1-3.やっぱり、あの家は優遇されてるのか

「ラーク殿、この度は騎竜との契約、おめでとうございます。それでは事務所に案内します」


 幼竜を肩に載せた竜騎士見習いが、ラークの前に進み出る。竜はまだ成人していないため見習い扱いだが、彼は学院生ではなく、二年前に卒院し第十二騎士団に所属していた。竜騎士の制服がよく似合っている。


「お、お願いします。コルト先輩!」


 深々と頭を下げるラークに、コルトはにこりともせず「ついてきてください」とだけ言い放った。


 その淡々とした対応に場の空気が悪くなるが、ラークは気づかない。

 涙をこぼしながら、彼は先を行くコルトの背を追った。


 ふたりがミルウスとメルナーの前をゆっくり横切る。

 メルナーが息をのむ気配が伝わり、ミルウスの身体がぎこちなくこわばった。

 かつてミルウスの学院内護衛を務めていたコルト・セーレスは、硬い表情のまま彼らの前を静かに通り過ぎていく。


 ふたりの視線は交わらぬまま、ミルウスの視界から消えた。


(コルト……)


 ミルウスは俯きそうになるのを必死にこらえる。


 コルトはミルウスより二歳年上だった。メルナーと同じく、己がミルウスより先に騎竜契約してしまったことをずっと気にしている。


 ことあるごとに「申し訳ございません」と頭を下げ、「ミルウス様と共に卒院したい」と、彼は騎士団からの入団要請を無視し続け、在籍可能年齢ぎりぎりまで学院に残った。


 しかしミルウスは騎竜契約を果たせず、コルトの望みは叶わなかった。

 コルトが二十二歳に達した年度末、彼ひとりだけが先に卒院し、第十二騎士団へ配属されたのである。

 卒院式の日、己の幼竜に向かって[三人で一緒に卒院したかった]と語っていたコルトの声を、ミルウスは偶然耳にし、己の不甲斐なさを心底呪った。


 自分が騎竜契約できないばかりに、学院内護衛を命じられたふたりに余計な気苦労ばかりをかけてしまっている。「申し訳ございません」と言いたいのは、むしろミルウスの方だった。


 目を合わせるのは難しい。だがせめて……堂々と天を仰いでいたい。

 ミルウスは唇を強く噛みしめ、空を見上げた。


 夏が近いからか、帝都の空は澄んだ青に染まり、どこまでも高く広がっていた。

 天を見上げていたミルウスの耳に、学生たちの会話が届く。


「ラークのやつ、派手に泣いてたな」

「紅緋竜と契約できて、竜騎士見習いになれたのがよほど嬉しかったんだろ?」

「だろうな。……あいつ、今年で十八になるだろ? 親から『十八までに契約できなければ竜騎士はあきらめろ』って言われてたらしい」

「まあ普通は、そのあたりで見切りをつけるよな」

「弟たちも学院に通わせたいから、そろそろ卒院して働かないといけないって話だ」

「そうなのか。それは知らなかった。ということは、ラークにとって今回が最後のチャンスだったわけか」

「そういうこと」


 囁き声が少しずつ広がっていく。

 ラークの事情は初耳だった。

 彼もまた、今年度が最後の年だったのか……とミルウスは胸の内でつぶやいた。


「騎竜を獲得できたら、竜騎士見習い用の必須講座をさっさと修了して、一気に卒院、そして第十二騎士団に入団かぁ……」

「卒院点はもう余裕で超えてるっていうから、必須講座だけだな」


 帝立フォルティア上級学院の在籍可能年齢は十一歳以上二十二歳以下。

 その範囲なら、いつでも入学・編入ができる。時間割制ではなく、各自が自分のペースでコースごとに指定された必須講座や興味のある講座を修了し、卒院点に達すればいつでも卒院できるという、自由度の高いシステムだ。


「十八か……おれはあと二年だな」

「オレは来年で結果を出せって言われた」

「そうだよな。十八で契約できなきゃ、普通は諦めるよな」


 家庭の事情や専攻コースにもよるが、十八歳前後から卒院する者が増えてくる。

 ラークのように期限を突きつけられるケースも珍しくはない。


 特に竜騎士を目指すコースは、競争率の高い狭き門とされていた。

 騎乗可能な騎竜の数が圧倒的に少なく、受け入れ人数を絞っていることも原因のひとつである。


 しかも、騎士としての才覚は前提条件。騎竜を乗りこなすには特殊な才能と豊富な魔力が必要で、さらに小柄な体格、そして何より竜に好かれる資質――どれか一つでも欠けていれば竜騎士候補生にはなれない。


 竜そのものが気難しく、乗り手を選ぶ。

 こうした事情から、途中で竜騎士コースを断念し進路変更する学生も多い。

 本人が決めることもあれば、指導教員が別の進路を勧める場合もある。


 たとえば竜舎で世話係として働いたり、竜より扱いやすい翼竜ワイバーンの乗り手を目指したり、第十二騎士団の他部門に所属する道を選ぶ……といった具合だ。


「どこかの家は別なんだろうけど……」

「心配する必要なんてないんだもんな」

「だよな。のんびり、ギリギリまで在学できるなんて、あの家門くらいだ。羨ましい」

「羨ましい? いや、粘りに粘って引き延ばしたけど、やっぱり竜には選ばれませんでした……って、かえって惨めだろ。オレならそんなの嫌だね」

「色んな講座に顔を出して、ダラダラと時間稼ぎ……みっともないよな」

「学院に残るのは勝手だけど、いい加減現実に気づいて、他の希望者に席を譲ってほしいよな」


 竜騎士クラスに一定数以下の欠員が出た場合、竜騎士候補生の追加募集が行われることもある。

 その枠を譲れということなのだろう。

 講師が若い竜騎士との会話に気を取られている隙をついての私語。

 名前は出していないが、誰のことを言っているのかはすぐにわかった。


「……やっぱり、あの家は優遇されてるのか」

「身内にはどうしても甘くなるってことだよ」

「甘いというか、甘々。激甘だよな」

「一族特権ってやつだろ?」

「いいよなぁ。特別枠で入学と同時に『竜騎士候補生』になれるんだから」

「そうそう。身内に竜騎士が多いと、色々とお得なことがあるよなぁ……」


 小さな声だが、はっきりと聞こえる。

 こちらをうかがう視線も、先ほどからずっと感じていた。

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