第9話 奴隷商
シドラスは現在、人材雇用のために奴隷商に来ていた。ロアは目を閉じて彼の足元に丸くなっている。
人を雇うならば商人ギルドに行くのが一般的ではあるが、シドラスは1年前に商人ギルドから紹介された庭師に裏切られているため、利用するには気が引けた。
商人ギルドから謝礼金は支払われたが、失われた信用というのは金で修復できるものではない。
悩みに悩んだ末に、シドラスは奴隷を雇うことにした。
ここヴァレンティア王国では種族に関係なく、人攫いなどの本人の意思を無視した奴隷の売買や、罪を犯していない者を奴隷とすることは重罪であり、絞首刑と定められている。
主に奴隷商で売買されるのは労働奴隷や借金奴隷、稀に犯罪奴隷だ。首には隷属の首輪があるため主人の命令に逆らうことは出来ないが、労働中は刑期が短縮されたり、主人による”温情”で解放されることもあるため、自ら望んで買われる奴隷は多い。
「お待たせしました、シドラス様。こちらが条件に合う奴隷の一覧でございます」
応接間の扉が開き、眼鏡をかけた中年男性の支配人が姿を見せる。ソファに座るシドラスの前に、奴隷についての情報が書かれた羊皮紙を置いた。
「文字が読める、健康状態に問題なし、家事が得意、護身術の心得あり。頂いた条件ですと、こちらの3名が該当します」
シドラスは三枚の羊皮紙を手に取って内容に目を通す。
名前:エルミア・ラティエ
種族:人間
性別:女性
年齢:43歳
評価能力:料理、洗濯、帳簿管理、護身術
奴隷種別:借金奴隷
奴隷契約の理由:亡夫の事業失敗により多額の借金を抱え、返済のために自ら奴隷契約を選択。自活力と教育水準の高さから商家からの需要が高い。
買取価格:銀貨680枚
備考:身綺麗で礼儀も正しく、買われることで借金が帳消しになる契約内容に本人も納得済み。
名前:バルド・フェンリオ
種族:人間
性別:男性
年齢:31歳
評価能力:警護業務、扉の修繕、重荷運搬、簡易治療、読み書き可
奴隷種別:犯罪奴隷(刑期短縮を希望)
奴隷契約の理由:元傭兵。戦時中の命令違反により実刑判決を受けるが、奴隷として奉仕すれば刑期が軽減する制度を利用し、自ら志願。
買取価格:銀貨510枚
備考:無駄口を叩かず命令に忠実。護身術にも長けている。現在までに3人の主人との短期契約にて労働実績あり。勤務態度に問題なし。自身の解放まで残り1年8か月。
名前:ネリア・クローヴァ
種族:ハーフエルフ
性別:女性
年齢:19歳
評価能力:薬草の選別、調薬器具の管理、読み書き、家事全般、初級防御魔法
奴隷種別:労働奴隷
奴隷契約の理由:住んでいた村で飢饉が発生。家族を守るため、都市で労働奴隷として買われることを選択。労働賃金は家族への送金を希望。
買取価格:銀貨740枚
備考:意思も言葉も明確で献身的。薬師に雇われることを希望している。
「バルド・フェンリオとネリア・クローヴァ、両者と面談がしたい。連れて来てくれ」
「かしこまりました。お一人ずつでよろしいでしょうか」
「面倒だから2人一緒でいい」
「承知致しました」
支配人は頭を下げると、すぐに2人の奴隷を引き連れて部屋に戻って来た。
バルドは赤い髪にオリーブ色の瞳を持ち、手足や顔に切り傷があり体格も良い。ネリアは金色の長髪と瞳をしていて、手足が折れそうなほど痩せてほっそりとしている。
両者とも着ている服は簡素だが身綺麗で清潔感があり、奴隷商としても真っ当な扱いをしていることが伺える。なにより、どちらの目も曇っておらずシドラスをしっかりと見据えていた。
「ソファに座ってくれ。立たれていると首が痛くなる」
奴隷の二人は思わず支配人を見る。支配人が頷いたため、二人は対面のソファに腰を下ろした。
「まず、俺はこういう者だ」
シドラスは机の上に薬師ギルドのギルド証を置いた。身分を明かすにはギルド証が一番手っ取り早いからである。
金箔で縁取りされた黒いギルド証には薬師ギルドの紋章が刻まれ、シドラスの名前と等級が記載されている。その下にはさらに王立薬術院の特別指導員であることと、ヴァレンティア王家が認定する最上級調薬権限保有者、大陸薬術協会の禁制薬製造許可証保持者であることが克明に刻まれている。
バルドとネリアは自分たちがとんでもない人物に雇われるかもしれないと気付き、背筋を伸ばして姿勢を整えた。
「最初に言っとくが、俺はお前たち2人を雇う気がある。それを前提に話を聞いてくれ」
回りくどいことが面倒なシドラスは早々に胸の内を明かして話し始めた。
「仕事内容としては家の掃除と薬草園の管理だ。俺は仕事で家を空けることが多いから帰って来るのは数か月か半年程度。給金は月に銀貨50枚。何か質問は?」
