迷い森

 現在は早朝、メルトは日が昇る前に魔物討伐のための気合を入れていた。

 そっとカーテンを開き、暗い世界に目を凝らす。吸血鬼は夜目がきくので、この状態での景色を楽しむことができた。


「うちは大丈夫、強い吸血鬼なんだからね」


 自身に暗示をかけるように小さくつぶやくと、黒いフード服を身にまとい、まだ寝ているルノを置いて窓から外へと出る。

 そのまま屋根に上ると、深呼吸する。潮の香りに、どこからか美味しそうな食べ物のにおいがした。少しお腹の鳴る音がする。


「最近血、吸ってないな……」


 メルトはカヴァロでルノと出会ってから、数えるほどしか血を吸っていない。

 はじめこそ血液袋といってルノを連れ出したが、早々に血を吸うことをためらうようになったのだ。


 血を吸わなくても、人間と同じ食事で栄養を取ることが可能であるため、一応なんとかなってはいる。しかし、それは効率で言えばあまりよくないため、かなりの大食らいになっていた。


「あまり心配かけらんないし、ここでズバッと、頼りになるところを見せつけないとね!」


 そう決意すると、メルトはすぐに部屋へと戻っていった。





「この洞窟を抜けたら森があって……湖があると、よし、ルノくん大丈夫? 洞窟は暗いけど」

「うん大丈夫」


「……ほんと、安心してね。絶対守るから。よし! ここでパーっと稼いじゃおう」


 メルトはそう言って石がゴロゴロと転がる道を、ルノの手を引き歩いていく。

 石の道を抜け、洞窟内へと入る。入口が低い位置にあるその洞窟は、中へ入ると進むにつれて上に上がっている。

 島の周りが高い岩で囲まれているため、ここからしか出入りできない。そしてその入り口も潮が満ちれば通れないのだ。


 そうして歩いているうちに、小さな光が見える。

 そこへと向かって歩くと、晴れた空が見えた。遠くには黒い雲も見えるが、メルトは気にも留めず日差しに少しげんなりしていた。


「うわー晴れてる! 知ってたけど!」

「うん。あとすごい森だね……」

「じめじめするー」


 メルトはフードをぱたぱたと仰ぎながら、分身体を作り出す。本体と全く同じ姿のメルトが現れた。

 本体と分身体は両方とも分身前より小さい。


「よし、じゃあこっちのうちがルノくんを守るからね」

「わかった」


 そう言って、ルノの横に分身メルト――二号がついた。一号(本体)は前で先導している。


「よし、行こう!」





「もうわかんない!」


 歩き始めてしばらく経ったが、一向に湖にたどり着く気配はなかった。


「日の光はある程度遮られていいんだけどさ! 方向がわかんないよ!」

「木に傷をつけても治っちゃうしね……」


 そう、この森は異質だった。壁で覆われた島内に充満した魔力が作用することで植物などの再生能力が異常に高いのだ。

 通称――迷いの森、エルネの依頼を受ける者がいなかったのは、こういった理由もあった。


「ぼくも覚えた道が変わっちゃってるみたいだし」

「どうしよーーー!」


 ルノたちは正直かなり困っていた。ルノは何か森を抜ける方法がないかと考えるが、思いつかない。

 と、思っていたが、フラレスの町並みをふと思い出す。


「棒を立てとく?」

「おー! あり! 枝なら落ちてるし!」


 町にあった謎の棒、それと同じように、落ちている枝を通った道に立てていく。

 生きている木ではないため、傷が治るというようなこともなく、目印として使えるだろう。


「よし、この調子でいけば抜けられるよ!」





「――なんでー!」


 そんな目論見は失敗した。


 なんと、立てておいた木の枝が、そのまま成長して木になっていたのだ。

 どう考えてもあり得ないことだが、魔力の充満した空間にそんな文句を言っても仕方ない。


「どうしよう……」


 さすがのルノもこれには参っていた。一度これでいけると思った手前、その目論見が敗れるのはだいぶキツイものがある。


「うーん、多分うちら、ぐるぐる回ってるんだよね……」


 迷いの森の罠にすっかりはまったルノたちは、盛り上がった木の根に座り休憩していた。

