銃騎士物語 Ⅴ

 森の一番奥、開けて岩場になった部分に出た。

 そこには、先ほどの貴族、ロブ・フォリオとそのお供、そして……ドラゴンがいた。

 それは今まで見てきたトカゲとは全く違うものだった。

 体長は五メートル近く、腕は人の胴体ほどの太さがあり、全身を強固な鱗で覆われている。頭には鋭い角が数本あり、口から覗く牙は肉切り包丁を連想させた。たえず不気味な唸り声を上げている。

 岩場を棲家とする龍で、ロックドラゴン(岩龍)と呼ばれている種類のものだ。

「……」

 驚きのあまり声の出ないガデット。彼は、ロックドラゴンを見たことが無いのはもちろん、これほど大きなドラゴンなど生まれてから一度も見たことがなく、また、このような大きな生物がこの世に存在するということすら知らなかった。

 恐怖で全身汗まみれで震えている。

「ロックドラゴンじゃん、珍しい。こんなところにもいるんだ」

 ディージェイの軽口は、もはや彼の耳には届いていない。

「た、た、た、助け……」

 どこからか、か細い声が聞こえる。

 それは、ロックドラゴンににらまれて身動き一つ取れないほどの恐怖に包まれた、ロブ・フォリオの声だった。お供の三人は今にも気を失いそうである。

「なんじゃありゃ? ねえガデット、これくらいのロックドラゴンならさ、あんた勇者になれんじゃないの?」

 にこやかに言うディージェイ。だが返事はなく、ガデットは口をぱくぱくさせているだけだった。目は殆ど白目に近い。

「何やってんの、あんた?」

 突然、ロックドラゴンの咆哮が辺りに響いた。

「ぎゃああああぁぁ!!」

 ロブの叫び声もまた辺りに響く。お供の三人はとうとう気を失った。ガデットがまだ声も上げず気も失わず立っていた。さすがは騎士パラディンの息子である。

「ちょっと! そこのあんた、何やってんの! 銃持ってんでしょ? さっさと撃ちなさいよ! 喰われても知らないわよー!」

 ディージェイが声をかけるが、ロブには届いていない様子だ。彼の銃は地面を向いたままだった。

「ったくもう、世話の焼けるガキだこと。ガデット、これお願いね」

 ガデットに自分の荷物を投げつけ、ディージェイは走り出した。荷物をぶつけられて始めて、ガデットは我にかえる。

「え? あ? 何? どうした? 荷物? ……おいディージェイ! どこ行くんだよ!」

 ロックドラゴンがロブ達との距離をじりじりと詰めてきた。大きく鋭い眼光はロブを捕らえて離さない。尾がふらふらと左右に揺れる。両者の中間辺りにめがけてディージェイが走っていく。

 両手で剣を低く構えたまま足場の悪い岩場を跳ねるような格好でロックドラゴンとロブに近づいていく、が、剣はさやに収まったままだ。

「ガキ! 銃を構えなさい! 早く!」

 ようやく聞こえたらしいロブがディージェイの方を向く。

「た、た、助けて……」

 その表情は、まことに情けないものだった。涙と鼻水と脂汗でぐちゃぐちゃになり、その上、恐怖で険しくなった顔、確かにガキである。ディージェイは剣を縦に構え、走りながらもう一度ロブに向けて叫ぶ。

「銃よ銃! ドラゴンに向けなさいってば!」

 言われてロックドラゴンに向き直ったロブが見たものは……巨躯を上下させ突進してくるロックドラゴンの恐ろしい口だった。

「わぁぁーー!」

 叫びながらも銃を構えたのはさすがであった。

 ロブの銃が大音響と共に火を噴いた。

 弾丸はロックドラゴンの右前足に当たった、が、二、三枚の鱗が飛び散っただけで、その速度は全く衰えていなかった。ロックドラゴンには痛みとは感じられないほど、小さな傷でしかないようだ。

「アホガキ! まだよまだ! 撃てなんて言ってないでしょが! ……永久の地に潜む広き汝は、石のごときの沈黙の寛容なり。住まう荒野と深く結ばれし生誕よりの定めゆえ、汝は万象を長い目で見つめる。短命なる死すべき定めの生き物たちの傲慢さなど、汝には侮蔑の対象でしかない。我は求める、厳格なる野生と鉄のごとき盾を持つ汝の、豪腕な一撃を……」

 剣を大きく振りかぶりながら、ディージェイは呟く。彼女は今、ロブの前、ロックドラゴンの道筋に辿り着いたところだった。ロックドラゴンの口が大きく広がる。距離は三メートルとない。

