第3話 佐藤の弁明

なんで月曜日って休みじゃないんだろう。

金曜日はどうせ悪口言われてるから、月曜日をディスることにした。


「おい、イブ。明日月曜日ってマジかよ」


唐突にぼやっとした文句をイブにぶつける。

イブは汚物を見るような目で俺を見ている。


ヤメロ、見るな。


「何言いたいのさ…」


その疑問、正解。

俺もわからない。


「いや、明日学校なんか行きたくないなーって」


無言。


「はい、黙って行きます…」


イブのため息が聞こえる。

彼女は最近学校に行っていなかった。

しかし、先週の金曜日から再び一緒に行くことを決めたようだった。


急な気分の変化だろうか。

いつも行ってる俺としては社会の悪いとこを詰めたようなあんな場所に行く必要が…。

しかし、そのことを彼女に伝えるなんて俺にはできなかった。


彼女は誰の目にも映らない。


その事実は彼女を孤独にし続ける。

体と精神は俺とほぼ同じ。

食事もできるし、服も着られる。

ただ触れ続けた何もかもが、知らずのうちに忘れ去られてしまう。

この俺だけを除いて…。


学校に行くこと。


学校に行き、同じような見た目の子と同じことを学ぶ。

周りの子と同じように成長していく。

それが彼女にとって唯一、外の世界と繋がる手段だった。


「私だって最近別に行きたくないよ…」


下を向いてショボくれてた俺にイブが話しかけた。


「へー、なんで?」

「だって、別に楽しくないんだもん…」

「ふーん…」


彼女の気持ちが少しだけわかったような気がした。


「よし、じゃあもう寝るよ」

「はーい」


彼女の姿が消える。

彼女はどこへ姿を隠したんだろう。

電気の明かりが消え、目を閉じて​考える。


彼女はいつか俺も見えなくなってしまうんだろうか。

今みたいに彼女の方からスッと消えてしまうのかも。


そうなったら俺はどうするんだろう。

意識が遠くなるのがわかった。


ああ、眠い。


意識が吸い込まれる。


思考は沈む。


消えていく。


そして俺は


意識の底へと


落ちていった…。


​※※※​


谷間が見えた。


朝のホームルームの後。黒板の前。

俺の目の前には嬉しい誤算。


俺がなんで月曜日学校に行きたくないって言ってたと思う?

先週の金曜日、俺、何やったか覚えてる?

覚えてねえだろ、お前ら。


佐藤と喧嘩。


あのクソ、俺が保健室にいる時、先生と二人で話し込んでやがった。

先週は保健室からバックれて帰ってきたが、先生から電話が来てたのを覚えている。

あの野郎、絶対俺に不利な証言を先生に吹き込んだに違いない。


そんで目の前。


腕を組む山本先生が仁王立ち。

彼女の浮ついた服に沿ったボディラインが俺の反省をそり立たせていた。


「初めから、聞きますね。なんで喧嘩になったの?」


当然の質問。俺は即座に異議を唱える。


「佐藤くんが嫌なことをしたからです」「肇が嫌なこと言ったからだろ」


かぶった。先制は取れなかったようだ。

次だ。

初手で先生を味方につける。


「うん、じゃあ佐藤くんの話は聞いてるから山上くんからどーぞ話して」


来た。こうくることはわかっていた。

先生もこのクソの一方的な意見にうんざりしていただろう。

舞先生には俺のテクでイってもらうことにした。


「その前にいいですか?」

「何?」

「佐藤くんに謝りたいんです」


初手成功。


これで俺の優位は不動のものとなった。

これを決めた後だと話の進み具合がまるで違う。

舞先生は、俺を一つ上に置いた状態で話を進めなくてはならなくなる。


これが俺のテクその一。


――サキニアヤマル


この技を決めた後、「でも佐藤くんはなぜ手を出したのか」を延々と問いただせばどうなるか。

そう、佐藤は何も言えなくなる。

舞テンテーは多分一応引き分けで終わらせるだろうが、どっちが勝ったかは一目瞭然。

彼女は俺を讃え、スプラッシュすること間違いなしとなる。


ほら、舞。

早く俺にゴメンナサイを言わせてくれ。

そして俺の目の前で股を開いて吹いちまえ!


「うーん、じゃあ佐藤くんも謝って、仲直りしちゃおうか!」


おい、舞。

お前なんで俺の敷いたレールから外れたがる?

