第8話 新しい仲間も相変わらず
翌朝、私はケモ耳侍女のアンを連れて婚活支援室(仮)へ向かった。
昨日、私がテーブルや食器を破壊し、カーペットに大きな紅茶の染みを作った応接間は、まだ掃除中で使用できなかった。テーブルの破壊を調度係に責任を被せた事で多少心が痛んだのを思い出した。貴族社会で責任転嫁はよくある話。不運だと思って諦めて欲しい。私は廊下の向こうの昨日と同じ小ぶりの相談室に向った。
部屋の前には、近衛兵服の見知らぬ男が立っていた。そう若くない三十歳前後、名札に、ロックと書いてある。名札を付けるのは役職者が、部下の名前を覚える気がないから、そんな話を聞いた覚えがある。そんな事はどうでもいい。副団長代理格のグレゴール様の部下だろうか、それとも別か?彼の印象は――普通。これは褒め言葉じゃない。背を向けたら忘れてしまいそうって感じ。
侍女のアンが、私の前に出て、王女様(私のことね)に用かと尋ねた。
城内では、普通、王族は城内でも明らかな格下とは直接話す事は滅多にない。
ロックは一通の手紙をアン経由で私に渡した。グレゴール様からだ。
「私の代わりにロックを室長代理として派遣します」
……昨日の様子を見て、逃げたらしい。テーブルの破壊の件か、婚活支援室(仮)の将来性への懸念か、あるいは…。ただ危ないと思ったら距離を置くという嗅覚はさすがだわ。
室内に入ると、ロックは改めて挨拶をした。
やけに堅苦しい言い回しだったので、私は眉をひそめる。
「妻に言われまして。最初が肝心だと」
なるほど。妻持ち。どうやら既に嫁の尻に敷かれているみたい。婚活支援室にしては、ずいぶん安定した人材が来たものだ。
私は最初、彼が手違いで来た婚活希望者かと思った。
それは偏見だと反省する。あのジョン様の美点?を見出したのはかなり後だもの。第一印象が残念でも、何か光るモノがあるのだろう。聞けば新婚3か月らしい。
私への挨拶が終わると彼は紅茶の準備を始めていた。
仕事を取られた侍女のアンは不満そうだけど、彼の手際の良さには驚いている。
そして、私に出された淹れたての紅茶は――絶品だった。
アンは悲しそうに美味しい紅茶を飲んでいた。
「私の淹れた紅茶、美味しいでしょ。私の妻も大絶賛ですから」
ロックは誇らしげに言った。私はカップを傾けながら、心を落ち着かせていた。
紅茶の香りを楽しんでばかりはいられない。
私は昨日のリストを受け取った。拗らせ侍女の一人目のカミラの行は、進捗率70%と、成婚率99%と赤字で書いてある。書いたのは私だけどね。これが私の手腕なのよ、宮廷婚活支援室(仮)の仮オープンのわずかな時間でこの実績。豪華なテーブルを破壊してもお釣りがくる功績だわ。でも、それはもはや過去の栄光、この勢いで二人目、三人目と片づけなくちゃ。
そんな上機嫌な私に、ロックは言った。
「グレゴール様の指示で、新しいリストを持参しました」
その瞬間、私の手のリストが回収、交換される。まるで証拠を隠滅するかのように。
「ちょっと待ってよ、私の実績はどうなるの!」
「私に言われましても」
ロックはどこ吹く風のよう言った。
もはや彼はグレゴール様の直属ではなく、ここの室長代理という事らしい。つまり、私の文句は彼の業務外。文句があるなら上司に言えという顔、その上司は私なんだけど。
「……」
私の後ろに立っていたアンが王女様と優しく私の肩を手を置くと耳元で囁いた。
囁きが、ごにょごにょして、こそばゆく思わず身体がくねくねしてしまった。
テーブル越しに、そんな私を見たロックは顔色を変えず言う。
「私も耳が弱点でして、たまに妻に…」
「黙ってて」
私は顔を真っ赤にしながら、アンの話を聞いた。
「グレゴール様への、仕返しは私にお任せください」
「そ、それは後で…」
彼女の忠義は分かるけど、作戦会議は後よ。
そう考えるてると、またこいつが。
「ですよね、やはりその後は寝室で…」
(知らんわ!)
