第12話 颯汰小学生編①セミ怖いよね

西暦2008年


ジワジワとアスファルトを焦がすような日の光。

待ちに待った夏休みだというのに、道端にひとりの少年が立ち尽くしていた。


小柄で、か細い体つき、白い肌と色素の薄い瞳。

その名は、湊 悠希(みなと・のぞみ)。

透けるような細い髪と、どこか儚げな空気をまとう少年だった。


悠希はじっと、道の先を見つめていた。

その視線の先に一匹のセミが転がっている。


お腹を向けて動かなくなっているなら、まだ良かった。

けれどそのセミは、足を踏ん張り、体を起こしたような格好で佇んでいた。しかも、まるでこちらを睨みつけるように。


悠希は小さく息を呑み、震える声で凄むように言った。


「し、知ってるんだからね……。

そうやって、動かないふりしてるくせに……僕が傍を通ったら、飛んでくるんでしょ? 知ってるんだからね!」


そう言いながらも、足はじりじりと後退していく。

額に浮かぶ汗は、暑さのせいばかりではなかった。

「そうくんの家に行くんだから……と、通してよ……!」


けれどセミは微動だにしない。

その沈黙が、逆に不気味で、悠希はますます身を強張らせた。


そのとき、脇のブロック塀の上から、勢いよく一人の少年が降り立った。


「ジャジャーーン!! 俺、参上!!」


ポーズを決めながら、叫ぶ。その姿はまるで『仮面ライダー電王』のモモタロスそのものだった。

「シャキーーン!!」


決めポーズに合わせて効果音まで真似するのは、宮下颯汰(みやした・そうた)無造作に伸ばした髪、真っ赤なTシャツ、足には雪駄を履いている。キリリと整った顔立ちは、まさにヒーロー。ガキ大将と呼ぶにはそぐわない容貌だ。そんな彼は、悠希の幼なじみである。


「そうくん!」

 悠希がぱっと表情を明るくさせる。


颯汰は彼の前に立ちはだかるセミに目をやると、キリッと眉を上げ、叫んだ。


「のんの行く手を阻むのは、お前だな!?」

セミをビシッと指さし、手にしていた棒を振りかざす。


「くらえっ! 俺の必殺技ぁぁぁ!!」


スコーン!


棒の先がセミに直撃すると、セミはバタバタと羽を鳴らしながら空へと逃げていった。


「わ〜〜〜ん! そうくん! 怖かったよ〜〜〜!」


涙ぐみながら、悠希が颯汰に駆け寄ってしがみついた。


「ぎゃ〜〜〜! ひっつくなよ、のん! 暑い暑い暑い!」

颯汰は悠希を(のん)と呼んでいる。


「だって、本当に動けなかったんだもん……」


悠希がしゅんとした声で呟くと、颯汰はため息まじりに言った。


「母ちゃんがさ、お前が時間に遅れるなんて珍しいから、なんかあったんじゃないかって心配してよぅ。迎えに来たら、このザマよ」


「ごめんね……そうくん……」


悠希が申し訳なさそうに言うと、颯汰は鼻を鳴らして笑った。


「まぁいいよ。俺ん家で宿題するんだろ? ほら、行くぞ」


そう言って、持っていた棒を悠希に差し出す。悠希はそれをリレーのバトンのように握ると、颯汰の少し後ろを歩き出した。


――やっぱりそうくんは、僕のヒーローだなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る