宗教の町

 ルノたちはユンデネを見渡した後、数日かけて山を降りていった。そして現在、日が真上から見下ろす中、町の入口となる門が目の前に迫っていた。その左右には白い服を着た門番のようなものもいる。


「見えてからも山で野宿するとは、やはり山越えというのは厳しいものなのですね」

「そうだよー、だから尚更あんたが食べ物を分け与えたってのがヤバいって分かる」

「はは! 手痛いですね! メルト様!」


 メルトの皮肉にもマクマルは笑顔で返答する。ルノは短い同行の中ですっかり当たり前になったその様子を横目に、門を注視していた。


「あれってマクマルさんの服とか本に描いてあるやつ?」


 ルノが指さしたのは門の上部、中央で存在感を放つ看板だった。

 杖の形状をしており、かなり綺麗にされている。


「その通りです! あれはトリト様の象徴、創世の杖です! その杖は天を割り、世を照らし、生きとし生けるものを癒し、新たな世界を創り出したとされています!」

「そ、そうなんだ」


 ルノは実感の湧かない話と、相変らずなマクマルの熱量に若干押されつつ、このシンボルが町で重要なことを理解した。


 門に近づき、町へと入ろうとすると、ルノたちは門番に一度止められる。どうやら町へ入るもの全てがここで必ず止められるようだ。


 他の町でもそういったことがなかった訳ではないが、その門番の目つきから、ルノは特に厳重に感じた。


「お前たちは三人でこの町に来たのか。目的は」


 門番は二人、高い背と低い背の男だった。高い背の男がまず目的を問うと、メルトが口を開いた。


「うちと、こっちの子は観光。そっちは神父見習いね」


 メルトがそう言うと、低い方の男がマクマルを見つめる。


「神父見習いか、教典と想杖そうじょうは」


 初めにマクマルが問われた。マクマルは懐から教典と杖型のキーホルダーを大事そうに掲げる。門番はそれを注意深く見ると、門番同士で頷いた。


「よし、いいぞ。次はそこの観光目的の二人だが……」

「少年の方は……大丈夫そうだな。女は――」


 そこまで言って、高い背の男が目を見開いた。


「お、お前、その髪は地毛か?」

「……そうだけど、何? チェックする?」

「フードを外してもらえるか?」


 高い背の男は少し落ち着きを取り戻してから、メルトに先程までのように気難しい口調で問い質す。声のトーンが高いのに本人は気づいていないのか、ルノはそれを指摘すべきか迷ってやめた。


 メルトは心底嫌そうに顔を歪めつつも、指示に従った。

 フードから白い髪が現れると、陽の光に照らされ、きらめいている。


 艶やかで、一切他の色を感じさせないその透明感は、明るい世界の元でもその存在感を存分に発揮した。

 彼女が吸血鬼でなければ、この髪だけで人を惑わせることが出来るかもしれない。

 瞳の紅色と同じピアスも更にその純白を目立たせた。


 ルノは洞窟で出会った時の強い印象を思い出しつつ、メルトが日に晒されることを心配していた。


 背の低い方の男は前に出て近づく。嫌そうにするメルトに配慮してか、マクマルの時よりも、素早く精査しているようだった。しかし、何やら小さなグラスのついた道具を取り出し丁寧にその髪を見ると、やがて後ろに退いた。


「染めていない。本物だ」

「……本当か」


 門番らが会話しているのが聞こえる。ルノたちに筒抜けだということには気づいていないようだ。


 そして、ルノたちに振り返るとすぐに男たちが軽くお辞儀した。

 続けて背の高い男が言う。


「フードを戻してもらって構わない。すまなかった。知っているかもしれないが、この町では白髪は縁起物なんだ」

「それを狙って染めてくる不届き者がたまにいてな……白に近い髪色はまず疑うようになっている」


 それを聞いたメルトはいつものようにフードを深く被ると頭を下げたままの男達を見る。

 上を向き、少し間を置くとメルトはいつものように軽く話しかける。


「いーよ別に、顔上げてよ。白髪ってトリトサマの象徴なんでしょ? うちも自慢できるってことだし! まぁしないけど」


 ルノはメルトのどこか浮いた笑顔と明るい声に嘘を感じた。

 具体的になんの嘘をついているか、というよりも、白髪に関して、それだけじゃない何かを知っている、あるいは恐れているように感じたのだ。


「ありがたい。では町での禁忌、それを説明してから門を開こう」


 高い背の男が気持ちを切り替えるように姿勢を正す。


「町での禁忌はそう難しくない」


だ」


「町の中では武具の使用、生活において必要のない魔法の行使などが全て禁じられている。違反しようとした時点で神仕者しんししゃによって処罰される」

「違反の線引きは、そこの見習いが知っているはずだ。複雑な内容が知りたいなら教会でも聞くことが出来る」


 ルノはマクマルの方をちらりと見る。マクマルは自身に満ちた顔で、教典を掲げてきた。


「処罰の間違いを恐れることは無い。我らがは善なるものを決して罰さない」

「最後に、これは忠告にも近いが、白髪はあまり信者たちに見せない方がいい。見た感じあまり関わられたくないのだろう。熱心な信者が悪気は無くとも、積極的に近づいてくるかもしれん」


