第7話


「強盗だ。金を出せ。さもなくばこの店の客全員を殺す」


 旅人はよくある脅し文句だなと思いつつ、二口目のオムライスを食べようとした。なんという図太い神経である。


「おやめくださいお客様!他のお客様に迷惑になってしまいます!」

「おい爺さん。そんなこと言ってる暇あるなら金だせつってんだ。今すぐお前を殺して金を奪い去ることもできるんだぞ」


 店主はその言葉に怖気付いたのか、レジから急いで金を引き出し始める。

 他の客人はみんな怖がっている。

 旅人は呑気に三口目のオムライスに手をつけた。

 オムライスの美味しさに感動しながら味を噛み締めていると、クロアが突然立ち上がった。

 旅人は驚いて、口の中に入っていたオムライスを飲み込んでからクロアに尋ねた。


「もしかしてだけど、あの人たちを倒そうとしてるんじゃないよね、クロア」


 旅人が確認のためにそう尋ねると、クロアは旅人を静かに見据えた。


「正解です旅人さん。そのもしかしてだけど、というのは当たりです」


 この子、勇気があるにも程があるだろ…と旅人は心の中で思いつつ、四口目のオムライスに手をつけた。


「…止めないんですね?」

「クロアがそうしたいなら、そうすればいいかなって」


 モゴモゴと口の中のオムライスを噛み締めながら旅人は言った。


「そうですか…というかそろそろオムライス食べるのやめたらどうですか。今そういう雰囲気じゃないでしょうが」

「だっておいしくて」


 スプーンを止めない旅人に、クロアがついにツッコミを入れた。


「いや、でも…クロアってまだ学生だよね」

「そうですけど…それがどうかしましたか?というか今それ関係あります?」

「なんか当たり強くない?気のせい?」

「こんな危機的状況にも関わらず目の前でオムライス食べられたらそうなりますよ」


 旅人はクロアの言動にツッコんだつもりだったのだが、逆にクロアにツッコまれてしまった。

 だがともかく、クロアが学生ならまた話は別だ。


「わかった。じゃあ僕も一緒にいくよ」

「え、どうして」


 旅人がオムライスを飲み込んでから突然そう言ったので、クロアは驚いたようで目を見開く。


「だって学生一人にこんな危ないことさせられないでしょ?」


 席から出てこようとしている旅人に、クロアは笑った。


「旅人さんのてを煩わせるわけにはいかないと思っていたのですが…旅人さんがそうおっしゃってくれるなら、断る理由なんてありませんね。ありがとうございます」


 クロアは旅人に頭を下げた。

 そんな様子のクロアに、旅人はソファから出てくると、真顔で言った。


「いいよ別に。あ、でもやっぱりもう一口オムライスを食べてから…」

「早くしてください、強盗の目の前でオムライス食べたまま正義の味方が登場とか示しがつきませんから!」

「はいすみません」


 旅人は急いでオムライスを口に突っ込んで早めに飲み込んだ。

 クロアはオムライスを飲み込んだことを確認すると、強盗の元へ向かった。

 角っこの席だったから、どうやら強盗に今のわちゃわちゃは聞かれていないようだ。


「なんだ?お前ら。そっちの男は妙な身なりして…気持ち悪いね」


 その声は女の者だった。

 この覆面集団の中には女もいるようだ。

 旅人はゲラゲラと笑う覆面集団を睨むこともなく、ただ真顔で見つめた。まるで、今馬鹿にされたことに気がついていないような、そんな表情だ。


「おい」

「あ?」


 クロアから聞いたことがない声が聞こえてきた。

 旅人は驚いて強盗からクロアに視線を移した。

 途端、先ほど馬鹿にした覆面女が扉を突き破って後方に吹っ飛んだ。

 クロアはいつの間にか杖を構えていて、花の花弁でその女の身柄を拘束していた。

 クロアは今、呪文を唱えることなく、女を吹っ飛ばし、拘束魔法を使った。つまりこの子は、魔法使いの中でも、相当なやり手ということになる。


