第37話 ガルバス④

「別のこと?」

「ガルバスはサダナやリシェルから大金を脅し取れると確信するほどの秘密を知っていた。そして……これはまだ確証はねえが、大金を掠めるどころか口封じに殺されたんじゃねえかと、俺は考えてる。逆に言えば、サダナやリシェルにはそこまでしなきゃならないほどの秘密があった。サダナは愛人の件と言っているが、ギリーの話じゃ貴族様には当たり前らしいし、殺すほどとは思えん」

「相手が獣人というのは珍しいがな。そういうのも聞かないではない。好事家というやつだな!」

ギリーが得意げに鼻を鳴らす。

「またガキが妙な言葉を……ま、というわけで、サダナかリシェルにでかい秘密があり、それにガルバスが関わってるなら、魔物の討伐に関係していそうだ、と考えていた。つまり、サダナの行った魔物討伐に関して、何か事件はなかったか?」

パンザロールは手元の書類をめくり、目を走らせながら答える。

「秘密ですか……サダナ子爵の魔物討伐は先々代から何年かごとに行われていますが、特に捜査局が出るような目立った事件はありませんね。もちろん、村が魔物に襲われているので被害は出ているわけですが……家が壊れたとか、畑が荒らされたとか、軽微な被害に留まっています」

ギリーが口元に手をあて、その指を動かす。

「サダナはむしろ魔物討伐では賞賛を受けていたぞ。普段から領地に警備を置いていたので、村の被害を抑えられているのだと聞いたことがある。吾も大きな被害が出たという話は聞いたことがないな。例えば誰か死んだとか」

「……あ、ちょっと待ってください。村の被害はともかく、傭兵に死者が出たことがあったようです」

パンザロールが書類を指で軽く叩いた。

「十五年前ですね。ギリー捜査官は生まれていないので、ご存じなくても仕方ありません」

「子ども扱いするな!」

「ガキだろうが」

ギリーがむっとした顔になり、紅茶のカップを強めに置く。

「マゴール村のアンデッド襲撃で、村人に被害は出なかったが、傭兵が一人死亡。死んだ傭兵には娘がおり……ほう、サダナ子爵が引き取ってますね」

そのとき、黙って話を聞いていたモーリーが、目をぱちくりさせた。レムは横目にそれに気づいたが、パンザロールに質問をする。

「引き取ってる? その娘はいくつだ?」

「十五年前で、当時五歳だったそうですから……今は丁度二十歳になりますね」

「まさかそれがリシェル、ってことはねえよなあ」

レムが頭をかきながら言う。

「リシェル夫人は三十歳を過ぎていますからね……はは」

ギリーがレムに、ふふんと鼻を鳴らして言う。

「こういう場合、使用人として育てるのが通例だぞ」

「……使用人?」

「メイドや執事、庭師にコック、貴族の屋敷に仕事はたくさんあるからな」

「屋敷に勤めていた使用人にその娘はいるか? 話を聞いてみたい」

パンザロールが慌てて書類をめくる。

「はい、使用人のリストはここに……あれ?」

「どうした?」

「二十歳の娘は……いませんね」

「なんだと?」

「子爵の使用人、つまりあの夜火事で逃げた人は……女性はメイドで四十過ぎの婦人、あとは庭師も執事もコックも、男です」

パンザロールが訳が分からないと言った様子でレムを見る。ギリーがそこに割って入る。

「では辞めたのだろう。結婚でもしたか、他の家に移ったのかは知らんが」

レムは顎に手を当てた。

「その四十過ぎのメイドってのは……いつから勤めてる」

「はい、調べでは……ひと月前ですね。最近だ」

レムはしばし考える様子を見せ、目の奥を赤く光らせながら言った。

「傭兵の娘、元メイドだった女の居所をすぐに調べてくれ」

「わかりましたが、なぜです?」

「サダナは、リシェルはあまり外に出ず、ずっと一人のメイドが世話していたと言った。ひと月前から務めてるメイドのことじゃねえだろう。五歳で引き取られて、十五年間屋敷にいた娘、そいつがリシェルの傍にいたメイドだ。リシェルについて何か知っているかもしれねえ」

「なるほど、他の使用人たちに当たってみましょう」

パンザロールが立ち上がり、書類を抱えてギリーの部屋を出ていく。

扉が閉じると、しばしの沈黙が訪れる。部屋に紅茶の香りと夕陽の赤が満ちた。

モーリーは飲み干したティーカップを置くと、落ち着かない様子で口を開いた。

「あの、捜査の邪魔になっちゃいけないと思って黙ってたんだけど……」

「うん?」

ギリーが首を傾げる。レムが鋭くモーリーを見る。

「何か、気になることがあったか?」

「さっき、マゴール村って言ったよね。サダナ子爵の領地の……」

モーリーは落ち着かない様子で、空になったカップを両手で抑えている。

「私、ギリーに呼ばれて戻ってくる前、フィールドワークに行ってたのが……その、マゴール村で……」

「そうなのか? 偶然だな」

ギリーが驚いた顔をする。

「そう、偶然なんだけど。たださ、さっきの話だと、マゴール村の被害は傭兵一人が死んだだけってことになってたでしょう?」

「それがどうした?」

ギリーがモーリーの顔を覗き込む。レムは黙ってモーリーの顔を見つめていた。

「おかしいんだよ。私はアンデッドがたくさんいる廃村があると噂に聞いて、マゴール村に行ったの」

レムの背筋がわずかに強張る。

「なにい!?」

モーリーが息をのむ。

「マゴール村は確かに廃村だったよ。生きてる人間はいなかった。そして、アンデッド……生ける屍も、いなかった。何体か、アンデッドか人間のかもわからない骸の欠片が転がっていただけ。あとは何か魔術が行われた痕跡があって……私はそれを調べていたんだけど、結局わからずじまいで……」

「……マゴール村には、誰も、いないのか?」

ギリーが不審げな顔をしている。

「マゴール村は十五年前にアンデッドの襲撃から、一人の傭兵の犠牲で守られた。それなのに、いつの間にか廃村になってる。私が噂を聞いて、マゴール村について調べていたとき、その噂を信じず笑う人さえいた。そりゃそうだよね。捜査局ですらそんなことは把握していなかった。貴族たちの間でもサダナ子爵の領地の警護は評判がよかった。村から十五年間で完全に人が消えたのに、ほとんどの人がそれを知らなかったってこと? 私、混乱してきた……ねえ、これってどういうこと?」

レムがゆっくりと立ち上がる。

「こりゃ……ますます辞めたメイドに話を聞く必要が出てきたな。十五年前のマゴール村にいて、リシェルだけじゃなく、サダナの近くにずっといた、その女に」


〈大審院の審理まで――あと6日――〉

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