バルドがすぐに手を上げた。シドラスが頷くと、口を開く。
「自分は犯罪奴隷ですが、給金を頂けるのですか」
借金奴隷や労働奴隷ならまだしも、犯罪奴隷は刑期短縮が報酬になるため給金が払われないことは多い。給料があることのほうが珍しいのだ。
「金もやるし週1で休みもやる。娼館に行こうが恋人を作ろうが好きにしろ。ただし俺に迷惑だけはかけんな」
「仕えるのはご主人様だけでしょうか?それとも、薬師ギルドの方にも命令権がありますか?」
「ギルドは関係ねぇ。俺だけだ」
「他の奴隷や召使いの方はいらっしゃいますか?」
「いねぇ」
どうやらバルドは雇用される気があるようで、認識を擦り合わせるためにシドラスに質問を投げかける。
「仕事で家にいないことが多いということでしたが、自分も同行することになりますか」
「薬師ギルドの仕事だから行くのは俺とコイツだけだ。同行は必要ねぇ」
シドラスの足元で丸くなっていたロアが一度だけ尻尾を揺らした。バルドは動物が好きなのか、やや表情を緩めた。
「矢継ぎ早に質問をしてしまって申し訳ございませんでした。雇って頂けましたら誠心誠意お仕え致します」
「おう。そっちのエルフは?」
「私は、その……分不相応かもしれませんが、薬師を目指しています。ご主人様の調合を見学することは可能でしょうか」
「つまりは弟子希望ってことか?」
「い、いえ!そんな厚かましいお願いをするつもりは…!」
ネリアは慌てた様子で両手を横に振った。
「ですが、薬術試験への参加を認めて、頂ければ……」
言いながら彼女の声は徐々に小さくなる。奴隷が試験に参加することは基本的に有り得ないからだ
試験に行くためには当然、仕事を休む必要がある。奴隷に休みを与える主人は少ない。仮に休みがあったとしても受験にはお金が必要で、合格するには知識や技術も必要。必要とするものが多すぎて現実的ではないのが一番の理由だ。
ネリア自身もそれは分かっている。けれど、どうしても諦め切れず、せめてそれに携わりたいと思って薬師に雇われることを希望した。
無言で何かを考え込むシドラスを前に、彼女は冷や汗を流し、膝の上にある両手を握りしめる。どうして薬術試験に参加したいなんて言ってしまったんだろう。余計なことを言わなければ、良い条件で雇ってもらえたかもしれないのに…。
「支配人。1つ質問なんだが、雇った後に別の場所で働いてもらうことは契約上可能なのか?」
「本人同士の合意があるのでしたら、労働場所や契約については私共から口出しすることはございません。貴族ですと本家から分家に奴隷を下賜することもございますので」
「なるほど…。ネリア、仕事に同行する必要はないと言ったが、お前だけは契約条件を訂正する。本気で薬師を目指す気があるなら、たまに同行させる。それで良いなら雇用しよう」
薬術試験への参加も認めると言葉を続けると、ネリアは涙を滲ませて頭を下げた。
「ありがとうございます!誠心誠意、身を粉にしてお仕え致します!」
「ああ、そうしろ」
話がまとまった為、支配人は正式な雇用関係を結ぶための契約書を机の上に置いた。シドラスは迷うことなく契約者に自分の名前を署名する。契約書はそれぞれ、シドラス、バルド、ネリア、そして奴隷商の支配人が保管することになる。
契約書に記載した時点で隷属の首輪の主人はシドラスとなり、バルドとネリアの所有権は奴隷商からシドラスへと移行された。
「それではこちらにお支払いをお願いします」
シドラスは支配人が差し出した銀の受け皿に銀貨1500枚と書いた小切手を置く。バルドとネリアの買取価格の合計は銀貨1250枚のため支払い額が多い。
口止め料ということを察した支配人は黙って頭を下げて小切手を懐にしまった。
「本日はお買い上げ頂きまして誠にありがとうございます。今後もご贔屓いただけましたら幸いでございます」
支配人に見送られ、シドラスはバルドとネリアを連れて奴隷商を後にした。2人の服装がやや上質なモノになっているのは、支払額に対するささやかな贈り物ということだろう。
「そんじゃ、帰るぞ」
「がう」
「はい!」
「かしこまりました、ご主人様」
シドラスたちは帰路につく。
良い条件で雇ってもらえたことを密かに喜んでいるバルドとネリアは、まだ知らない。シドラスが護身術の条件をつけた理由が、まさか成長しすぎたマンドラゴラを採取したり、胞子を撒き散らす食人植物を刈り取るためのものであることを…。
【あとがき】
読んで頂きありがとうございます。
更新は毎週土曜日の朝7時です。
ロマンス辞典なるものを買いました。心がキュンキュンします。
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