外道稼業
横山 峰次
第1話 地獄の再教育
薄暗いアジトに紫煙が漂う。博徒・檜山会の構成員である真木剛(まき ごう)は、煙草をふかしながら目の前の女を見据えていた。女の名前は佐藤美和子、35歳の専業主婦。その指には、外すことのできなかった結婚指輪が食い込むほど、強く拳が握られていた。
「……お願いです。夫とその女を、地獄に落としてください」
震える声で絞り出された言葉に、真木は冷ややかに微笑む。
「地獄、ねえ。なかなか聞かねえ言葉だが…事情を聞かせな」
美和子の脳裏に、数日前の光景が焼き付いて離れない。夫の翔が、見知らぬ若い女を連れて家に上がり込んできたのだ。
「この女性と再婚するつもりだ。離婚届は書いてあるから、さっさと出して家を出ていけ」
翔の隣で、森里奈と名乗る女が嘲笑を浮かべていた。
「慰謝料くらいは出すって言っているのだから、いいじゃないですか?」
「私のこれまでの人生は、翔のために尽くしてきた。それが…こんな仕打ち」
美和子の人生は、音を立てて崩れ去った。
話を聞き終えた真木は、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「地獄に落とすってのは、俺らの得意分野だ。手口は違法・脱法・グレーゾーン……まあ”殺る”前の、ギリギリのところでやらせてもらうぜ」
「お願いします。私の手じゃできないことを……」
真木の目に哀れみや同情の色は無い。ただ、目の前の“依頼人”が持つ覚悟のほどを見極めている。
「……その覚悟、後悔しねえな?」
美和子は静かに、しかし強く頷いた。「私はもう、何も失うものがありません」。
復讐の第一手は、森里奈に向けられた。真木は里奈を自宅まで尾行し、スマホを操作しながら手下に指示を飛ばす。「明日から"仕事ができる女"は"嘘つき女"に変わるぜ」
翌日、里奈の会社は噂で持ちきりだった。「新しいプロジェクトに不正があった」。身に覚えのない疑惑で上司に呼び出された里奈は、必死に無実を訴える。
「証拠はそろっている。君のせいでプロジェクト全体が台無しだ」
昨日まで媚びへつらっていた同僚たちの視線が、氷のように冷たく突き刺さる。影からその光景を監視していた真木は、ほくそ笑んだ。「俺が仕掛けたデータ改ざんの罠に気づくわけがねえ」
「次は旦那の翔だ。アイツには社会的な死を味わわせてやる」
真木の次の標的は、商社に勤める佐藤翔だった。翔は取引先から詐欺まがいの行為を告発され、窮地に立たされていた。もちろん、その証拠も真木が裏で仕込んだものだ。
「これは誤解だ!俺は何もしていない!」
「証拠を見せてやろうか?お宅の会社、これで終わりだな」
翔の顔から、みるみるうちに血の気が引いていった。
職を失い会社を追放された翔と里奈は、白昼の街中で互いを罵り合っていた。
「お前のせいだ!!」
「はぁ!?あんたが全部仕組んだんじゃないの!?」
逆上した二人は互いにナイフを振り回し、駆けつけた警察官によって現行犯逮捕された。
物陰からその一部始終を見届けた美和子は、静かにつぶやく。「これでやっと……少しは報われた」。
「お望み通り、地獄の底だ」
真木はそう言うと、感謝を述べようとする美和子に背を向けて立ち去った。
夜の街を一人歩きながら、真木は煙草に火をつけた。地獄に堕ちるのは誰だって簡単だ。俺も、あいつらも、結局は……。スマホの画面には「依頼完了」の文字と、新たな依頼人の名前が浮かんでいた。
「…この世に正義なんざ、ねえってことさ」
後日、美和子は礼を言うために再び真木のアジトを訪れた。
「真木さん、この間は本当にありがとうございました。おかげで、あいつらに制裁を加えることができました」
「礼には及ばねえ。だが、お前さんもこれから大変だろう。一人で生きていく覚悟はできてるのか?」
吹っ切れたような表情で、美和子は答える。「はい。もう迷いはありません。これからは、自分のために生きていきます」
真木は静かに頷き、ひとりになると再びスマホに目を落とす。そこには、新たな助けを求めるメッセージが届いていた。
「(この世には、まだまだ理不尽な目に遭ってる奴らがいる。俺の仕事は、そいつらを救うことだ…)」
真木は闇に溶け込むように、夜の街へ消えていった。正義は時に、悪に手を借りることで成り立つ。(第1話 了)
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