第6話 報告、鏡とアップグレードの危機
ほとんどへたり込んでしまった佐藤亮太くんをほぼ引きずるようにして、私は主棟の生徒たちの好奇と疑惑の視線をまともに受けながら、旧校舎三階の部室へとさんざんな姿で逃げ帰った。
「バタン」とドアを押し開け、私たちは文字通り転がり込むようにして中へ入る。
最初に駆け寄ってきたのは鈴木淳之介だった。メガネの奥の目が緊張と心配でいっぱいだ。「き、君たち大丈夫か!? さっき監視していたら、君たちの近くのエネルギー数値が急にAクラスまで跳ね上がったんだ! それから急降下も! ど、どうしたんだ!?」
白石千夏がペンを置き、冷静な目で私たち二人を見たあと、私の手にある微かな緑色の光を放つ探知機に向けた。「高強度の空間歪曲現象に遭遇した? 持続時間は約7分13秒(エネルギー波動曲線より推算)。トリガーとなるルールや破解法は見出せたか?」
神原美羽部長は腕を組み、自分のデスクにもたれかかっていた。鋭い刃物のような眼光は、まず魂抜けた様子でドア枠にすがりながら地面にへたり込んでいる亮太を一瞥し、それから私にピタリと止まった。「千早、説明を。詳細な経過を。一切の細節を省かずに。ついでに、あのバカ者の醜態も含めてよ」毒舌ともとれる口調だが、眼差しには細やかさと信頼感が宿っており、いい加減な対応は許されない。
私は大きく息を吸い、まだドキドノと激しく鼓動する胸を軽く叩きながら、遅れて襲ってくる恐怖を必死で押さえ込み、言葉をまとめた。
「部長、皆さんへ報告します」できるだけ落ち着いた声を出すよう心がける。「昼休み、私が佐藤先輩に付き添い、主棟の売店へ向かいました。主棟四階の東側廊下を通過中、いわゆる『幽霊壁』を疑う空間異常現象に遭遇しました」
私は詳細を語り始めた。
「環境変化:初期の感知は、廊下が無限に延長し、前後の出口が消失。周囲の環境音(中庭の喧騒)が完全に消え、絶対的な静寂に陥る。視覚的には教室の札番号が繰り返し循環(401-403ループ)。窓外の景色が凝固。空気が重く、チョークの粉と古い壁紙の匂いがする。携帯電話の電波は途絶え、時間表示は停止。」
「突破試行:ドアや窓の押し引きはすべて無効。溶接されたか、空間固定されたかのよう。大声で助けを呼ぶも応答なし。」
「細節と破解:鈴木先輩から提供された携帯型EMF探知機を使用。異常区域内では、同装置は持続的な赤色の高頻度点滅を示し、強エネルギー場の存在を示唆。探知機を移動させエネルギー波動の最強点を探り、最終的に廊下の壁に、不自然に出現した古い姿見鏡を発見。」
ここで、私は一息置き、声を潜めた。「鏡面には私と佐藤先輩の影像が映し出されていた。だが…鏡の中の『私』は表情が異様で、まったく自分らしからぬ、ゆっくりと浮かび上がる冷ややかで不気味な微笑を見せた。」
「佐藤先輩が」―私はまだ震えている亮太を指さした―「極度の恐怖により、誤って鏡を蹴り割った。鏡が破壊された瞬間、異常空間も同時に瓦解し、環境は正常に復旧。探知機の指示燈は緑色に戻った。全経過時間は千夏さんの推算と符合、約7~8分。」
私は一気に報告を終え、部室は一瞬の静寂に包まれた。
鈴木淳之介は素早くパソコンを操作し、データ曲線を呼び出した。「確、確認した! エネルギーピーク値はA-クラス! 波動パターンはデータベース記載の『無限回廊』『幽霊壁』類の現象との一致率65%! だ、だが、ピーク強度と安定性は通常記録を大幅に超えている!」
白石千夏は速やかに記録を取ると、顔も上げずに補足した。「『鏡中の異影』…マニュアルに類似記載あり。但し、多くは『覗き霊』や『ドッペルゲンガー』現象に関連し、単純な空間歪曲との結合出現は比較的稀。鏡中影像の自立的悪意表現は、当該異常が単なる閉じ込めではなく、初歩的攻撃性と意識干渉傾向を有することを示唆。」