お前それ言って佐藤が「うん」なんて言ったら​どうするよ。

引き分けが確定しちゃうじゃんよ!


『別に無理して言わなくていい』


この言葉は言えない。

俺が言うと「なんか意地張ってんな…」って感じになり立場が逆転する。

このクソ、絶対に「うん」なんて言うんじゃねーぞ。

言うな言うな言うな言うな言うな言うな。

言うな!


「うん」


言ったー。

言ってしまった。

これで佐藤と俺のドローが確定。

次回また同じ目線から試合がスタートする運びとなった。


俺は今日という日を絶対に忘れない。

いつかあのゲロゴリラを正々堂々と殺すことを神に誓った。


神よ、我に与えたまえ…。


そして、俺は階段を降りようとする佐藤の背後に近づいた。


※※※


給食時間中、朝起きたゲロみたいな出来事を思い出していた。

すると小南ちゃんが話しかけてきた。


「佐藤くんと何かあったの?」


天使がそこにいた。

聞いてる内容はクソくだらないが俺を心配してのことだろう、答えることにした。


「ちょっと色々あってね」


うん、スマート。


「さっき佐藤くんが、肇くんに、先に謝らせたとか言ってたよ」


殺す!


あのクソ、俺が言った言葉そのまま鵜呑みに​して、みんなに言いふらしやがった。

この瞬間、一転して俺は不利になる。


先手を取られた――


俺は見誤っていた。

あの試合の後、その後が本番だったんだ。

ゴメンナサイした瞬間、その瞬間から次のゴングは鳴っていた。


考えろ、肇。考えるんだ。

この状況から逆転する方法を。

今ここにいるのは、小南ちゃんと俺、あとなんか卵焼き盗み食いしてる浮遊女だけ。


​思考を研ぎ澄ませるんだ。

次の発言。

​次の発言で小南ちゃんの中の俺と佐藤の上下関係が決まってしまう。

絞り出せ。

この状況を好転させる一言。

小南カーストで俺がバラモン(最上位)になる一言。


その一言を見つけた――


「うーん。ほら、佐藤くん子供だから…ね?」


これが正解。

佐藤くんは子供という余計なひと言をつけて、相手にその後を察せさせるという高等テク。

これを聞いた相手は「佐藤くんが勝手に言っているだけか」と、

その後の話に興味を持たなくなる。

さらに言えば、佐藤の株が落ちればなお良し。


どうだ小南。

佐藤に興味なくなったろう。

どうだい?

あそこは濡れてきたかい?

おじさんとほかの楽しいことして遊ぼうじゃないかあ、コ、ナ、ミ。


「ふーん。そうなんだー」


天使の目が少し細くなった。

これはどういう意味だ。何かトチったか?

この目、見覚えがある。

それは、――軽蔑。


そう軽蔑。

俺が学校に遅れそうになった時にする母親の目、そのものだった。

間違いない、このアマ、俺のクソババアと同じ目をしてやがる。

人が困っていても絶対に助ける気のないあの蔑んだ目。

このメスガキはその目をしていた。


「えっ?なんか変なこと言った?」


トチった。

慌てて、発言してしまった。

墓穴を掘るとはこういうこと。

相手をカチンとさせるようなことを言ってしまった。


「いや、別っにー」


心が泳ぐ。

確実にストライクゾーンの下に入った。

次のボールをストライクに決めなければ確実に死ぬ。

俺は次の一球に全てを捧げた。


「これ、食べない?」


これが俺のテクその二。


――エヅケ


これは、以前にも何回か見せたことがあると思う。

知らない人は、一話から読み返してみてもらいたい。

イブがアホヅラ晒しながらチョコを頬張っているシーンが思い出されることだろう。


このように、常に俺はロイブのチョコを懐に忍ばせている。

この能力は、相手の機嫌がいい時に使うのがベストだが、今は仕方がない。

やってもやらなくても、嫌われる時はどうせ嫌われる。

頼むから、機嫌を直してくれー!


「いらない」


クソがああああああああああ。

そもそも、なんで被害くってねえお前がなに勝手に人見下してんだ?

クソ、頼むからチョコちゃん食べておくれよ。

食べてください。

食べて。

お願い、食べよ?

食べろよ。

食べれ、オラァ!


歩いて一塁に向かう小南ちゃんの背中が見えた。

俺はスタンドに飛び込むボールを見送った後、負け犬の如く下を向いた。


下を向いたその先には…


唐揚げと卵焼きのない弁当箱だけが


そこに取り残されていた。

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