第10話 ナディア・ロシュ

「それは、とても貴重な情報だわ」

そう言いながら時計を見ると、まだ昼休憩から時間はそう経っていない。

あのロックの顔を思い出そうとしたけど、顔が紅茶の入ったティーカップになっている。

紅茶を淹れるのが超得意で嫁大好き男という印象しかない。

そんな彼だから、まだ何もしていないだろう。

(何かあったらアンが飛んでくるでしょ)

「それより、お二人のお相手にヒントになるような事をございませんか?」

「そ、そうですわね。まず彼女は演劇術式の天才的な使い手で・・・」

「それって魔法ですよね?」

その返事を聞く事はなかった。

彼女の執務室の勢いよく開くと、そこに息を切らしたケモ耳侍女がそこにいた。

そして私を見つけると叫んだ。

「大変です!ロックが、同じ時間にあの二人を呼んだみたいで――」

「えっー」

私が驚きの声を上げる横でカミラが申し訳なさそうに言った。

「ロックって、昼食後に侍女の休憩室でよくお茶を振舞ってらっしゃる殿方?」

私は知らないと答えながら、さすがに何が言いたいかわかった。

「そういう事ですか!」

そこに二人がいたことは、簡単に想像がついた。

「彼は侍女達の中では顔が広いんですよ、さすがグレゴール様ですね」

「…」

「それより、どうします?」

アンは私を急かす。そうよね、事件は現場で起きているものね。

「…支援室に戻りましょう」

ありがとうっと執務室を出ようとするときにカミラに呼び止められた。

「?」

「リラックス、リラックス」

そう言われても速足で廊下を急ぐ。歩きながら、アンに事情を尋ねる。

「どちらも面談の順を譲らなかったのです。元々仲が悪かったみたいですね」

「そんな事で…」

確かエルナが魔法の天才でナディアは近衛兵、口喧嘩で済めばいいけど…

(今日はテーブルが壊れませんように)

廊下の角を曲がるとそこで一人の侍女に王女殿下と呼び止められた。

近衛兵の制服、日焼けした肌に短く整えられた栗色の髪、鋭い灰色の瞳をしている。

腰に剣がないところを見ると、休憩中らしい。ただ、私は彼女に面識がない。

すると、後ろにいたアンが私の横に来て言った。

「ナディア・ロシュ!」

私は近衛兵を見た。たしかに制服の胸辺りに膨らみが無かった。

アンの話では、エルナと激しい口論をしていたはず。

一瞬、彼女にぶん殴られて床に倒れたエルナを想像して眩暈がした。

「貴女、エルナを」

私は廊下にいる事に気が付いて口を噤んだ。こんな所で話す話じゃない。

あわてて、近くの相談室に彼女を連れ込んだ。

アンがバタンと扉を閉めた。

私は椅子に腰を掛けながら、手を胸元に添えて扉の前に立つナディアに言った。

「エルナは無事なのよね」

その言葉にナディアは少しむっとしながら応えた。

「規律を遵守する私と、あの演劇馬鹿と同じ扱いとは、屈辱です!、もっとも私が去った後は存じ上げませんが」

どうやらエルナは無事らしい。

「面談の件ですが、私の方が先に呼ばれていたはずです。記録上、室長代理の指示は私に優先権があります」

「はい、記録は確かにナディアが先です。ただ、エルナが一歩先に婚活支援室に来ていたのです」

アンの言葉にその場の光景が目に浮かんだ。

「そこでロック様が“どっちでもいい”って言ったのが原因かと」

「“どっちでもいい”って言ったの? 室長代理が?」

「はい。しかも、紅茶を淹れながら」

「……ロックには、後でじっくり事情は聴きましょう」

私の言葉にナディアは、静かに言う。

「ロック様への騎士団流指導や懲罰なら、私にお任せください」

その言葉に、アンの耳がぴくりと跳ねる。

「嬉しそうな顔はしないの。問題はあなた達が拗らせたことよ」

そんな時、扉をノックする音がした。ナディアが扉の方を振り向いて通る声で言った。

「名を名乗られよ。そして所属と、入室を求める理由も述べよ」





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