「うわあああ! 鏡の中のやつ、マジで恐ろしかったよ!」佐藤亮太はようやく少し落ち着き、泣き声を上げた。「夜奈の笑顔が超不気味だった! 絶対に彼女じゃない! 絶対に幽霊だ! 死ぬかと思った! とっさに蹴り飛ばした俺ってやっぱりすごいだろ!」体裁を繕おうとするが、震える声が完全に本性を曝け出している。
神原美羽は亮太を無視し、軽く机を叩く指を止め、深遠な眼差しで言った。「鏡…また鏡か。昨日は千早が鏡で口裂け女を撃退し、今日はお前たちが鏡を割って幽霊壁を破解した。鏡がこれらの事件で出現する頻度と重要性、異常に高いわ。」
彼女は私を見た。「千早、鏡の中の影像が確かに貴女に向けて笑いかけてきた? 亮太じゃなくて?」
私はあの身の毛もよだつ光景を仔細に回想し、確信を持って頷いた。「はい、部長。非常に明確です。私に向かってでした。何だか… 何かに特に狙われているような感覚でした」あの微笑を思い出すと、背中がまた少し冷たくなったが、私はその恐怖を必死で押さえ込み、「ボスにマークされた」ような興奮感へと変換した。
「狙いか…」神原美羽は沉吟し、表情をますます険しくした。「淳之介、近期的な全異常事件のデータ、特にエネルギー源の指向性分析を、もう一度深度スクリーニングし直して! 重点的に、鏡、反射物関連の伝説とエネルギー残留を排查せよ!」
「は、はい! 了解しました!」鈴木淳之介はすぐに仕事に没頭した。
「千夏、『鏡像』、『ドッペルゲンガー』、『空間歪曲』に関する全事例を査閲し、相互照合して、共通点と破解ルール上の潜在的な欠落或いは新発見を探れ。」
「承知いたしました」白石千夏はすでに立ち上がり、あの巨大な本棚の列へと歩み出ていた。
そして、神原美羽の視線が再び私と亮太に向けられた。まず亮太を一睨みする。「お前については亮太、まぐれで破解したとはいえ、現場での表現は零点! 次またあんなにビビって足手まといになったら、旧校舎の女子トイレ第三個室に縛り付けて胆力トレーニングしてやるからね!」
「やめてよ美羽姉!」亮太は絶叫した。
最後に、彼女は私を見た。複雑な眼差しで。「千早、お前の対応…期待を超えていたわ。冷静さ、観察力、道具の利用、そして決定的瞬間の直感…運の要素が大きいとはいえ、確かに有効だった」彼女は一息置き、声を潜めて、一片の疑いようのない厳しさを込めて言った。「だが、聞いただろう。鏡の中の何かが、お前を狙っている可能性が高い。お前の『招霊』体質は、恐らく我々が考えていた以上に突出している。今から、特別な情況がない限り、単独行動は極力避けること。特に、鏡、水面など、影像を鮮明に映し出すものへの接触は回避だ。わかったな?」
私は唾を飲み込み、頷いた。あのようなものに狙われるのは、恐くないと言えば嘘になる。だが、それ以上に、巨大な謎に巻き込まれた戦慄感があった。
神原美羽は忙しく働く淳之介と千夏を見渡し、窓の外の空を見た。夕日がゆっくりと沈み、空に不気味な暗紅色を染めていた。
「嵐が来るわ、新人」彼女は囁くように言った。その口調には前例のない重々しさが込められている。「そして我々は、その前に、それを見つけ出し、その正体をはっきりさせ、そして…生き延びるための『ルール』を見つけなければならない。」
彼女は視線を戻し、再び鋭く確固たるものに変えた。「全員、警戒レベルを引き上げよ。今日から、部室は24時間輪番制でエネルギー波動を監視する。千早、貴女のマニュアル暗記任務は倍だ! 三日以内に、Aクラス以下の全ルールを倒れるように暗唱できるようになれ!」
「はい!」私は即座に応えた。まるで制限時間付きの高難度ゲーム任務を受けたかのようだ。プレッシャーは巨大だが、それでも私のアドレナリンを激しく沸き立たせる。
超自然部の空気は、完全に変わった。一片の気楽さもなく、引き締まった、戦備のような緊迫感に取って代わられた。
そして私は知っていた。自分が嵐の中心に巻き込まれたことを。あの鏡の中の不気味な微笑みは、あたかも予告編のようだった。
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