 その時、草むらからガサゴソと音が鳴る。


 メルトは既に警戒態勢に入っている。分身体のみを残し、本体は森に潜んでいる。


「あー、全くめんどくせぇなァ! なんで魔物ぶっとばすのに、こんな森が邪魔してくんだァ!?」

「あれ、アーヴァンスさん?」

「おおう? ルノの坊主じゃねぇか! そっちは……まぁ保護者ってとこかァ」


 草むらからでてきたのはアーヴァンスだった。枝などに引っかかるのを防ぐため、長い灰色の髪を耳や首を隠しつつまとめて縛っている。


「宿にいた人……? なんでこんな所にいるの?」


 メルトは警戒を解かず、アーヴァンスに問いかける。

 アーヴァンスはまとめあげた髪を揺らし、メルトを見つめた。


「強い魔物がいるって聞いたんだよォ。そいつをぶっ飛ばしたくてなァ」

「は?」

「おいおい、ガチだぜェ。なんならそっちの目的もそうなんじゃねぇのかァ?」


 アーヴァンスはメルトの目に怯まずに続けた。

 メルトはそれを見ると、本体は警戒しつつ、分身体では警戒を解いたように気を緩めた。


「たしかにそうだね……そっちも森で迷ってるの?」

「あぁ、どこ行っても湖につかねぇからよォ、いっそ焼き払っちまえばいいと思ったんだが、すぐに火が消えちまってなァ」


 アーヴァンスはそう言って、指をパチンと鳴らし、魔法を発動する。すぐさま、近くの木に着火し、森は炎上する……かと思いきや、少しすると消えてしまった。


「ほんとだ……って危ないなー!」

「燃えないのは分かってたんだァそうビビんじゃねぇよォ」

「ビビってないわ!」


 なにやら相性が良さそうな二人を見ながら、ルノは結局森を抜ける手立てが無いことに不安を感じていた。


「どうしよう……」


 ルノは考え続ける。印に出来そうなものはもう森にない。傷は再生し、枝は木となってしまう。

 メルトが変身して空を飛ぶのは日が出ていることやアーヴァンスの存在から不可能……。


「あー、もうふざけんなってーの!」


 メルトがキレ気味に枝を何個も並べて立てている。土にグサグサと並んだそれは恐らく成長すれば、大きな木になるだろう……。


「……おおきな木?」


「どうしたァ、ルノの坊主ゥ?」

「ねぇ、アーヴァンスさん、このあたりの木を全部無くすことは出来る?」


 ルノの言葉に、アーヴァンスは首を傾げる。


「できるがよォ、また生えてきちまうんじゃねぇのかァ?」

「うん、だから……メルトさん」

「なーに?」

「木の枝を急いで一箇所に植えられる?」


 ルノの言葉にメルトとアーヴァンスが目を見開いた。


「なるほど! わかった!」

「手間はかかるが、やれそうだなァ」


 二人はルノが言う前に理解し、準備を始めた。


「そう、切ってだめならでかいのを生やしてみろってことだね! ルノくん!」


 切るのではなく、大きな木を生やす。

 ルノの逆転による発想を受け、メルトとアーヴァンスは準備を進めた。


「よし、木の枝大量確認!」

「俺はいつでもいけるぞォ」

「うん、二人とも、おねがい!」


 ルノの合図でアーヴァンスが周囲を一斉に焼き払う。木々は燃えるも、すぐに火が消え、傷ついた部分が再生している。


「どぉりゃあ!」


 メルトが掛け声と共に、木のひとつに大量の枝を力任せに刺した。

 様々な方向に向けて刺したそれは、みるみるうちに大きな幹を形成し、縦へ横へ縦横無尽に成長する。


「うわー! でっかい!」

「すげぇなこれァ」

「やった……!」


 そして、周辺の木とは明らかに大きさの違う木が生まれた。

 メルトだけでは、破壊と同時に苗を植えることはできず、アーヴァンスのみではそもそも破壊しかなせなかっただろう。

 炎による成長阻害、その間に素早く枝を密集させるメルトの素早さ、そして逆転の発想をしたルノ三人の成果である。


 ルノが喜びに小さくガッツポーズすると、メルトが抱きついてくる。


「うわー! もう、ルノくん天才! うちだけじゃ、うちが木になってたよー!」

「全く坊主とは思えねぇなァ?」

「ありがとうメルトさん、苦しい」


 この方法で行けばいつか、正しい道へとたどり着く……!





