第3話 クイーンルーム
落とし穴に落ちたが延命、初対面のそばかす女からMPを奪い、万全の状態を取り戻すことが出来た俺は、さっそくこの部屋からの脱出を試みようとしていると、ふと部屋の中心に見覚えのある泉がある事に気づいた。
「なるほどな、ここはクイーンルームだったか」
「くいーんるーむ?」
無知な子どもの様な反応にいら立ちを覚えつつ、この言葉の意味すら知らないそばかす女に呆れた。
「てめぇ、ダンジョンは初めてか?」
「は、初めてじゃないですよ、でも、クイーンルームというのは聞いたことがありません」
そばかす女は10階層に到達未満のビギナー冒険者といったところか。
「クイーンルームってのは、ダンジョンの10階層ごとに配置されてる休憩所の事だ、基本的に魔物は出現しねぇんだが・・・・・・」
「だ、だが何ですか?」
「時折、魔物の出現が報告されているらしい。なんでもそいつに出くわしたら最後、このクイーンルームは血の泉に変わり果てるそうだと」
「ち、血の泉・・・・・・」
そばかす女は、生唾をごくりと飲み込む音を立てながら、わずかに肩をすくめていた。
「たまたまクイーンルームにたどり着いた奴らが、血まみれの室内で死に際の冒険者から聞いた話らしいんだが。実際にこの目で見ねぇ事にはいまいち信用ならねぇな。ダンジョンじゃ身内同士の裏切りだって少なくねぇ」
実際、俺もそのうちの一人だしな・・・・・・全く、地上に戻ったらあの軟弱者どもに復讐の炎ってものを見せつけてやらねぇとな。
「そ、そんな怖い所なんですね、早く出ましょうっ」
「んなことは分かってる」
しかしクイーンルームか、俺が落とし穴に落ちる前は21階層だったはずだから、ここは30階あたりか?
いや、もっと深い所の可能性も・・・・・・まぁいい、とにかく今はこの階層の様子見だ。
「いいか女、俺のそばを離れるなよ」
「あ、その前に一ついいですか」
「いいが、一つで済ませろよ」
「私の名前はサラ・アンバーです、女じゃありませんから」
何を言い出すかと思えば自己紹介だと?普通はこの先のダンジョンでの注意点とか、立ち回りについての助言を求める所だろうが・・・・・・とは思ったが、あまりにも腑抜けた面をするそばかす女にそんな怒りすら湧いてこなかった。
まぁ、こいつの事は「魔法のツボ」という「喋る道具」とでも思った方がましだろう。
「・・・・・・そうか、だからどうした、行くぞ女」
「ちょ、ちょっとあなたの名前は?」
「一つだといったはずだ、余計な詮索してくんな」
俺はクイーンルームにある無駄に頑丈な扉を開くと、そこからつながる廊下は宙に浮く魔法の炎でオレンジ色に照らされていた。
見慣れた光景ではあるが、妙に胸騒ぎを覚える状況に俺はすかさず【消音】と【透明化】の魔法を自らに施した。
「あれっ、あれっ、どこ行ったんですか顔だけは良い人ーっ!?」
相変わらずうるせぇそばかす女は、今にも泣きだしそうに怯えながら足をガタガタと震わせていた。
そんなそばかす女にも仕方なく俺と同様の魔法を施してやると、金切り声を上げながら驚いた様子を見せた。
「イヤァーーーッ・・・・・・って、あなたでしたか」
「ギャーギャー騒ぐな」
「すみません、っていうかいきなり消えたり現れたりって、どういう事ですか?」
「姿を消して音を消した。そのままの意味だ、言葉わかるか?」
「それはつまり、先ほど言っていた魔法の事ですね。あれ、じゃあどうして私達は互いに視認して会話もできているんですか?」
「【感覚共有】の魔法も使っている、いいからとにかくついてこい女」
「あの、だから私の名前はサラですってばぁ」
そうして、ダンジョンの廊下を進んでいるとやがて分かれ道や階段といったものが見えてきた。
もちろん、魔物はあちこちに存在しており、それらは俺たちを察知する事なくダンジョン内をさまよっていた。
一応、魔法はちゃんと機能している事に安心しつつ、このレベルの魔法を察知できないレベルの魔物となると、やはりここは30階で間違いないだろうと思っていると、そばかす女が話しかけてきた。
「あの、なんだか今の状況って、二人だけの世界って感じがしませんか?」
「・・・・・・」
いきなり何言ってんだこいつ。さっきの自己紹介しかり、こいつはどこか緊張感が足りない奴だ。
「なんか今すごくドキドキしているっていうか、冒険してるなって感じがしてとても楽しいです」
「お前、頭おかしいんじゃねぇか?」
人生で一番と思えるほどに呆れた俺は、怒りを通り越して思わず素の声が出た。
「だぁっ、誰が頭おかしいですかっ!!」
「てめぇだよ、いきなり何の話してんだこの野郎、ここはダンジョンなんだよダンジョン、もっと緊張感もて」
「そんなことわかってますけど、実際問題二人だけの世界じゃないですか、それの何がおかしいんですか?」
「大体、俺が魔法使ってやってるからこの状況が成立してるだけであって、本来はもっと過酷で面倒な場所なんだよっ」
「それは、わかってますけどぉ」
「そもそもてめぇの発言はどれも初対面の男に対して使う言葉じゃねぇんだよ、一々媚びてくんな」
「媚びてるつもりはありません、ただ、ちょっと普通に楽しかっただけです」
「楽しいって、てめぇダンジョンがどんな所かわかってんのか?」
「どんな所って、魔物がいてお宝を見つける場所ですけど」
