第11話 瞳の告白

 あの事件から一ヶ月ほど経った。すでに警察の聴取は終わり、送検もなされているが、起訴の判断はまだなされていない。しかし、大地はそのこと自体はたいして気にしていなかった。起訴されても、有罪判決を受けても、執行猶予でも実刑でも、全てを受け入れるつもりだった。精神的な救いになっているのは、自分一人だけが殺人者ではない、という事が分かってきたことだ。こういう事は自分が当事者になるまでは全く考えたことはなかった。もちろん、研修や様々な場面で医療ミスに対する注意というのは何度も受けてきたのだが、自分は大丈夫、と高を括っていたのがはっきり分かった。全く大丈夫ではなかった。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ、というのは全くもって真理であると身を持って知った。医学生時代に幾つもの実際に起こった医療ミスによる死亡例を教えてもらったのに……。大地は肌寒さを感じていたが、外の空気を浴びたくて二階のベランダに出ていた。夜空はどこまでも暗いが、幾つか星が煌めいている。あの光は一体何万年前に放たれたものだろう、などと考えていると、後ろから声がする。

「大地さん、ちょっといいかしら」

 なんだろう、と部屋に戻りガラス窓を閉める。いつになく真剣な顔の瞳に少し戸惑ったが、物置部屋と化しているこの部屋で話を聞くことにした。二人とも絨毯の上に座った。

「ずっとね、ずっと話せなかったけど、話したいことがあって」

「なんだい。言ってごらん」

 白のフリルのついたお洒落なパジャマを着ているが、顔つきは物悲しくもある。まさか、離婚か、と大地は内心焦った。事件の日からずっと一貫して瞳は大地を責めず、味方でいてくれたのだが。

「……大学二年生の頃にね、付き合ってた人がいたの。私は真剣だったし、卒業したら結婚しようってお互いに言ってたの」

「うん」

「それでね、2ヶ月ぐらい生理が来ない時があって、妊娠検査薬で検査したら妊娠していたの」

 なかなか聞くのが辛い話だ。しかし、聞かねばなるまい。

「……それを報告したら、おろせって言われて。その後一切音信不通になったの。まだ大学生なのに一人でなんてとても育てられない。私、一人で泣きながら産婦人科に言ったわ。なけなしの貯金を持っていって」

 瞳は一旦言葉を言ったあと、力強く言った。

「だから、同じなの、私と大地さんは。同じよ、胎児だって人よね。私も人殺しなのよ」

 大地は感情が激しく揺れ動いて、何をどう考えればいいか分からなくなった。瞳が過去に堕胎していたのもショックだが、しかしながら、俺と瞳はある意味仲間だったのか。

「すまない」

 大地は小さな声でそう言った。

「俺のせいで思い出したくもない事を思い出させてしまった」

「そんなこと……私はあなたに見限られるかもしれないと思ってずっと言わなかったの。言えなかった。でも、どうしても、言いたかった。言わなきゃ、あなたが一人だけでずっと背負っていくと思って」

 瞳の目が潤んでいる。最悪の事態も覚悟して告白してくれたのだ。わがこころのよくてころさぬにはあらず。ここにも善人なのに殺さざるを得なかった人間がいるのだ。大地はそっと瞳を引き寄せて抱きしめた。

「一緒に……背負ってくれるかい。重い荷物だけど」

「背負うわ……二人でなら、少しは軽くなるよ、きっと」

 二人は一つの塊になって、いつまでもそこにいた。静けさだけが永遠とも思えるほどに世界を支配していた。

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