「旅人さんを馬鹿にしたな?お前はそこで待ってろ、すぐに騎士団に引き渡してやるからよ」


 そう、クロアはキレていた。

 正直、そこまでキレることがあるだろうか、と旅人は思いつつも、クロアの方に手を置いて、宥めようとした。


「クロア、落ち着いて、僕は大丈夫だから」

「無理です」


 クロアは即答した。これは本当に無理かもしれない。

 旅人は諦めて、クロアの方に置いた手を元の位置に戻し、さてここからどうしようかと考え始めた。


「おいそこの女。どこの学生だかしらねぇが、調子乗ってんじゃねぇぞ」


 覆面集団のうちの大柄な男が、金属バットを持って前に出てきた。

 他の者たちも、クロアと旅人を囲むように拳銃やら金属バットやら物騒なものを構える。


「いくら天下の魔法使い様だろうが、この量の集団攻撃を防ぎ切ることは出来ねぇはずだ。ましてや拳銃なら尚更」


 男がそういうと、クロアは男を睨みつけた。


「なんだその目は。もしかして図星だったか?」


 大柄な男がそういうと、周りの男たちはニヤニヤと気色悪く笑っている。


「そこのチビも、何か言ったらどうだ?」

「このままじゃ、そこの女ごと、殺されちまうぞ?誰のことも守れずにな」

「ジジイも何黙ってんだ、さっさと金持ってこい」


 まずいな、何も思いつかない。

 旅人は覆面集団の話なんて全く聞いていなかった。


「…クロア、ちょっと失礼」

「え?」


 瞬間、旅人はクロアは片手で抱き抱えると、衝撃波を発生させた。

 男たちは、壁に叩きつけられるなり、さっき女が扉を突き破ったおかげで、男たちはその道向こうの建物の壁に叩きつけられてきぜつしてしまった。

 旅人は何も唱えることなく、男たち全員に拘束魔法をかけると、クロアを地面におろした。


「クロア、ごめん。急に抱えたりして。怪我はない?それから騎士団に連絡はしてくれた?」


 旅人がそう声をかけたが、クロアから反応はない。


「…クロア?」


 気になってもう一度声をかけてみるが、やっぱり反応はない。

 旅人はクロアの方を見てみると、クロアは惚けたように旅人のことを見つめていた。


「え、ちょっとクロア」


 大丈夫?と声をかけようとしたその時、クロアはハッと何かに気がついて旅人の手のひらをとった。


「大丈夫ですか旅人さん!?杖を使わずにまさか魔法を使うなんて思っていなくて…どこかお怪我は…!」

「あ、いや僕は大丈夫だから安心して。それよりクロアは?もしかしてあいつらにあてるはずだった攻撃当たってたりしてないよね?」


 旅人が本当に心配しているのか、とでも言いたくなってしまうほど真顔でそうクロアに聞いた。

 クロアは全く気にせずに頷いた。


「私は全然平気です!突然のことに少々驚いてしまっただけで…あ、全然、旅人さんの横顔が綺麗だったとか思ってませんのでご安心を!」


 だいぶ動揺しているな。

 旅人はそう思いつつも、先ほど聞いたことをもう一度聞いた。


「クロア、騎士団への連絡、頼んでもいいかな。僕騎士団の連絡先知らなくて」

「あ、そのことでしたら、たぶん大丈夫です。さっき私の兄に連絡取りましたから」


 旅人は全く意図がつかめなくて、一瞬混乱した。

 どうして、そこでクロアの兄が出てきたのか意味が分からなかったからである。


「あれ?言ってませんでしたっけ」

「何を?オムライスが来るまでの間、僕に関することを質問されてただけだったから、僕は何も聞いていないけど…」

「あ。そういえばそうでしたね」


 クロアは先程の事件で少し疲れているようだ。


「実は、私の兄は…」


 クロアが何か言いかけたところで、外れた扉の外で誰かがすっ飛んできた。


「クロアー!!」


 と、叫びながら。

 旅人はその時思った、こいつは誰なんだ、と。

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