「だから、黙ってなさいって!」
私は、改めて新しいリストに眼をおとした。
一番目は、やはりカミラではなくなっている。
それはいいとして、読むのがめんどくさいのでアンにリストを読ませることにした。
ざっとリストを見た彼女は、私に一つの提案をした。
「ロック様を含めて、三人で、意見を出し合うのはどうでしょうか?」
彼女も”婚活”に興味深々なのだ、瞳が輝いている。
「いいわよ」
侍女としてはいかがなものだけど、ロックと二人で検討よりは、全然いい。
ではと、アンがリストを読み始めた。
アン:「一人目、リゼット・ヴァルモン、29歳、宮廷文書局所属の方です」
アン:「備考には、毒草の知識が異常に豊富で、実験のために周りに毒を仕込んだという前科があるそうです。若作りで顔だけ見たら22歳くらいだそうです」
ロック:「あの透明感は確かに魅力的ですね。男は“知的で冷たい美人”に弱いです。うちの妻も冷たいですが、もっと情があるので…まあ、妻の方が上です」
私:「はいはい。貴方の元カノ?やけに詳しいじゃない」
ロック:「なんといいますか、友達未満って感じです」
私:「次!」
アン:「二人目、ミーナ・クラウス、24歳、魔法図書館所属の方です」
アン:「備考には、禁書の閲覧記録を勝手に改ざんしていて、裏情報に異常に詳しく、おじさんキラーだそうです」
ロック:「あの笑顔、確かに破壊力あります。男はああいう“甘え上手”に騙されがちです。うちの妻は甘えませんけど、逆に安心感がありますね」
私:「“騙されがち”って、あなたの話でしょ。あと、“おじさんキラー”って言葉、もうちょっと選びなさい。“小悪魔系”とかあるでしょ」
ロック:「一度食事で散財させられた事があります。それっきりです」
私:「次!」
アン:「三人目、エルナ・グレイヴ、32歳、城内劇団所属の方です」
アン:「備考には、演技訓練中に実戦魔術を使って舞台を破壊したことがあり、お姉さまとして最高で筋肉が美しいそうです」
ロック:「あの腕、惚れますね。男は“守られたい願望”を持ってるものです。うちの妻も腕っぷし強いですが、もう少し柔らかいです。妻の方が…まあ、上です」
私:「また妻比較。もう私突っ込まないから、少し発言を控えなさい」
ロック:「わかりました!」
アン:「四人目、フィオナ・ベルンハルト、27歳、城内厨房所属の方です」
アン:「備考には、呪術で食材の相性を調べて献立を変更していて、とにかく胸が大きく制服が限界突破していたそうです」
ロック:「あれは…目のやり場に困りますね。男は“母性と魔性の融合”に弱いです。うちの妻の果実はもう少し控えめですが、料理の腕はフィオナさん以上です。」
私:「私の言ったこと覚えてる、ロック?」
アン:「胸の大きさはここでは、センシティヴだから控えたほうがいいですよ、ロック様」
ロック:「なるほど胸の大きさはここではセンシティヴなんだね、ありがとうアン」
私は軽く、アンの脇腹のパンチを入れた。
アン:「ご、五人目、ナディア・ロシュ、30歳、近衛兵所属の方です」
アン:「備考には、任務中に王族の予定を勝手に調整したことがあり、私よりぺったんこだそうです」
ロック:「ぺったんこって…まあ、動きやすそうではあります。男は“機能美”にも惹かれます。うちの妻は…ええ、もう少し立体的です。妻の方が上です」
私:「二人とも、センシティヴって言葉の意味わかってる?」
私は、アンにリストの読み上げを止めさせた。
これ以上説明されても、誰が何だったか分からなくなるし、少し疲れたわ。
私:「じゃあロック、あなたでもこなせそうな侍女を二人、選んでみて。口だけじゃなくて、実務でね」
ロック:「はい、室長代理としての責任を果たします。……まあ、どの方も大変そうですが」
アン:「全然、表情を変えませんね、ロック様は意外と大物かもしれませんね」
私:「それはないでしょ」
ロックは紅茶を注ぐのに集中していて私達の話は聞いちゃいないだけ。
ロック:「では、ナディア・ロシュとエルナ・グレイヴにします」
(ほら、聞いちゃいない)
私は立ち上がって、軽く背筋を伸ばした。
昼食にはまだ少し早いけれど、そこは王女の特権。
「お食事に行くけど、あなたも一緒にどう?」
さすがに今日来たばかりのロックをのけ者にするわけにはいかない。王族専用のテラスに招待してあげる。
「あ、ありがとうございます。ですが、私には妻が作った弁当がありますので」
「それは仲がよろしいこと。なら、二人にアポを取って、初回面談を早々にお願いできるかしら」
普段の私なら、こんなに急かしたりしない。
でも今日は――何か邪悪なモノが私にささやいたのよ。
アン:「人の幸せって、傍から見たら嫌ですね」
私は無言で、アンの頭をコツンとグーで叩いた。
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