間に来たのか、全く気付かなかった。これだけ魔物がいるから気配も隠しやすかったのだろうが、そんなことは言い訳だ。

 こうして見ると、他の魔物とは気配が違う。あの黒い羽の魔物よりも、さらに厄介な感覚だ。

 それより問題は、フローゼがまた魔物の手に落ちてしまったこと。

「誰だ……お前」

 予想はできたが、一応聞いてみる。

「ほう、ずいぶんと偉そうな客だな。勝手に入り込んでおいて、あげくに城の主をお前呼ばわりか」

「城の主か。ということは、さっき魔物が言っていた『ベグスバーノ様』だな」

「ふん、少しは態度をわきまえている奴もいるようだ」

 ディラルトはわざと「様」を付けたのだが、相手は満足そうだ。

 アートレイドもその気配で「もしかしたら」と思ったが、やはり黒幕の魔性だった。この城や空間を作り出し、魔骨を集めている騒ぎの中心である。

「先程から妙な気配がしていたのは、お前達か。誰だ? こんな奴らを城に入れたのは。最初は小さな……そう、お前の気配だけしかなかったぞ」

 ベグスバーノの、フローゼの肩に置かれた手に力が入る。フローゼはびくっと身体を震わせた。その顔は、青ざめている。

「彼女を連れて来た魔物は、別の奴に殺されたよ。邪魔な物を持ち込んでってね。邪魔だそうだから、彼女はオレ達が連れて帰る。騒がしくなったのは一時の賑やかしだと思って、見逃してもらいたいな」

「まぁ、そう言わずにもう少し遊んで行け。急いで帰らなくても、じきお前達の世界もここと似たようなものになる」

「どういうことだよっ」

「人間の住む世界を支配する、という意味なんじゃないか」

 ディラルトの冷静な口調で、アートレイド達は血の気が引いた。

 そういったことをするつもりでは、と想像はしていたものの、それが魔性を目の前にしたことで現実味を帯び、ぞっとする。

「魔骨の力を使って、か。勝手なことを考えやがって」

「ほう、魔骨のことを知っているのか。どこまで知っている……まぁ、そんなことはどうでもいい。そうそう、お前も魔骨を持っていたな。今回の分は、手に入れるまで時間がかかったが」

 フローゼの服の中から、ベグスバーノが長い爪でペンダントを引っ張り出した。

 ユーリオンが作った物はポケットに入ったままだが、とても出せる状況ではない。それは偽物で本物はこっちだ、とレプリカを出したところで、そんな小細工に騙されてくれる相手ではないのだ。

「そう、これだ。大した力はないが、何もないよりいい。たったこれだけの大きさの物に、今まで何を手こずっていたのか。まったく使えん奴らだ」

 言いながら、ベグスバーノは黒い紐を引っ張った。

 わざわざフローゼの首からはずす気はなく、紐を引きちぎってペンダントトップを手に入れるつもりなのだ。

「あうっ」

 だが、紐は思ったよりも強く、ベグスバーノが引けば引く程にフローゼの首を絞める。

「やめろっ! 首が絞まってるだろ。その手を離せっ」

 アートレイドが走り出そうとするが、行く手を魔物に阻まれた。

「この……邪魔をするなっ。お前らなんかに用はないんだ」

 目の前にいる魔物に、アートレイドの拳が飛んだ。そういう行動に出られるとは予想していなかったらしく、殴られた魔物はその衝撃によろける。

 その時、ぷつんという音が聞こえた。同時に、ペンダントの白い玉が床に跳ねた音が響く。

 紐が切れたのだ。床に落ちて跳ねた玉は、ベグスバーノが素早く掴む。

「やれやれ。手間だった割に、手に入った物は予想より小さかったか。まあ、いい。お前達、あとは好きにしろ」

 目的の物を手に入れたベグスバーノは、フローゼを突き飛ばした。

 床に倒れたフローゼは、それまで首を絞められていたこともあり、ひどく咳き込んでいる。

 その彼女に、アートレイドとシェイナが駆け寄った。

「フローゼ!」

「だ、だいじょ……ぶ……」

 言葉が切れ切れになりながらも、フローゼは何とか無事なことを知らせた。

 ベグスバーノはもうこちらを見ることもなく、さっさとその場から立ち去ろうとしている。

 追い掛けてさっきの魔物のように殴りたいところだが、アートレイド達は再び魔物に取り囲まれていた。

 当然だろうが、逃がしてくれる気は一切なさそうだ。

「遊んで行けとは言われたけれど、ゆっくり遊んでいる時間はないんだよなぁ」

 ディラルトの声には、緊張感がまるでない。この場に全くそぐわない口調だ。

 だが、ディラルトがその言葉を発した次の瞬間、アートレイド達に近付こうとする魔物の動きが突然止まった。

「え……何? どうして魔物が急に動かなくなったの?」

 シェイナは、自分を捕まえようとしている魔物の手から急いで離れる。だが、魔物が追って来る様子はない。

 床にいた魔物はそのまま、宙を飛んでいた魔物達は羽を動かさないので次々に落下した。

 その下にいる仲間を下敷きにしているが、誰もつぶされた時の悲鳴さえ発することがない。

「一時的に魔物の動きを止めた。数が多いから、そう長くは保たない。今のうちに、ここを抜けるぞ。フローゼ、走れるかい?」

「は、はい」

 フローゼはアートレイドの手を借りて、何とか立ち上がる。

 ディラルトに促されるまま、アートレイド達は魔物の間を縫って走り出した。

☆☆☆

 ディラルトは、魔骨の気配を探っていた。

 恐らく、ベグスバーノは奪ったフローゼのペンダントを他の魔骨とひとまとめにするだろう。なので、今の状況でもベグスバーノの後を追っているようなものだ。

「本当はきみ達を先にここから逃がしたいところだけれど、ベグスバーノが向こうの世界への入口をふさいでいると思う。そうしていないとしても、この場で別れて行動するのは危険だ。絶対にオレから離れるなよ」

 薄暗い城の中をあちこち歩き回り、アートレイドにはどちらが城の入口だったかがもうわからないでいる。

 途中まで気を失っていたフローゼにはわからないし、シェイナも道順を覚えている余裕なんてなかった。フローゼとはぐれないよう、必死だったから。

 それに、さっき部屋だった場所が、いきなり広間になるような城なのだ。覚えていたとしても、今となっては城全体の構造が大きく変わっているだろう。

「ディラルト、魔骨のある場所へ向かっているんだよな? 気配、感じる?」

「ああ。強い力だ。正直なところ、見るのが怖いよ。一体、どれだけ集められているんだか」

 ディラルトの口調は軽いので、どこまで本気か判断できなかった。

 しかし、たくさんの魔骨があるということは、その力を利用されればとんでもない大きさのエネルギーになる、ということ。

 ……どんな大きさになり、どんなことができるのか、アートレイドには想像すらもできない。

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