第19話 獣人の女②

ミナの手の甲に生えたブルードラゴンの鱗が、窓から差し込む夕日に、虹のようなぼやけた反射光を作る。ミナはその手の上に、もう一つの手を置いた。

「子爵様はあの夜……あれはトキコウモリが5回鳴く少し前に、こちらを訪ねてらっしゃいました。それからは明け方まで私と過ごし……そのあとお互い眠り、起きたのは昼になろうかという時間でしたわ。食事もそこそこに、急ぐからと出てゆかれました。ちょうどその頃、教会の昼の鐘が聞こえたのを覚えています」

ミナは静かな、澄んだ声で語った。レムはじっとその様子を見て、口を開く。

「子爵の姿を見た者はあんた以外にいるかい?」

「家の前の通りに、飾り物を売るメラドという商人が屋台を出しています。子爵様が家を出たところを見かけたかもしれません」

「その商人てのはいつからいた?」

「いつも明け方には店を開けて、昼過ぎまでいます。昨日もそうだったかと」

レムはパンザロールを見る。パンザロールも丁度レムを振り返ったところだった。

「パンザロール、メラドという商人だ」

「調べさせよう」

パンザロールが立ち上がり、家の外へ出ていった。

ギリーがむすっとして、背もたれにもたれかかりながらレムを見ている。

「なんだ?」

「なんだかお前ら、吾を無視して話を進めていないか」

「パンザの奴は色々とわかってるからな。あいつを助手にすればよかったのに」

ギリーが手をだし、ちっちっち、と指を振る。

「吾を甘く見るな。パンザロールは吾が着任して最初に助手にしたのだ。だが一週間で腹が痛いと言い出して、一か月休んだ」

1本だけ立てた指は、一週間と一か月の意味だったらしい。レムが天を仰ぐ。

(毛の抜ける思いだったろうな……かわいそうに)

ギリーは腕を組む。

「その商人とやらが子爵を見かけていたら、ミナの言う通り子爵は昼前までこの家にいたことになる、ということか?」

「いや、それだけじゃ、断言できねえ」

「なんだと!?」

レムがミナを見る目が鋭くなる。室内の空気が少し張りつめる。

「子爵が夜遅くにここにきて、明け方まであんたと過ごしてた……確かか?」

「……はい」

「何をしていた?」

ミナは身をすくめ、手を膝の上に置く。

「吾はわかるぞ! 明け方まで男女がすることといえば一つ! まぐ……」

レムがギリーの口をすかさず手で覆う。

「黙れ!」

「ふごー!」

ほとんど顔を覆った手の隙間から、ギリーの呼吸音が漏れた。

「別に何をしてたかは言わなくていい。それより聞きたいのは、あんたと子爵が過ごしていた間、何か起きなかったか?ってことだ」

「何か?とは」

「なんでもいい。外で誰かケンカしてたとか、あんたら二人が一緒に覚えてそうなことだ」

そういわれて、ミナは頬に手を当てた。

「どうでしょう……ああ、でも、トキコウモリが7つか8つ鳴いた頃でしょうか、お隣から大きな音がしました。何か割れるような音です。私が怯えていると、子爵様が水瓶でも落として割ったのだろうと……そんなことを話した覚えがあります」

「なるほど」

レムがゆっくり立ち上がる。その頭はミナの小さな家の天井にぶつかりそうで、少し傾けなければならない。

ドアが開き、パンザロールが戻ってきた。埃を払いながらレムに近づいてきたので、レムは身をかがめる。パンザロールが耳打ちで伝えてくる。

「彼女の言ったとおりだった。商人メラドはすぐにつかまって話を聞いた。昨日も朝からここに店を出していて、昼の鐘が鳴るときに子爵が出てくるのを見たそうだ。子爵はフードをかぶっていたそうだが、本人に面通しさせたらこの男だと。やたらこそこそしているから気になって覚えていたらしい」

「そうか。俺も子爵に聞きてえことができた。代わりにあの女を見といてくれ。ギリーの面倒もついでにな」

パンザロールは最後の頼みを聞いて露骨に嫌そうな顔をしたが、ともかく頷いた。

レムは扉へ向かう。その足元の床がきしみ、ギリーが股をくぐって先に外に飛び出していく。

「こいつ……」

「吾を置いていくな!」

扉の外、夕暮れの風が吹き抜ける。埃混じりの風のなかに、黒衣の捜査官たちに囲まれたサダナが立っていた。

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