「ディージェイ!」

「助けてくれー!」

「うるさいガキどもね……」

 剣をくるりとまわし、下からすくい上げるように振る、そして……。

「ベヒモス! たぁっ!」

 剣のさやがロックドラゴンのあごを捉えた。

 力一杯にさやを振り抜くと、何と、ロックドラゴンの頭が大きく上を向き、その体がわずかながら浮いた。

 ガデット、ロブ、そして銃声で目を覚ました三人のお供は、その様子を口を半開きにして見つめていた。

 ロックドラゴンから唸り声が上がる。

「顎の下! 撃ちなさい!」

 振り向いてロブに怒鳴るディージェイ。ロブは一瞬ぽかんとしていた。

「さっさとする!」

 もう一度言われて、ロブは引き金を引いた

 再び辺りに銃声が響き、それに重なりロックドラゴンの唸り声も上がった。ディージェイがさやで殴った辺りにこぶし大の穴が開き、ロックドラゴンは口からどす黒い血を噴き出し、そしてその場に崩れ、辺りは静かになった。

「ったく、とろいガキね」

 銃声が消え、ロックドラゴンの断末魔も消え、更にしばらくたってもロブは引き金を引いたままの姿勢だった。お供三人の口は開きっぱなしで、喉の奥まで見えそうだった。

「ディージェイ!」

 ガデットが走ってきた、が、何を言ったらいいのか判らないらしく、ディージェイとロックドラゴンを交互に見ているだけであった。深く息を吸い込み、そして吐く。それでようやく、いくらか落ち着いたガデットだった。

「ディージェイ!」

「何よ、うっさいわね。そうよ、あたしの名前はディージェイ。で、その次は?」

「す、す、すげえな! あんた! その……」

「んーーー?」

 ディージェイの表情がにこやかに変った。

「すげえ! 俺、あんたを見直した! ……いや、そんな陳家なもんじゃねえ。俺、感動した!」

「ふんふん、それで?」

 胸の前で腕組みをし、顎を少し上向きにしながら次の言葉をうながすディージェイの表情は、楽しげであった。

「ディージェイ! あんた、すっげぇかっこいい! 剣士ナイト……そう! まさしく剣士ナイトってもんだ!」

「ま、それほどのことはあるけどねー」

 感動のあまり、ガデットはとうとう泣き出していた。ディージェイの手を取りぶんぶん振り回しだした。

「すげえ、すげえ、かっこいい……剣士ナイトって、いいよ……すげえよ、ディージェイ……」

 もう言葉になっていない。

 ガデットの感動が多少は収まった頃を見計らってディージェイが話す。

「いやー、そんなに感動されると、さすがのあたしもちいとばかし照れちゃうね。あのくらいのこと、実は軽いんだけどね……」

 その言葉を聞き、再び涙を流すガデット。

「か、か、軽い! あんたって、もっと、もっともっともっと、もーーっとすげえのか!」

 さすがにかなり照れくさくなり、頭をぽりぽりとかきながら言う。

「いちおう剣士ナイトの称号、持ってるしさ、誰でもあのくらいはどおってことないよ……ん?」

 何気なく下を向き、ようやくロブ達の存在を思い出した。

「何やってんの、あんた?」

 さやの先で軽く突付かれ、ようやく我に返ったロブだった。

「え? あ?」

「どーでもいいけどさ、お礼の一言くらいあったって、いいんじゃないかしら? 勇者さん?」

 我に返ったロブだったが、まだ先ほどの衝撃が尾を引いてるらしく、ロックドラゴンとディージェイ、ガデットを順番に眺めながら、口をぱくぱくさせている。

「あ、あ、ありがとう! ございますっ! 一体何といったらいいのか……」

 ディージェイとガデットが「こいつらボケてるから、ほっとこう」と言い合い、そろそろ昼食にしないかとディージェイが言い出した頃、ようやくロブが正気を取り戻したようだった。

 ロブはガバッと起き上がり、ディージェイとガデットの前に走りこんできた。地面に正座し額をこすりつけながら言葉を続ける。

「あなたが助けてくれなければ私達は今頃……本当にありがとうございました!」

「判った判った、もういいってば」

 ガデットに加えてロブにまでこんな風に素直に感動され、さすがに面倒になったらしく、彼の言葉の終わらぬうちに歩き出した。

「いえ! 私の気持ちが! そうだ! 何かお礼を!」

「もういいって、大したことしてないしさ」

「そんな……」

 更に続けようとするロブの目の前にいきなりディージェイの顔が現れた。

「あのね、あんたの気持ちはよーく判った。でもね、あたし、これでも剣士ナイトなのよ、ナ、イ、ト。人にほどこし受けるほど落ちぶれちゃいないの。そりゃお金はないけどさ」

 そこまで言われて、ようやくロブは引いた。

「で、で、では、先ほどの化物を町に持ち帰って下さい。そうすれば大会の賞金が――」

「あげるわよ。倒したのはあんたじゃないの。いいわよね? ガデット」

 うなずくガデット。

「ディージェイが良ければいいさ。俺はなんもしてないから」

「じゃ、そういうことだから」

 更に何か言おうとしたロブを置いて、二人は歩き出す。

「私の気持ちが……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る