バカ兄

バカ兄

 フラれたと管を巻くパチ友達を宥めるべく昼からやってる激安居酒屋に誘っておごってやったら、急に歌が唄いたいとか言い出す。

 ちょうど向かいには持ち込みオーケーのカラオケ屋があったので、仕方ないなあ、と言いながら僕は会計を済ませようとした。

 が。

 まだおやつの時間にもならないというのにすっかり出来上がり、自らカラオケを所望した友が据わった目で曰く、

女声にょごえが欲しい。男の野太い声だけのカラオケとか、もううんざりだ」

 とか言い出すので、仕方なく電話をすることにした。

「……なにバカィ。今月はこれ以上貸さないよ」

「いやいや、うたちゃん、そういう話ではない」

「じゃあ、なによ?」

「なんなら昨日も今日も僕は大勝ちしている。店を潰さないため、昼前に退散したぐらいだ」

「いいから要件はよ言えバカ兄ィ。あととっととこれまでの分返せ」

「カラオケ来ないか?」


 面倒くさい相手の面倒くさい頼みに応えるのに、一番楽な方法を選んだ、というのは実際ある。が、それだけでもない。

 たまたまパチ屋で一言二言交わしたことから交友の始まった相手が、わりと人気(個人勢としては)の新進気鋭のV tuberの中の人で、しかも音楽系のプロデューサー気質の奴だったから、というのもあるのだ。

 我が妹の歌声は、身内ビイキを差し引いても、ちょっとしたものだと思っている。


 文句を言いながらも部屋にやってきた妹の、他にも人がいると伝えたのに完全プライベート、今日は家から出る気はありませんスタイルには兄として苦笑せざる得なかったが、同行者はさして気にしていないようだった。

「おーおー、初めまして詩ちゃん! 君、話には聞いてたけど、ちっちゃいねえ!」

「おまえは歌で殴る」

 何か嫌なことでもあったのか、詩はプンプン怒りながらデンモクを操作して、マイクを引っ掴んだ。

「懐かしいねえ」と、我が友(?)が微笑みながら、イントロに合わせて手拍子する。

 中森明菜の「ディザイア」だった。


 軽く一時間は、妹のリサイタルが繰り広げられ、それが愉快だったのか終始ニコニコ顔でアキラ(中の名前。ガワの名前は、なんかよくわからないお耽美系だったし、基本興味ないので覚えていない)は上機嫌だった。

 途中、Adoのアレは唄えるか、Amierのアレは唄えるかとリクエストし、ことごとく受けてたった妹の姿は、兄ながら涙を禁じ得なかった(゜-Å) ホロリ

「いやあ、最高。詩ちゃん、俺とユニット組もうぜ!」

「いやです、兄貴の友達なんて、絶対ろくでなしに決まってる」

「ですってよ、お兄様」

「詩、正解。こいつはろくでなしです。パチ屋で一目惚れした相手にそっこー告って玉砕したあげく、惨めなワープアにたかるような、完全完璧なろくでなしです」

「そんな奴とのカラオケに妹呼ぶな、バカ」

「でも、多分才能溢れてるし、ナンパの文句とかじゃあないと兄は思うな。な?」

「もちろん!」

 アキラはウインクした。

「だって、こんなの、全然タイプじゃないし!」

 ごおおおん、とまるで除夜の鐘のような音がカラオケルームに鳴り響く。詩が、アキラの頭をマイクで殴ったのだ。それもわりと、冗談で済ませるには強すぎる力で。

「詩ちゃん、殴るなら歌だけにして……」


 などというやりとりがあったことを、仕事の合間の息抜きに、ふたりの曲が流れるのを観ながら、思い出してニヤニヤする。

 我が妹ながら、詩の力強い歌声は聞いてて惚れ惚れするし、アキラの作る曲も控えめにいって最高だった。

 まだデビューの話などは聞かないが、そう遠くない話なんじゃないかと思いながら、僕は今月の「原石発見!」のコラムを仕上げた。

 身内ビイキ?

 いいじゃんか、いいものは、いいのだから。



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