第7話 妹とのデート(前編)

土曜の朝。窓から差し込む陽射しは柔らかく、カーテンの隙間から入り込んでリビングをやさしく照らしていた。


昨日の夜、写真部に入ることを家族に伝えたところ、案の定三人から激しく詰問されて大変だった。

食卓には食べ終わったばかりの朝食の皿が並び、いつもより少しだけ静かな雰囲気が漂っている。


「ごめんね浩太、美央。ちょっと急に仕事が入っちゃって……」

エプロン姿の母さんがスマホを耳に当てたまま慌ただしくバッグを肩にかけた。


「夕方までは帰れそうにないから、二人で仲良くしててね」

そう言い残して、母さんは玄関からぱたぱたと駆け出していった。


その直後、階段を降りてきたジャージ姿の姉ちゃんが弓道部の道具を肩に背負いな

がら顔を覗かせる。


「じゃ、私も部活行ってくるから。美央、浩太が変な事しないように見張っておきなさいよ?」

「変な事って……何だよ?」

「ふふん、それは浩太の想像に任せるわ♪」


姉ちゃんは挑発的な笑みを残し、軽い足取りで出ていく。玄関の戸が閉まる音が響き、家の中はしんと静まり返った。


 ……残されたのは俺と、美央。

「……」

「……」


リビングに二人、向かい合って座っているのに、昨日の事もあって空気が重い。いや、気まずいというべきか。


「……あのさ」俺が口を開く。

「結局、俺たち二人きりってわけだな」

「……うん」


美央は少し俯いたまま、髪の毛先をいじいじと弄っている。

「……どうする? たまには遊びにでも行くか? 外、いい天気だし」


何気なく言ったつもりだった。だが、美央はぱっと顔を上げて、じっと俺を見た。

「……ほんとに? お兄ちゃんと二人で?」

「お、おう。嫌なら別に――」

「嫌じゃない! すごく行きたい!!!」


予想以上に食いついてきて、俺は思わずのけぞる。

その目は、純粋に喜んでいるようで、輝いていた。




「で、どこに行く?」

ソファにだらしなく腰かけながら俺が尋ねると、美央は少し考えるふりをしてから、にこりと笑った。


「動物園!」

「お前、今から行くには遠すぎんだろ」

「じゃあ遊園地!」

「却下!」

「映画館!」

「……今、特に面白そうなのやってないからなー」


俺が突っ込むと、美央はぷくっと頬をふくらませた。

「……お兄ちゃんはどこに行きたいの?」

「そうだな… ショッピングモールにでもいくか?」

美央は数秒黙って俺の顔をじーっと見ていた。やばい、なんか妙に審査されてる気分だ。


やがて彼女は小さく笑って――

「……いいね。お兄ちゃんとなら、どこでも楽しいよ」

「……そ、そうかよ」







ショッピングモールまでは徒歩で二十分。駅前を抜け、人通りの多い大通りを歩いていると、自然と人混みに飲まれていく。 男性であるだけで注目の的になってしまう。


「……ねぇお兄ちゃん」

「なんだよ」

「手、つないで歩こう」

「はぁ? なんで」

「だって、人多いし。……それに」


美央は少しだけ俺を睨むように見上げ、唇を尖らせた。

「お兄ちゃんは私が守るから」

「大げさすぎだよ。」

「いいの。お兄ちゃんは少し危機感が足りないよ。 女はとっても危険なんだから!」


言いながら、彼女は俺の手をぎゅっと握ってきた。

その小さな手は、思った以上に力強い。

「いや……人前だぞ? 周りに知り合いがいたらどうすんだ」

「むしろ見せつけたいんだけど」

「お前な……」


美央は一切手を離す気配を見せない。

周囲を歩く女子たちの視線を感じながら、俺はどうにも落ち着かない気持ちになる。


「……それにね」

美央が小声で続ける。

「お兄ちゃんがどんなに優しくても……誰にでも同じ顔してたら、嫌だから」

「……は?」

「だから、ちゃんと覚えてて。お兄ちゃんは私のもの。……他の誰にも渡さない」


その言葉に、背筋がぞわりとした。

笑顔で言っているのに、声の奥には妙な重さがある。


そう言って、さらに指を絡めてきた。

……完全に恋人つなぎだ。

俺は人目を気にして必死に冷静を装うが、心臓は正直に跳ねていた。







モールの自動ドアを抜けると、冷房の効いた空気が肌を撫でた。

広い吹き抜けには人が溢れ、賑やかな音楽と呼び込みの声が響いている。


「わぁ……やっぱり人多いね」

「だな。ほら、あんま人混みに流されんなよ」

「だから手つないでるんでしょ?」

「……はいはい」


もう、完全に俺の手を自分のものにしたつもりらしい。周りからは普通にカップル扱いされているんだろうな……なんとも落ち着かない。


まずは美央の洋服を見に来た。

美央はハンガーに掛かったワンピースを手に取り、俺に向けてくるりと見せてきた。


「ねぇお兄ちゃん。こういうの、似合うと思う?」

「……まぁ、悪くないんじゃね」

「じゃあ買おうかな。お兄ちゃんが似合うって言ってくれたから」

「いや、なんで俺の一言で決定なんだよ」

「当たり前でしょ。お兄ちゃんにかわいいって思われたいんだから」


さらっと言うな、こいつ……!

俺は思わず目を逸らしてしまった。 なんで美央にドキドキされっぱなしなんだよ。


次に雑貨屋。

美央はペアマグカップを手に取り、真顔で俺に差し出してくる。


「これ買わない?」

「……いや、それ完全にカップル用だろ」

「いいじゃん。お兄ちゃんと私で使おうよ」

「母さんと姉さんになんて説明するんだよ!」

「‟仲良しだから”で通じるよ」

「いや無理だろ!」


本気なのか冗談なのか分からない調子で迫ってくる。

周囲の買い物客がちらちら見てくるせいで、俺の方が恥ずかしくなってきた。


時刻は12時過ぎになっていた。お互い少しお腹がすいたのでフードコートで軽く食事を取ることにした。


席に座ると、美央はスプーンを手にこちらをじっと見つめてくる。

「……はい、あーん」

「だからやめろって! 人目気にしろ!」

「えへへ、じゃあ小声で言うね……あーん♡」

「何の解決にもなってないぞ!」


結局、周囲の視線を浴びながら、俺は観念して一口だけ食べさせられる羽目になった。

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