第4話
また、始まってしまった――。
私には、年下の可愛い彼女が居る。
私と恋人の透は付き合い始めて4年くらい経つ。学生時代に付き合い始め、今では同棲をしているくらいには良い関係を築いている。
けれど、4年間全くなんの問題もなく恋人関係を維持してきたのかといえば、そうではない。
むしろ、何度も喧嘩というか、気まずくなる瞬間があった。
女性同士で付き合っていることもあって、やっぱり色々デリケートな部分はある。
それに、真面目で考えたことを自分の内側に溜めてしまいやすい透と、表面上明るく接する反面、本心を口にするのが苦手な私。いろいろ思うところがあるのに、遠慮しあった結果、お互いに気まずい思いをすることがある。
そこで、透が発案したのが、『本音会議』というものだった。言葉通り、互いに腹の内に納めていた考えを吐き出し合って、スッキリしちゃいましょうというもの。
場合によっては決定的な関係崩壊を招きそうなものだけど、「それでダメになるなら、元から無理だったってことだよ」という透のドライな言葉に、むしろ私は感心させられた。
そんなことができる仲なら、日頃から本音で話し合えと言われるかもしれないけど、私たちには私たちのペースがある。
そんなわけで、現在、私たちはリビングのテーブルを挟んで向かい合っている。
「単刀直入に聞くけど、琴声は今の仕事、辞める気はないの?」
私の目を見てストレートな言葉を投げる透。私もそれに
「ないよ。今の仕事は楽しいもん。突然辞めたら、会社の人にも迷惑が掛かるし」
「でも、健康を害するほど働かないといけない会社でしょ? 前から思ってたけど、琴声の会社って、世間ではブラックって言われる部類だよ」
「まあ……それは否定し難いけど……」
透の言い分は分かる。毎日朝早くに家を出て、終電ギリギリに帰るような会社は、一般的に良い会社とは思われないんだろう。
でも、私はやりたくない仕事のために、嫌々遅くまで会社に縛り付けられているわけじゃない。
私の会社は、透の会社ほど大きくはないけど、だからこそ規模を大きくしようと社員一丸となって奮起している。一人一人の仕事が、大きく会社に貢献できるやりがいのあるものだ。
私は自分の仕事の成果が目に見えて実感できる今の仕事が凄く楽しい。
「働いた分だけのお給料はちゃんと貰ってるし、何より私自身が働きたくて遅くまで仕事をしてるんだよ。大変だけど、それ以上に充実してる。だから、今の会社を辞める気はないかなぁ」
私の回答は透にとって予想通りのものだったのだろう。彼女は唇を尖らせて分かりやすく不貞腐れた顔になっていたけど、それでも頷いてくれた。
「でも、倒れるまで働くのは絶対にダメ。琴声が大丈夫って言うから、私も信じてたけど……やっぱり健康に害があるレベルの働き方は良くないよ」
「それは、私も反省してます……。でも最近ちょっと立て込んでたんだよ。大きな仕事を任せて貰えて、私も絶対成功させたかったし。正直、今も早く職場に戻って働きたい……」
自分がこんな典型的な仕事人間になるとは、数年前は思っていなかった。
定時に帰ってそこそこのお給料を貰えれば満足できると思っていたのに、やっぱり人は実際にその状況になって見なければ分からないものだ。
透には、そんな私の変化が、受け入れがたいのかもしれない。
「…………私と一緒に居る時間より?」
――ひゃぁぁぁぁ‼
ウチの彼女さんが、なんか可愛いこと言い始めちゃった……。
「そ……れは、その……」
「私、琴声と一緒に居たいから、毎日頑張って定時に帰れるように仕事してるのに……」
本人も言っていた恥ずかしいのか、プイッと顔を逸らしてしまった。
今すぐ抱きしめて寝室に連れ込みたくなる。
「わ、私だって、透と一緒に居たいよ? だから、休日だって可能なら透に合わせて取得してるわけだし……」
「でも、最近一緒にご飯も食べれてません」
「なんで敬語? それはごめんだけど。でも、この前は一緒にカレー食べたし……。それに、今は本当に忙しい時期なんだよ。この案件が終わったらまた余裕出来ると思うから、ね?」
「琴声、それ、半年くらい前にも言ってた……」
「うぐっ……」
半年前は別の案件をやっていた。無事にそれを成功させた私は、上司からの評価を得て、入社3年目にしては良いポストに就いている。
おかげで、昨年度より大きな仕事を任せて貰えるようになった。
だからこそ、今回は張り切り過ぎて、あんなことになってしまったわけだけど……。
思い返してみればなんとも情けない……。
結局、透にも会社にも迷惑を掛けてしまった……。
「私、琴声が一生懸命仕事してるのは分かってるし、だから黙ってたけど……。でもやっぱり、良くないよ。琴声が倒れた時、私がお医者さんになんて言われたか分かる?」
「…………わかんないです」
「今の生活を続けたら、最悪過労死するって。ホント、その場で卒倒しそうになっちゃったんだから」
「ゴメン……」
今にも泣きそうな顔で話す透を見ていると、胸がギュッと締め付けられる。
本当に、本当に心配をかけたんだろう。これまでも遅くに帰ってくる私を不安そうに見ている事には気づいていた。
それでも、言いたいことを我慢して私を見守ってくれていたのは、私を信じてくれていたからだ。
なのに、私は、その信頼を裏切ってしまった。
「はぁ……本当にごめん透。……わかった。上司とも話して、働き方を変える努力はする。私だって、人生の全てを会社に捧げる気はないし……透の事を大切にしたい」
「本当に?」
「ほ、本当です」
じっとりした目で睨まれてしまった。仕事に夢中になって彼女をほったらかした挙句、自己管理が出来ずにぶっ倒れてしまったのだ。当然の反応だろう。
「……信じる。でも、次にこれまでと変わらない日が続くようなら……私、琴声にしがみ付いてでも仕事を休ませるから」
「えっ……」
予想外の透の宣言に私は固まった。
「何? 嫌なの?」
「いや、会社を辞めろって言われるのかと……」
私が逆の立場だったら、透に泣きついて会社を辞めるように懇願する自信がある。
「……
「――――!」
透が愛おし過ぎて、心臓が潰れるかと思った。
同時にこれほど私を思ってくれる恋人をほったらかしていた自分に対して、一気に苛立ってしまう。
なんだか泣けてきた……。
「ゴメン、ごめんね透……」
「なんで琴声が泣いてるのさ……」
結局、最後には私が透に慰められていた。
その日の夜、年上なのに情けないなぁと思いながら、居心地の良い透の胸の中で、私はぬくぬくと眠りについた。
それは、久しぶりに、全身の力が抜けるような穏やかな時間だった。
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