 ひとまず魔物を倒すという目的のため、ルノたちとアーヴァンスは協力することとなった。軽く自己紹介を済ませると、ルノの見つけた方法を繰り返し、ついに一行は湖へとたどり着いた。


 湖は大きく、周囲を木で覆われているが、日の光が差しこみ明るい。


「やっと来たー!」


 メルト二号(分身体)はそう言って湖を遠くから見つめる。

 メルト一号(本体)の方も周囲の木の上に紛れ、魔物がいないか様子を伺っていた。


「ここに魔物がいるんだよね……?」

「おおう、俺は町でそう聞いたぜェ」


 アーヴァンスは不用心なまま湖へと近づいていった。


「ちょっと! 危ないよあんた!」


 メルトが叫び忠告するも、アーヴァンスは止まらない。


「大丈夫だよォ。俺は簡単には……」


 言葉を言い切る前、何かがアーヴァンスを吹き飛ばした。


 ルノはそれが見えず、困惑した。


 しかし、すぐにそれは姿を現す。大きな丸い頭部に複数の足……ぬいぐるみになっていた魔物だ!

 一軒家くらいの大きさ、普通の個体でないことは明らかだ。


「おおきい!」

「もう! 言わんこっちゃない! なんとなく大丈夫だと思うけど! ルノくん!」


 二号がルノの手を引く。そして、森の方へ連れていくと、本体が同じ方から飛び出す。


 アーヴァンスは見ていなかったようだが、メルトが二人いることがバレぬように、慎重に動く。


「おい! アーヴァンス! どうせ動けるだろ! 起きろ!」


 メルトは血で武器を作ることが出来ないため、氷で武器を作り出す。手に馴染んだ鎌の形だ。

 そして、切りつけようと飛びかかるも、横に薙ぎ払う足を受け、少し吹き飛ばされる。


「もう! めんどくさい!」


「……俺に物言うなんてよォ、全然違ぇのに同僚を思い出すぜェ!」


 そう言って、木に叩きつけられていたアーヴァンスが立ち上がる。


 そして、懐から拳銃を取り出し、魔物へと撃つ。

 凄まじい早撃ちで、一瞬の間に六発を撃ち込んだ。


 だが、魔物はビクともせず、銃弾の当たった箇所にすこし黒いシミのようなものが出来ただけだった。


「おおう!? こりゃ刹那的にダメージが入ってねぇなァ!」

「刹那的ってなに!? 意味違くない!? でもほんとにダメージないっぽいな!」


 メルトは、吹き飛ばされた先で、魔力で作った小さな雷を細い針のように整える。


「アーヴァンス! ちょっと囮なっといて!」

「あー本当によォ。無茶言うとこもそっくりだぜェ!」


 アーヴァンスは文句を垂れながら、魔物へと近づき、銃口を向ける。

 今度は、小さな銃口から大量の火が吹き出された。


 魔物はそれを受け、目障りだと言うかのように、足を上空から叩きつけた。

 アーヴァンスはそれを間一髪で避けつつ、魔物を炙る。


「足がすごいでかいよ。メルトさん」


 ルノはその様子を遠くで見ながら、二号に話しかける。


 そう、魔物の足は見えただけでも、今一号が雷の針を整えているところや、ルノが隠れているところに届きうる大きさだった。


「そうだね。でも、これ以上離れられない……!」


 しかし、これ以上の離れては分身体を維持できない。森に他の魔物が居ないと断定できない以上、メルトはルノから離れることは出来なかった。


「しかも、アーヴァンスがいるから、能力のほとんどが使えないって、どんな縛り!?」


 二号が悔しそうに唇を噛む。しかし、一号が魔法の準備を終えたようで、そちらに意識を向ける。


「アーヴァンス! 避けろ!」

「おおう!?」


 そして、一号が叫びながら、大量の雷の針を投擲した。細く作り出したそれは魔物の皮膚に突き刺さり、ダメージを与え……ていなかった。


「嘘! 効いてない!」


 少し穴が空いたものの、すぐにそれは塞がってしまう。


「森の魔力がこいつにも作用してやがんなァ! このままじゃジリ貧だぜェ!」


 アーヴァンスが一度距離を取り叫んだ。


 そう、この森は魔力に満ちている。それによる異常な再生能力を得るのはなにも木だけではない。

 魔力を糧とする魔物にとって、絶好の土地だったのだ。


「森の魔力がある限り、ちまちまと削っても仕方ない……どうしよー!」


 二号が嘆く横で、ルノはまた考えている。


「すぐに再生しちゃう……またおおきくさせたら……それじゃ強くなっちゃうかも」


 強力な再生能力を持つ魔物……雷で倒したと言っていたが、あまり効いた様子でもなく、雷をピンポイントで起こし、魔物に意図的に落とす方法もない。

 雷が少しも効いていない訳ではないようだが、ぬいぐるみを買ったところの店員が言っていた通り、弱点とするには何かが足りない。


「どうやってあれを倒せばいいんだろう……」


 ルノはまだ、考えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る