第8回
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「まったく、とんだ誤算だったわ」
篠原さんは心底残念そうに口にすると、足下に横たわる零士さんの身体を爪先で何度も突っついた。
その行為に、僕は無性に苛立ちを覚える。
零士さんのことを文字通り足蹴にするその行為に、僕は銃を構えながら、
「――やめてください」
はっきりと、そう口にした。
篠原さんは「ふんっ」と軽く鼻で笑うと、腰に手をあてながらこちらに二、三歩足を踏み出して、
「……あなたたちにも本当にがっかり。どうしてこの男を撃ち殺そうとしなかったわけ? 高瀬くんも藤原さんも、高得点を狙えるチャンスだったのに」
その言葉に、高瀬も美月も感情を隠すことなく、不愉快だとばかりに眉を寄せた。
そんなふたりに、篠原さんは「ぷっ」と噴き出すようにひとしきり高笑いしてから、
「――まぁ、あなたたちにこの男を殺すほどの腕なんてあるわけないのはわかっていたけどね。本当は、この男に抗いながらも無残に撃ち殺されていくのをこの目に収めたかったのだけれど、そうならなくて、本当に残念」
にたりと口の端を釣り上げる篠原さんのその表情は、まるで魔女や悪魔を想像させた。
最初に会ったころの印象からは程遠く、そこにあるのはただ邪悪さだけだった。
僕はじっと篠原さんの身体を狙い定めて、
「あなたが、このゲームの黒幕なんですか?」
篠原さんはくつくつと笑みをこぼしながら、
「ええ、そうよ。前回のゲームからそれを疑っていたでしょう?」
――あのとき。
廃病院のステージで、亡者たちを見下ろしていた篠原さんを目にしたとき。
僕はこの人こそがこのゲームの黒幕であることを疑うようになった。
……疑うようになった?
……いや、違う。
この人は、最初から僕が疑うように仕向けていたのだ。
そうでなければ、わざわざ僕らにあんなものを見せる意味なんてないはずだ。
しかし、いったいなんのために……
「なんで、どうしてこんなことを。この世界はなんなんですか。いったい、なんの目的で殺し合いなんてさせてるんですか!」
思わず声高に叫べば、篠原さんは口元に右手のひとさし指を沿わせながら、
「――座興よ」
短く、そう答えたのだった。
「座興?」
「えぇ、そう。ただの暇つぶし。ただの戯れ。私の創った
僕たちを小馬鹿にするように、篠原さんは腹を抱えて大きく嗤った。
その嗤いに、僕は感情を隠せなかった。
あまりの怒りに手が震え、足が震え、頭に血が昇っていくのがわかる。
その遊びのために、僕らは――これまで死んでいった人たちは――
「ふざけないで!」
そう声を張り上げたのは、僕の隣に立つ美月だった。
美月も篠原さんに、震える手で銃を突きつけながら、
「そんなことのために、沙彩ちゃんは死んだっていうのっ?」
「――俺の弟もだ!」
高瀬も同じく銃口を篠原さんに構えて、
――パンッ!
その頭部を狙ってトリガーを引いた。
けれど、篠原さんはその弾丸を簡単に避けてしまうと、
「もちろん。その為だけに、あなたたちの大切な人たちは死んでいったのよ!」
悦に入ったように、甲高い嗤い声を発したのだった。
その声は住棟の間をこだまして、不気味に辺りに響き渡る。
「ふざけんな!」
――パンッパンッパンッ!
高瀬が連続で発砲するも、篠原さんはそれを踊るような身のこなしで避けながら、こちらに向かって近づいてきた。
その動きに、僕は怒りとともに恐れを感じる。
僕はトリガーに指をかけて、彼女の眉間を狙って撃とうとした、次の瞬間。
「――私を殺せるなんて、本当に思っているの? 私の創ったこの世界で?」
すぐ目の前に、篠原さんの顔が現れたのだ。
僕は思わず眼を見張って息を飲んだ。
篠原さんの手が僕の銃を構える腕に伸びたその時、
「悠真くん!」
美月がすかさず発砲した。
これだけの至近距離から撃たれれば必ずあたるはずなのに、篠原さんの身体は次の瞬間には数メートル離れた場所にあって、
「あらあら。お嬢ちゃんも人を殺す覚悟ができたってわけ?」
にやりと口元に笑みを浮かべたのだった。
そのあまりの身のこなしの早さに、僕たちは驚きの声をあげてしまう。
こんな人を相手に、果たして僕らは無事に生き残ることが可能なのか。
どう考えても常人とは思えないその動きに、僕らはただただ絶望する。
高瀬が再び篠原さんに銃口を向けるも、
「――無駄よ」
篠原さんはいつの間にか高瀬の目の前に立っており、その銃口に腕を伸ばす。
――パンッ!
トリガーを引いた高瀬の弾は、すぐ足元で土をえぐった。
「くっ……!」
呻き声を漏らす高瀬は素早く右腕を振り上げて彼女に殴り掛かったが、篠原さんは飛ぶように数メートル後ろにさがってそれを避ける。
これじゃぁ、埒が明かない。
どうすればいい? どうすれば――!
「この程度の実力で私に勝てるわけないじゃない」
篠原さんは首を横に振って、ふたたび零士さんの死体に視線を向けた。
「この男が目にかけていたあなたたちを、この男自身に殺させるために、わざわざ同じステージに参加させてあげたのに。ほんと、使えない男だったわね」
それから大きくため息を吐いてから、
「……こうなってしまっては、あなたたちももう用済みね。ほんっと、つまんない座興だった」
だから――と篠原さんはどこからともなく両手に銃を構えると、大きく空に向かって両腕を伸ばし、
――パンッ! パンッ!
銃声が響いた瞬間、まるでガラスが割れるように世界に大きなひびが入った。
轟音が鳴り響き、周囲の住棟や生垣が四角いブロックに変形していく。
「な、なんだよ、これ!」
戸惑う僕らをよそに、篠原さんはにっと嗤った。
あっという間に空全体が真っ黒に染まっていく。
あの廃病院で眼にした大きな赤い満月が天頂にその姿を現したかと思えば、広大な草むらの中に僕らは立っていたのである。
――いや、それだけではない。
周囲をぐるりと見回せば。
「……っ!」
あの亡者たちが、ゆらゆらと前後左右に揺れながら、僕らを取り囲むようにして、そこに群がっていたのだった。
あまりの驚愕と恐怖に僕らは身構え、咄嗟に銃を構えた。
その瞬間、スマホからけたたましいアラームが鳴り響く。
僕は銃を構えたまま、素早くスマホを取り出した。
「……えっ」
表示された参加者リストの中に篠原さんの顔が浮かび上がり、けれどそこには『篠原』ではなく、『死原』という文字が表示されていたのだった。
「あなたたちにチャンスをあげる」
その声に顔を向ければ、篠原さんは不敵な笑みを浮かべて、
「――生きて帰りたければ、この私を殺してみせなさい」
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