 こうして説明を終えると、背の高い男は息をついた。

 背の低い方の男は門の向こう側に話しかけ、その扉を開かせた。


「では、ユンデネへようこそ。ここには他所にはない食べ物や建物、魅力的なものが溢れている。じっくり楽しんでくれ」


 門番らが薄く笑った。少し軽い感じで、暖かさを感じる。ルノは仕事の外の人柄が一瞬見えたように思えた。


「あいよー、お仕事お疲れサマ」

「お疲れ様です」

「これからよろしくお願いしますね! 私もここで神父になるべく頑張るので!」


 それぞれが手を振ると、門番も控えめに手を振り、過ぎ去った後にはまた姿勢を正したのだった。





 門の先に足を踏み入れるとまず見えたのは、予想よりも活気づいた通りだった。


 人々が往来するなかでも白い服装というのが必ず視界に入る。

 至る所に杖のシンボルが見える。


 山の上から見た様子では、ここからどんどん生活色が強くなるほどに家との距離が離れ、点々としていた。おそらくその家々にも杖のシンボルがあり、それが町としての統一感を演出しているのだと想像がつく。


 そういう点を除けば普通の町の普通の通りである。

 静かな空気の中にも、人々の話し声が溶け込むことで、人の息遣いを感じる。


 ルノは想像よりも軽い雰囲気に驚きつつ、トレビオのマスターが言っていたようなコーヒーを求めて、喫茶店を探していた。


「ルノくん、探してるお店あったー?」


 メルトはフードを深く被り、頭を抑えながら歩く。その横でルノはキョロキョロと周りを注意深く観察している。


「ううん、美味しいコーヒーがあるって言ってたけど、有名じゃないのかな」


 ルノが特に看板を見つけられないことに少し俯くと、前を歩くマクマルが振り向いた。


「コーヒーですか、私もユンデネ自体は初めてなので分かりませんね」


 マクマルも辺りをざっと見渡すと、頭をかいた。


「トリト教の人はここで生まれたんじゃないの?」


 ルノは瞬き、首を傾げる。


「私たちの宗教……いや、それに限らず、宗教というのは人々が布教し、各地に根付いているのですよ」

「私がこの町に来たのはトリト教の総本山だからです。布教するにも、神父となる必要があるのですが、認めてもらうにはこの地に来ることが必然だったのです」

 

 マクマルはどこか懐かしむように教典を見つめると、町中のシンボルもざっと見渡した。

 メルトはマクマルに前を向くように手をはらって促すと、マクマルが見たあたりを見る。


「トリト教ってメジャーじゃないって聞くけど、割といるっぽいよねー」

「そうですね。メルト様の言うように、今はまだ少数派とも言えます。ですが、私たちの教えに共感してくれる人はまだいるはずです! 私たちはいずれ全人類を救済しますよ!」


 マクマルは前を向いた状態でも、その笑顔が見えるような明るい声で堂々宣言した。

 メルトはマクマルに分からない程度に少しため息をつくと、道の遠くを指さした。


「ねー、マクマルは教会に行かなきゃなんだよね。あそこじゃない?」


 マクマルはちらりと振り向き、メルトの目線の先を見て目を細める。

 そして、すぐに口を大きく開けて立ち止まった。


「おお! そうですね。メルト様は大変目が良いんですね! ……ということで、名残り惜しいのですが、私は教会に向かわなければなりません。助けてくださった礼を必ず致しますので、どうか暇なときにでも教会にいらしてください!」

「それでは、トリト様の加護があらんことを!」


 マクマルはルノたちの手を強く握った後、そのまま教会のほうへと走り去ってしまった。

 少し危なっかしく、ルノはひやひやしたが、その姿が見えなくなると、その明るい姿を脳裏に回し、また喫茶店を探し始める。


「すごい子だったなーマクマルは……」

「うん、なんというか、グラムさんとかとは違う熱い人みたい」


 メルトはフードに手をかけマクマルの去った方向を数秒間見つめる。

 そこからすぐにルノの方へと振り向くと、肩をとんと叩くのだった。


「ルノくん、あれ」

「あれって……あ!」


 メルトが指さす看板をみると、そこには喫茶店の文字が刻まれていたのだった。

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