「ちげーよ、ここじゃ人が死ぬのは日常茶飯事、楽しいもくそもねぇ、人が勝手にナワバリに侵入して宝を盗み、地上で儲けるための場所でしかねぇんだよっ」
「そ、そんなに怒ることないじゃないですか、それにここには人類の敵である魔物が潜んでいるんじゃないんですか?」
「人類の敵だ?そんな解釈は人間どもの傲慢だ、この世に一体どれだけの生命体がいると思って・・・・・・」
そんな口喧嘩の途中で、俺は大量の気配を感じ取った。それは紛れもなくこの階層のものではない強いものであり、すぐさま、そばかす女の腕を引っ張ってダンジョンの壁際に身を寄せた。
「なっ、何なんですか突然」
「うるせぇ黙ってろ」
強烈な気、やがて見えてきたのは魔物の軍勢だった。
そいつらは揃いも揃って真っ黒な鎧に身を包み、掘削用の得物を携えながら二足歩行で行進する様にダンジョン内を歩いていた。
そして、それはただの魔物ではなくこのダンジョンにおける支配者層「ストーンメイソン」で間違いなかった。
「あっ、あの人たちですよ、見たことのない魔物ですっ」
「一々うるせぇなてめぇは」
「やばいやつですよね、絶対やばいやつですよねぇっ!?」
「おい、言っとくがあいつらに消音や透明化の魔法は通用しねぇ、だから死にたくなけりゃこれ以上喋るな」
「じゃあどうするんですか、絶体絶命じゃないですかっ」
「・・・・・・」
俺の忠告に聞く耳など持たないそばかす女は、ギャーギャーと騒いでおり、俺はそんな女の右耳を引っ張った。
「てめぇのこれは飾りか?あぁん?さっきまでちゃんと俺と対話できてたよなぁ、なんで俺の忠告を無視すんだこの野郎」
「す、すみません、命の危機を感じると騒いじゃうんです」
「ちっ、これだから女は・・・・・・もういい、あいつらはこっちから手ぇ出さねぇ限りは多分大丈夫だ。それに、もし襲われても死ぬのはお前だけだしな」
「そ、そんな怖いこと言わないでくださいよっ」
「なら、とっとと上に上がるぞ、俺たちの目的はダンジョン攻略じゃねぇ、脱出なんだよっ!!」
「は、はいっ」
そうして、階段を上りながらストーンメイソンの集団を横目に見ていると、奴らは見事な隊列でダンジョンの奥へと消えていった。奇妙な奴らだが今はそんな事どうでもいい、とにかく上に上がることが最優先だ。
俺の予想ではここを上がれば29階だ。この程度の階層なら階段を見つける事さえ出来れば簡単に地上に戻れるはずだ。
そう思いながら階段を探してダンジョン内を歩いていると、相変わらず喋らねぇと気が済まねぇ女が話しかけてきた。
「あのぉ、あなたはダンジョン常連なんですか?」
「当前だ、ギルドを運営するには莫大な資金が必要だからな、それを稼ぐにはダンジョンが手っ取り早い」
「ギルドを運営されてるんですねぇ、そうなんですね、じゃあ見覚えのある場所とか、階段の位置とかわかったりしないんですか?」
「そいつは無理だな」
「え、どうしてですか?」
「このダンジョンはストーンメイソンによって常に改造されている。つまり、情報はあてにならねぇ」
「そうだったんですねぇ」
「てめぇあれか、ダンジョンに命を捨てにきたのか?」
「ち、違いますよ、でもそれなら地上に戻るのは大変なんじゃないですか?」
「心配すんな、俺の嗅覚で階段はすぐに見つけられる。つか、なんで俺がお前にこんな説明しなきゃなんねぇんだ、ダンジョン入る前に予習しとけ」
「うぅ、すみませぇん」
「ったく、俺はダンジョンのガイド役じゃねぇんだぞ、これじゃまるで脇役じゃねぇか・・・・・・」
脇役という言葉に、俺の脳内では追放した雑用係が頭に浮かんだ。
くそっ、せっかく追放したってのになんであの野郎の事がこうも何度も頭に浮かびやがるんだ。まじであいつに呪いでもかけられたんじゃねぇだろうな。
そうしてイライラしていると、ふと、俺の近くを歩いているそばかす女が突然フラフラとバランスを崩したかと思うと、俺に体を預けてきた。
「なんだてめぇ、近寄ってくんな」
「す、すみません少しふらついてしまって・・・・・・」
そばかす女はどこか調子が悪そうにしていた。ちっ、もしかしてさっきMP奪った影響がここできやがったか?
「おい、持病でもあんのか?」
「いえ、そういうのはありません」
「じゃあ、MPの影響か?」
「いえ、多分違います」
「じゃあ何だってんだよ」
「・・・・・・お、お腹が空きました」
そばかす女は腹部をおさえながそんな事を言うと、静かなダンジョン内にグルグルと空腹の音が響き渡った。
「まじでふざけんなよお前、保存食はどうした?」
「全部食べました」
「・・・・・・」
俺の所持品は水浸しで使い物にならねぇし、こいつは食事をとらねぇとダメそうだし、全く手のかかる奴だな。
「20階まで辛抱しろ、そこなら安全に休憩できる」
「はいぃ」
辛抱しろといった側から、そばかす女は俺にもたれかかり、ぐったりとした様子でで力なく床に座り込みやがった。
「おいてめぇ」
「すみません、でも力が入らなくてぇ」
もう、こいつの事など置いて一人で脱出してやるか・・・・・・
そう思ったのだが、こいつから奪ったMPの恩を無下にできなかった俺はそばかす女を背負う決断をすることにした。
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